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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
1959/2685

戦争と平和、その496~クルムス陣営、深夜③~

「そんなに衝撃的な話?」

「だって――生涯独身だって。目指すは逆ハーレムだって言ってたじゃない」

「なんて古い話を・・・若い時にはそういう妄想を抱くものだけどさ、年経れば現実を見るじゃない? 私たち、もう若くないんだよ? いつまでも娼婦なんてできるもんじゃなし、色香に惑う男がいるうちに、身を固めるもんさ」

「ってことは、相当良い男が目の前に現れた? 貴族、それとも豪商?」

「金より愛さ」


 フェリンが自信満々で言い切ったので、ノラは嫌そうな顔つきで「けっ」と悪態をついた。


「なーに言ってんだか、小悪党が」

「ま、まぁ愛は言い過ぎだけどね。でも良い男だよ。優しくて堅実で、どこか陰があるって言うのかね。名前はそこそこ売れているかもしれないが、仕事は堅実極まりない傭兵さ」

「傭兵! 傭兵を旦那にするとはね。いつ死ぬかわからない職業なんて嫌だって、あんなに言ってたじゃないのさ」

「だからこそ、私が家になってやるのさ。戦場で惑ってしまわないようにね」


 フェリンのうっとりとした瞳を見て、既に恋の病にやられていることを理解したノラは金を押し付けると、ひらひらと手を振ってフェリンを追いやった。


「はいはい、ご馳走様でした。そのお金をあげるからさっさと消えて頂戴。幸せな話を聞いていると耳が腐りそうだわ」

「ひどい言い草! あんたこそ、いつぞやお熱だった傭兵はどうしたの?」

「所詮泡沫の、叶わぬ恋よ。本気になったことなんてありゃしないわ。それこそ青春の思い出ね」

「そう? 良い男だと思ったけど」

「良い男よ、文句なくね。良い男すぎて、私じゃ釣り合わないわよ。隣にいると疲れそうだから、こっちから振ってやったわ」

「身を引いたんでしょ? ノラって昔から遠慮するタチだからね」


 フェリンがくすりと笑うと、金を受け取った。変わらぬ友人の笑顔に、少しノラは心が休まる。


「結婚したら連絡を頂戴な。休暇中にでも顔を見に行くわ」

「式は盛大にやるつもりよ? そこから来なさいな。ま、其の前に結婚を迫るところからですけど」

「自分から行くの?」

「女は待っているだけなんて、時代遅れだわ。静かで大人しいからね、彼。こっちからぐいぐい押さないと」

「そっかぁ。ちなみに有名なんでしょう? どこの傭兵団の、なんて名前の人かしら?」

「教えてもいいけど――結婚が決まるまでは内緒よ?」

「わかってるから、教えなさいな」


 少し照れ臭そうにするフェリンがノラに恋人の名前を耳打ちする。ノラはその名前と所属を聞くと、ちょっと驚いたように頷いた。


「あぁ~、確かに有名人だわ。私は会ったことがないけど。それは傭兵でも手堅いかもね」

「でしょう? 私もそう思うわ。彼、もう少しまとまったお金ができたら傭兵を引退するつもりらしいし。そうなれば私の貯金と合わせて、事業でも興しますかね」

「夢がありそうで何より。じゃあね、フェリン。達者で」

「そちらこそ、ノラ。会議の成功と、あなたの出世を祈っているわ」

「こちとら一国の王女の女官長よ? もう人身位を極めてるっての、娼婦がこれ以上何を望みますか」


 ノラが笑いながらフェリンを送り出した。フェリンは宿の外に出ると、人気がないことを確認して、外で待たせていた仲間に報酬を分け与え、別々の帰途についた。明日になれば今の職を辞し、さっそく姿を消すつもりだ。


「さぁて、何度か地鳴りもしていますし、こんな所からはさっさとおさらばしましょうかね。一般人には華やかな大会と平和な都市でも、裏方にとっては権謀術数渦巻く魔都にしか見えないっての。ある意味じゃ、ターラムよりも虚飾と欲望が渦巻いてるかも。

 それにしてもノラは楽しそうだったわねぇ。場末の娼館で娼婦をしていた女が、今や一国の王女の腹心か。それに組んでいる傭兵団も、噂じゃ黄金の純潔館の娼婦たちを誑かしたって噂だし。美人揃いの傭兵団って話だけど、噂じゃ全部愛人にしているとかなんとか。どんな床上手なのかしらね。ターラムの女専用娼館にスカウトしたら、歴史が変わるんじゃないかしら」


 まさかアルフィリースがその手の経験はおろか、男と逢引すらしたことがないとはフェリンには想像しようもない。

 そして夜道を足早に急ぐフェリンがふっと暗がりに目をやると、そこに見知った姿を見たような気がした。夜とはいえ、アルネリアのおひざ元である。警備は万全で、安全なはず――そういう思い込みが、思わずフェリンの好奇心を後押しした。


「なんで――? ここにいるはずがないのに」


 フェリンは夜目がきく。思わずその後をつけ、姿を確認しようとした。尾行には自信があるし、相手は相当急いでいるようだ。フェリンはまだ屋台で飲み歩く酔っ払いたちを避けながら、見知った影の後を追った。

 そして裏路地に入ったところで、その姿が月光にさらされたのだ。


「あ――やっぱりそうだ! ねぇ、なんでここにいるの!? 北部商業連合の元で、魔物の足止めをしてるんじゃあ――」


 フェリンがそう告げた瞬間、影がゆらめき突然切り返してきた。そしてフェリンを抱きとめたかと思うと、その胸を深々と刺したのだ。その耳に、小さく言葉が聞こえてくる。


「――見たな?」

「は――な、なんで――? 私、あなたのこと本当に好きで――」

「残念だ」


 フェリンの口をそっと塞ぎ、念入りに突き刺した剣を捻った。フェリンの瞳が見開かれるが、その手は相手をひっかくでなく、むしろ優しく抱き留めていた。

 フェリンを突き刺した者が、口を押えていた手を離す。すると、意識が混濁しているのか、フェリンは叫ぶでも助けを求めるでもなく、静かに相手に語ったのだ。


「私――私ね、あなたことを愛しているわ――ね、結婚しましょう? 結婚したら、子供は三人くらい産んで――貯金はあるからしばらく二人で色んな所に行きたい――」


 フェリンの瞳は既に相手を捉えていなかったが、その相手は何もするでもなく、じっとフェリンを見下ろしていた。そしてフェリンがゆっくりと事切れると、その亡骸を微塵に変え、風に葬った。

 一連の流れを見ていた背後の者が、告げた。


「ねぇ、今のやり取りは必要だったのかしら? 恋人の一人もいた方がよいとは知っているけど、少し余計な情があったのではなくて?」

「いや――俺にとっても予定外の遭遇だった。どうしてこんなところにいたのか――調べる必要があるだろうが、今は別の案件がある」

「面倒な契約をしたものね」

「だが契約は絶対だ。それに我々としても看過できない事態だろう」

「そうね。明日の会議に支障がないように、邪魔者は全て排除して頂戴。剣の風」

「了解している、シェーンセレノ。では遺跡に向かう」


 そう告げた影は一陣の風と共に気配も姿も消していた。後に残されたシェーンセレノは、風を感じながらその行き先を見つめていたのである。



続く

次回投稿は、3/20(金)13:00です。

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