戦争と平和、その495~クルムス陣営、深夜②~
彼女たちは当初武術大会に出る者たちを相手に商売をするつもりだったが、アルネリアの厳しいお達しにより中止となった。そこにノラから自分の手伝いをしないかという連絡が入り、給仕として諸国の宿に潜り込んでいる。
給仕としては少々目立つ容姿だが、地味に変装をしてなんとかやり過ごしているようである。ただ本来は派手好きでもあり、夜間とはいえ一国の使節団を訪問するということで、それなりに着飾っているのだった。
ノラはフェリンを促してその場に座らせる。
「頼んでいた仕事は?」
「うーん、どうだろうねぇ。上等の酒でも出してもらえれば、上手く話せるかも?」
「ちょっと、報酬を払っているのよ? ちゃんとやって頂戴?」
「いやぁ、報酬ってだけなら商業連合で魔物の大軍を食い止めている傭兵たちの相手をした方が、余程稼げるわよ? 魔物ども、隘路を塞がれて手も足も出ないのか、実質派手な戦があるってよりは、睨み合いみたいだし? 今回はカラツェル騎兵隊の主力がほとんどいるせいで、戦場の統率が完璧みたい。ミュラーの鉄鋼兵やブラックホークの一部までいるから乱暴する兵士や傭兵もほとんどいなくて、そっちに行った娼婦たちはよろしくやりながら大金を稼いでいるそうよ」
「若者の乱痴気騒ぎに興味あるの?」
「まさか! そんなに若くありませんって。それにあんたたっての頼みだからこっちに来たんだからね? ちゃんと仕事はしているわ」
フェリンは大きく開けた胸元から封書を取り出すと、ノラに渡す。ノラはその封書を受け取ると、中身を確認してすぐに燃やした。
「確かに、大きな収穫はなさそうね」
「そうね、だからこそ気味が悪いわ。以前の平和会議にも少し潜入したことはあるけど、もうちょっと寝物語に機密をぺらぺらと話す粗忽者はいるものよ。それが今回はほとんどいない。急に各国使節の程度が改善されるとも思えないし、この会議において目的をもって乗り込んできている使節が少ないのだわ」
「どういうこと?」
「普通さ、裏工作って色々あるじゃない? 貿易、軍事同盟、亡命、婚姻、魔物対策などなど。それらが動いている様子があまりないのよね。本会議の議題がいかに重要でも、結局決定権は大国中心に回る。小国のやることって、それ以外のことでしょう?
なのに、それ以外がない。まるで最初から議題の議決のためだけに乗り込んできたような。そんな印象さえ受けるのよ」
「なるほど」
「それにね――」
フェリンが声の調子を押さえた。ノラが顔を近づけ、フェリンの耳打ちを受ける。
「他の娼婦からの意見だけど、今回の使節たちの何割かはおかしいって――」
「おかしい?」
「あんたならわかるでしょ? 肌を重ねりゃ、私たちにしかわからないことがある。人間はくだらない感情の塊よ。嫉妬、羨望、後悔、怒り、悲哀、怠惰。目の前の女を抱きながら、昼間にちらりと見かけた別の女のことを考えるものだわ。
だがそんな感情が何もない。金払いもいいし、客としては上質。だけど、余計なものがなさ過ぎる。それらを仲間は気味悪がっている」
「それって――」
ノラには思い当る節があった。クルムスが混乱する元ともなった、人間の間で生活する人形たちのことを。アルネリアの協力もあって徐々に排除されたと考えていたが、その存在はクルムスやアルネリア、グルーザルドなどの関係国以外では、機密になっている。今回の平和会議でも、議題にはなっていない。もちろんノラはフェリンにも話していない。
だがフェリンは何か勘付いているようだ。
「以前からターラムにはちょくちょくいたのよね。上質だけど、変な客。問題を起こすわけじゃないから放っておいたけど、娼婦たちの間では噂になっていた。人間のふりをした何かが混じっているんじゃないか――だけど問題は起こらないし、私たちに害があるわけじゃないから、巷の噂程度として捨て置かれたんだけど。
今回の相手には、そういうのが多いわ。ノラ、あんたなら心当たりがある?」
「――」
フェリンの言葉にノラはしばし黙っていたが、ふと立ち上がって戸棚から箱を取り出すと、中身を空けてフェリンに差し出した。
その中にはかなりの金が入っていたのだ。それを見てフェリンが驚き、ノラが真剣な表情で切り出した。
「フェリン、ここまでにした方がいいわ。これは成功報酬に上乗せて支払う金よ。これで全員引き揚げさせて、いますぐここを離れなさい」
「ふぅん――結構ヤバイ案件ってことね。口止め料も込みってことでいいのかしら?」
「ええ、そう考えて頂戴。誰かに話ても誰も得をすることはなく、むしろ危険しかないと思うわ。この場所を離れたら、今回の依頼で起きた内容、感じたことは全て忘れることをお勧めするわ」
「大丈夫よ、忘れることが得意じゃなければ娼婦なんてできないもの。その娼婦ももうすぐ引退だけど」
フェリンは金を受け取りながら、ノラに語った。その言葉にノラがびっくりしたような表情になる。
「――は? なんで? 男を手玉にとって破滅させることに生きがいを感じていたあんたが?」
「ちょっと、人をなんだと思っているわけ? 勝手に私に貢いで、消えていった男が沢山いただけって話じゃない。私は誰とも何の約束もしていないわ、ちらつかせはしたけど」
「それがタチが悪いって言ってんのよ。娼婦をやめてどうするつもり?」
「結婚」
フェリンのその言葉にノラが渡そうとしていた硬貨を、じゃらじゃらと落とした。慌ててそれを拾うフェリン。
続く
次回投稿は、3/18(水)13:00です。