戦争と平和、その489~廃棄遺跡⑰~
「・・・ふむ、やはりおかしいな」
「旦那殿? どうしたのじゃ?」
「マリア、お前はおかしいと思わないのか?」
「何が?」
「レーヴァンティンをこの遺跡の地下深くに運び込んだのは、アルネリアなのはわかるな?」
「うむ、大司教アノルンもそのように説明していたの。この遺跡を、罪人などの監獄として一部使用しているとか」
「ならば、ウッコの存在に気付かなかったのはなぜだ? 遺跡そのものに魔術が使用されている形跡はない。いや、アルネリアのものであろう結界などは使用されているが、それ以外の魔術の形跡は微塵も感じない。
つまり、廃棄された無防備な遺跡。いかにウッコが休眠状態だったとして、それにも関わらず、気付かぬものなのか? ウッコの気配がする場所まで、ほぼ地図通り案内できるのではないかと大司教は予測していた。ならばなぜ、ウッコの存在を知らぬのだ? 遺跡と知りながら、放置したとでも?」
「それは――」
浄儀白楽の疑問は尤もである。ブラディマリアもソールカへの怒りとウッコへの脅威で見失っていたが、アルネリアが足元にいるこれほどの脅威を相手にまるで気にかけていなかったのはおかしな話だと考えられた。
案内をするラファティに聞かれないよう、ブラディマリアも声を顰めた。
「考えられる可能性としては、本当に気付かなかった。あるいは誰かが隠蔽していた、という所かの」
「・・・もう一つ俺は考えつくな。誰かがウッコをここに運び込んだ、という可能性だ」
「運び込んだ? そんなことを誰ができると?」
ブラディマリアの声が大きくなりかけたので、浄儀白楽がむすりとしてその口を塞ぐ。
「あくまで可能性の話だが――そもそも、かつての魔人と古竜の戦いとやらにその魔獣が割って入ったのもおかしな話ではないのか?」
「な――なぜそう思うのじゃ?」
「魔人と真竜の戦いを止めるほどの魔獣が、一体どこに存在していた? 今も超常的な力を持つ魔獣が辺境などにいることは知っている。だが、いかに強かろうと個で魔人の群れを相手にはできまい。
ウッコとアッカなる魔獣――どこから来たのか、誰も知らぬのか?」
「それは――」
あるいは誰かが知っていたのかもしれない。だがブラディマリアはそのことを気に留めたことがない。考えは形を成さずただ口がぱくぱくと動くだけで、何の言葉も発せられなかった。情けないのと同時に、そこまでの考えに至る浄儀白楽をやはり面白いと思うブラディマリア。
「旦那殿はやはり面白いことを考える」
「普通のことだ」
「いやいや、だから人間は面白い。ならばオーランゼブルに聞いてみてはどうか? 妾は聞けずとも、まだオーランゼブルとの連絡手段はお持ちであろう?」
「実はすでにやっている――やっているが、連絡がつかぬ」
浄儀白楽がさらに声を小さくしてブラディマリアに囁いた。その言葉に、ブラディマリアも怪訝そうな顔つきになる。
「連絡がつかぬと? そのようなことは今まであったのか?」
「何度か連絡を取り合ったが、時間差はあれど何らかの反応はあった。だがまるで反応がない。このようなことは初めてだ」
「何らかの妨害を受けている?」
「いや、他の者とは連絡が取れる。オリュンパスとすらもな。そうなると、考えやすい可能性としては、オーランゼブルに何かあったということ。こちらと連絡を取るほどの余裕がない、とかな」
「何かが――それはなんだろうか」
「わからんな」
まさか同じ遺跡の内部にオーランゼブルがいることなど露知らず、彼らはアルネリアの案内に沿って暗き道を進んでいた。
そして同様に、隣を歩くシュテルヴェーゼの一団も同じような話題をひそひそと話していたのだ。
続く
次回投稿は、3/6(金)14:00です。