戦争と平和、その487~廃棄遺跡⑮~
「アノルン、いるか?」
「シュテルヴェーゼ様? あ、今はまず――」
ミランダが入ってきた人物に気付いて止めようとして、もう無駄だと悟った。だがシュテルヴェーゼは何食わぬ顔で入ってきて、そしてブラディマリアもまた凶暴な笑みを浮かべはしたが、慌てるようなことはなかった。もちろん、互いに気配はある程度前から察しているということもあっただろう。
むしろブラディマリアは優雅に、そして軽やかに挨拶をしてみせたのだ。
「これは古竜殿、お初にお目にかかります。妾はブラディマリアと申すしがない魔人、どうかお見知りおきを」
「・・・よろしくされるいわれもないだろうが、事を荒立てるつもりはない。互いに含むこともあるだろうが、今はそなたも含めた話し合いをしたい。よいか?」
「妾は構いません。仮にミリアザールがここにいたとして、同じことを言ったでしょう。アルネリアの大司教殿はいかがか?」
「何をわかりきったことを。話し合いをしないなんて選択肢があるとでも?」
ミランダは呆れたように彼らを促して座らせた。ミランダ、アルベルト、ラファティ、ブラディマリア、浄儀白楽、シュテルヴェーゼ、ジャバウォック、ロックルーフが一堂に会する。ミランダはこの面子を相手にしているだけでも気絶したいような気持、あるいは胃がねじれるような圧力を感じたが、そこは立場もあれば不死の体に何が起きようはずもないことを意識し、努めて堂々とその場に応対した。
そいて誰もがこの場に長居をしたいとは思わないせいか、話し合いは円滑に、そして簡潔に進んでいった。
「――では、こちらからは現地までの最短経路を案内いたします。中にいるウッコとやらは、ブラディマリア殿とシュテルヴェーゼ様が共同で対処する。それでよいのですか?」
「構わん。気配から察するに、まだウッコは完全に覚醒していないだろう。今なら我等二人で討ち取れるやもしれぬ」
「『やもしれぬ』と来たか。手伝いが功を奏するなら、我々も何かするが?」
「とりあえず無用だわ、旦那様。下手な一撃は刺激にしかならないから。上手くすれば、妾たちの最大の一撃で終了できるもの」
ブラディマリアが愛想よく浄儀白楽にウィンクした。その様子をシュテルヴェーゼは少し驚いたように見つめていたが、ジャバウォックは空気を読まずに発言する。
「そのウッコとやら以外に、脅威が存在する可能性は?」
「剣帝ティタニアに関しては、アルネリアで引き受けたいと考えているわ。元々は我々の任務ですもの」
「俺たちの依頼でもあった」
「それはそうだけど、手が出せないのでしょう? 事情は話してくれないけど」
「いや――どうだかな」
ジャバウォックとロックルーフは互いに顔を見合わせていた。確かに市街地では謎の少年に止められたが、今は廃棄された遺跡の地下深くである。ここでなら手が出せなくもないが、この状況でさらに大魔王が目覚めたらどうなるかは未知数である。
盤面にどのように動くかわからない駒を投げ入れるのが得策だとは、二人には思えなかった。
言いあぐねる幻獣二体を前に、ブラディマリアは急に煙草をふかし始めた。浄儀白楽は顔を顰める。
「ブラディマリア、場をわきまえたらどうだ?」
「戦いの前の一服よ、旦那様。そこの獣たちに言っておきますけど、ティタニアの刃は妾すら脅かしうる。人間だと舐めていると、足元をすくわれるどころか命がなかろうな。
そなたら二体で足止めができれば上出来、必死のティタニアはアルネリアだけでは止まらぬよ」
「ウッコと同時に遭遇しないことを祈るのみか」
「戦いの場では何でも起こりうる。事態は最悪を想定していつも備えるべき。そうであろ?」
思いのほか慎重なブラディマリアの言葉に反論する者は誰もおらず、席を立ちかけたその時に、あらためてミランダは思いついたことを口にしてみた。
「ついでだから一ついいかしら? もう一人、金色の髪の女性がいるのだけど二人とも心当たりはある?」
「金色の髪? さて、何のことかしら?」
「――他に特徴は?」
ブラディマリアは首をひねったが、シュテルヴェーゼの手がぴたりと止まった。アノルンが報告のままを告げると、シュテルヴェーゼがどさりと再度腰を下ろし、天を仰いだ。
「なんと――このタイミングで目覚めるのか。いや、あるいは必然なのか」
「ねぇ、やっぱり?」
「いかに大戦期幼かろうと、耳にしたことくらいはあるだろう。銀の一族の戦士長、戦姫ソールカ。人間でありながら魔人や古竜を凌駕する力を持った戦士だ。長き戦いの後眠りについたとされていたが、ここで目覚めるのか」
ブラディマリアが俄に殺気立った。魔人滅亡の引き金足り得たのか銀の髪の一族、それを直接率いた戦士長その人が近くにいる。
ブラディマリアががたりと席を立ち憤怒の表情に染まる前に、シュテルヴェーゼがその肩を優しく止めていた。
続く
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