竜騎士三人、その2~女剣士との再会~
「このままだと、アルフィが作る傭兵団は女性が多くなると思うんだ。団長が女ならばと、女傭兵が安心して身を寄せてくるだろうからな。すると、問題が発生する。以前少し話したけど、戦場では女は食い物にされがちだ。負けた時の事は当然だが、勝ったら勝ったで、気分が高揚した味方に襲われることもあるし、敗走中はもっと悲惨だ。気分が荒んだ味方に輪姦された挙句、その場で戦場に置き去り。そして追いつかれた敵兵にまたしても、なんてことは珍しくもなんともない」
「うわぁ・・・」
「そんな顔をするな、当然だぞ? 軍隊は軍規があるから女性兵士の身はある程度保障されるが、女傭兵なんてかばってくれるような規則は何もないんだからな。自分達の身は、自分達で守らなければ」
「アルネリア教会も同じさ。戦場にはよく癒し手としてシスターや僧侶を派遣するように依頼が来るんだけど、戦闘手段を持たないシスターなんて恰好の餌食だからね。だから遠征には必ず神殿騎士団が同行するし、そういった事態が起きた場合、アルネリア教会は以後その国に一切の援助をしないっていう誓約を結ばせる」
「なるほどね。私の場合はどうしたらいいかしら?」
アルフィリースの質問に、リサが答える。
「そういえば、世の中には女性だけの傭兵団があるとか。何と言いましたか」
「『フリーデリンデの天馬騎士団』のことだね」
ミランダが言い放つ。
「よく知っているわね、ミランダ」
「まあ、アタシが傭兵を始めたころから活動している傭兵団だからね。昔傭兵をしている頃にも一緒に戦ったこともあるし、敵だったこともある。アルネリア教会で仕事をしているときにも、何回かは見たよ。大陸中で一番有名な傭兵団の一つさ。歴史だけなら、どの傭兵団よりも長いだろうね」
「女の傭兵団なのに? どんな傭兵団なの?」
アルフィリースがミランダに問いかける。
「この大陸も最北東にある、ロックハイヤー大雪原にのみ生息すると天馬に騎乗する、女だけの傭兵団さ」
「天馬?」
「ああ。普通の馬よりちょっと大柄で、羽根が生えてるんだ。もちろん空を飛べるよ? 竜よりも小型な分持久力に欠けるが、小回りは非常に利く。ただやっぱり乗り手が女性だから戦闘は得意じゃないけど、何よりフリーデリンデには目がいい連中が多くてね。斥候兵にはもってこいなのさ。また天馬自体が非常に勘の良い生物で、死地には絶対行こうとしないことから、戦場にはフリーデリンデの傭兵を数人連れて行くと、生還確率がぐっと上がると言われているんだ。さしずめ勝利の女神ってところかな」
「へぇ、会ってみたいわね」
興味をそそられたのか、アルフィリースが頷いている。
「でも、なんでまた女性だけで?」
「天馬は女性しか乗せないと言われている。またロックハイヤーの気候は、この大陸でも有数の厳しさでね。男性は出稼ぎにいったり、土地を維持するのだけで手一杯だそうだ。それで女性達が何か自分達にも出来ないかと考え付いたのが、今の傭兵団ってわけさ。今ではロックハイヤー一帯の収入は、彼女達が半分以上を稼ぐんだとか」
「だがどうやって団だけでなく、自分達の土地まで維持しているんだ? 女性だけの傭兵団にそこまでの高額の報酬が払われるとは思わないんだが」
ニアが不思議そうな顔をする。その疑問に答えたのはリサだった。
「これは聞いた話ですが、彼女達は娼婦もするのだとか。ターラム顔負けの高級娼婦なのでしょう?」
「えっ?」
その言葉に全員がリサを見る。
「いえ。噂なので聞かれても困ります」
「いや、合ってるよ。変わってなければ、『アフロディーテ』と言われる部隊が、その役割を担うはずさ」
ミランダが平然と答えた。その言葉にニアは事情を飲みこんだようだが、アルフィリースは納得がいかなかった
「なんでそんなことするの? 自分達から娼婦の真似事なんて。戦場で戦えるのでしょう?」
「そうは言うけどね、アルフィ。それは必要な犠牲って奴さ。これはその天馬騎士団の連中からアタシが傭兵をしている頃に聞いた話だが、傭兵団を作った当初はそれはひどかったそうだ。女の天馬騎士など、慰み者にされて当然だと言われていた時期があったらしい。彼女達は地上に降りればか弱い女性と同じだからね。それこそ年なんか関係なく凌辱されることもざらだったらしい。女が戦場に来るんだから、当然覚悟して来てるんだろうって。戦場専門の娼婦とかも実際いるから、同じように見られたんだと。それでも彼女達は傭兵として稼いで、ロックハイヤーで待つ子供や老人を食べさせなければいけなかった。
その時、隊内で一番美人と評判だった天馬騎士が言いだしたんだそうだ。『どうせ襲われるなら、自らの体を盾にすればいい』ってね。そして彼女は自ら兵士達に身を差し出した。自ら娼婦として身を差し出すことで、その他大勢の天馬騎士の犠牲を防いだのさ。はっきり娼婦をすると言えば、賃金だって吊りあげれるしね。その思想に同意した天馬騎士達が、部隊アフロディーテの発祥なんだそうだ」
「でもだからって、他にも仕事は・・・」
「そうは言うけど、この世の中に女が出稼ぎでできる職業なんてどれほどある? 多くの女は学もなく特技もない。現在でもこの世の中で一番金を持っている女は貴族の女か、ターラムの高級娼婦って言われるくらいだからね。アルフィはずっと山に引きこもってたからあんまり実感がないかもしれないけどさ、世の中は女に優しくできてないんだ。だからアルネリアのシスターなんてのも、実は女の中では人気のある職業なのさ。私に言わせれば規則規則で息がつまりそうだけどね。
ちなみに、フリーデリンデの連中の前でそんなことを間違っても言っちゃだめだよ? あの子達は部隊アフロディーテを誰よりも尊敬しているし、実際一番志願者が多いそうだから。俸給も他の部隊の何倍もあるそうだし、美人の象徴でもある。実際40年ほど前に何人かアフロディーテのメンバーを見たけど、女のアタシでも目が眩むほどの美人揃いさ。もともとあの地域は美人が多いってのもあるみたい」
「そういうものなのかな・・・・」
アルフィリースはそこまでミランダの話を聞いても、何かしっくりこないものがあった。アルフィリースにはロックハイヤーの生活など想像すべくもないし、ただどこか遠い国の出来事としてしか実感できないのだった。
だがミランダはさらに話を続ける。
「もちろんアルネリア教のように制裁処置を加える部隊も存在する。確か『アテナ』だったかな? ここの部隊は、もしアフロディーテの隊の者が不当な扱いを受けたり、行為の最中なんかに死んだ場合、有無を言わさずに制裁処置にでる。まあ飴とムチってやつだね」
「じゃあさ、その・・・私が作る傭兵団にも、そのアフロディーテみたいな事をする人達が必要?」
「そうは言ってないけどさ・・・これは難しい問題だね」
ミランダも一応説明したものの、どうすべきかまでは考えてなかったようだ。一同が押し黙る。そしてニアがゆっくりと口を開いた。
「アルフィ、まあ女だけが戦場に出るっているのは非常に難しいということだ。だからアルフィは、普通の傭兵団の団長より色んな事を知ってなくちゃいけないな。戦場についての依頼を受ける前に、どの程度危険そうか下調べも必要だろうし、とにかく情報と戦略が重要だな」
「うーん、その点も考えないとなぁ」
「そうそう、まあその前にも色々と考えることが・・・ん?」
ミランダが酒場の入り口を見る。奥まったこの部分からは余り見えないが、どうやらかしましい男が入ってきたようだ。
「待ってくださいよ~、あーねーさーんー!」
「・・・待たん」
「そりゃ俺が自分の報酬を全部仕送ってしまったのは謝りますけどね。姐さんだって、自分の雇い主と喧嘩して報酬をパアにしたでしょう?」
「奴がワタシに寝床を共にしろなどと要求するから、身の程を知れと小突いただけだ」
「小突いて全治3カ月にはなりませんって。俺達がブラックホークじゃなかったら、その場で切り捨てられてますよ」
「ふん。あの場にいた連中程度、あべこべに皆殺しだ」
「まあそりゃそうですけど。現実問題として今日の支払いをどうするんすか? 宿代はあるにしても、晩御飯が・・・」
その瞬間、男の腹がぐぅぅ~、と、さもしい音を立てた。そしてその場に人目も憚らず、うずくまる男。
「あー、もう無理っす~。歩きたくないっす~」
「・・・ならば永遠に歩けなくなるといい」
女がすらりと剣を抜き放つ。
「げっ、またそうやってすぐ剣を抜く! 暴力反対!」
「問答無用という言葉を知っているか・・・?」
「ちょ、ちょ、やめて」
「問答無用!」
女の剣を軽快な動きでかわす男。酒場の中で迷惑な事だ、周囲の客が逃げ始めている。その様子を酒場の端の席から遠目に見ているアルフィリース達。
「・・・どっかで見た顔だね」
「関わらない方が身のためでは? って、アルフィ?」
リサがそう言うが早いか、既にアルフィリースはその2人の方にすたすたと歩き始めていた。そして、女の剣を男が白刃取りしてせめぎ合っている場面に、アルフィリースが声をかける。
「ルイ? ルイじゃない!?」
「邪魔するな、今忙し・・・む?」
ルイと呼ばれた女が、きょとんとした顔でアルフィリースを見る。だが男に振り下ろそうとする剣から力が抜けた様子は全くない。
「アルフィリースか!?」
「ルイ! 久しぶりね!」
そう、かしましい2人はルイとレクサスだった。ブラックホークの2番隊の隊長と副隊長にして、フェンナを最初に送り届けようとした時に、ダルカスの森で助けてもらった傭兵だった。
続く
次回投稿は、4/28(木)20:00です。