戦争と平和、その485~廃棄遺跡⑬~
ドラグレオが振り返って防御しようとして、魔術が自分の頭上を通過したことに気付く。
「俺が狙いじゃねぇ・・・? まさか!」
ドラグレオは魔力の残りも、通り道にいる障害物や魔獣すらも無視して駆けた。その様子はさながら暴走する巨大な岩の塊だったが、不幸なことにドラグレオの行く手を阻んだものは全て吹き飛ばされて何が起きたかすら理解できなかった。
ドラグレオが魔術の行く先を追いながら、着弾点を確認する。そこに到達するまで、数えること10。ドラグレオの目に入ったのは、粉々になった氷結蜥蜴と、胸を貫かれたミコトだった。
「ミコトぉおおおお!」
ドラグレオが叫ぶ。いつもの怒号ではなく、悲哀の叫びである。出血量から察するに、致命傷なのは明らか。かろうじて息がある程度である。
「お、おじさん・・・光の・・・矢が」
「わかってる、しゃべるな!」
「相殺できな、かった・・・とんでもない、威力で」
「知ってる! 俺も逃げるので精一杯だったからよ!」
「嘘・・・おじさん、私がいなかったら・・・きっと勝てるよ」
ミコトが手を伸ばそうとして、力が入らずに震えただけだった。その手をとってドラグレオがミコトの目をのぞき込む。
ミコトは口から血を吐きながら、精一杯話そうとする。
「私、嬉しかった・・・外の世界を見れて・・・きっと滅ぼすだけだと思ってたのに・・・世界はとっても綺麗で・・・そんなこと知ったら・・・」
「まだ行ってねぇところがいっぱいあるぞ? こんなところで死なせるかよ!」
「だめだよ・・・私といたら、おじさんの身が危ないよ・・・それにさっきのあいつ・・・おじさんじゃないと、止められないから・・・私のことなんか・・・」
段々とミコトの声が小さくなっていく。ドラグレオは必至に声をかけながら、ミコトの意識を繋ぎ止めようとした。
「おい、まだ死ぬな! 死ぬんじゃねぇぞ!」
「・・・私・・・幸せ・・・おじさん、好き・・・」
「おい、そんなのはいいから。生きろ!」
そこまで伝えてミコトの手から力が抜けた。ドラグレオはミコトの命の灯が消えそうなことを悟ると、決断をした。
「・・・死までは滅ぼせねぇか。特殊な魔術を使ったな? となると、あの陽炎みてぇな奴はやっぱり・・・ちきしょう、予定変更だ。まだこんなところじゃ死なせねぇからな、ミコト!」
ドラグレオは掌相と印を組むと、巨大な魔法陣を展開し始めた。この光景を見る者がみたとして、ドラグレオが何をしているのか理解できる者は一人もいなかったろう。大賢者ドラグレオ――大賢者であるだけでなく、白銀公から継いだ役目が、世界で彼を唯一大賢者たらしめる魔術を展開させようとしていた。
***
「――様――」
「・・・」
「――アノルン様!」
「はっ!?」
ミランダは神殿騎士団、周辺騎士団を率いて廃棄遺跡の探索の陣頭指揮を執っていた。手には知りうる限りの遺跡の地図。それを元に使い魔を先行させ、最短経路でティタニアを探索するつもりでいた。
異変を感じたのはその最中。まずは地鳴り、そして地下からの強大な気配。それに呼応するように近くに現れた強大な存在感。続けて光った遥か彼方の空。周囲は稲妻だと口々に言ったが、それにしてはこの夜空が一瞬白むほどの光が稲妻などであろうはずがないと、ミランダは疑ったのだ。
続けざまに起こる異変に、ミランダの意識は一瞬飛んでいた。実際の兵士への命令はアリスト、ラファティ、アルベルトを介して行っているため現時点では上がってくる情報を吸い上げるのみで一時休息を取っていたが、それにしてもこんな時に眠っていたのか。それにしては取れない疲労感だと、覚悟が足りない自分にミランダは頬をぴしりと打つ。
その様子に、伝令が少し訝し気な表情をした。
「アノルン様、お体の具合でも?」
「いえ、問題ないわ。ごめんなさい、少し考え事をしていたの。報告を上げてもらえるかしら?」
「はい。まず探索ですが、順調に進んでおります。現在第10層まで進行、行く手を阻む者はほぼなく、ところどころ崩落などはあるものの、予定通りです。レーヴァンティンが保存されている15層まで、一刻もあれば到着するかと」
「予想よりもだいぶ早いわね。明け方どころか、夜中のうちに決着がつくかしら。まだティタニアとは遭遇しない?」
「はい、影も形も。それどころか、遺跡の中には魔物一匹見当たりません。外からはそれなりに集まっているようなのですが・・・」
伝令の報告にミランダは頷く。この遺跡の存在を聞いたのはミリアザールからだが、なんでもミリアザールがかつて大戦期この土地に到達した時には、既に廃棄された遺跡だったとのことだ。かつて探索し地図を作製したが、地下は相当に深く、最深部の推定すらままならず、また新たな発見もないため15層で探索を断念したとのこと。
入り口は複数あるようでひょんなことから入り口が発見されることもしばしばだったが、たいていは途中で道が途切れるため、誰も奥深くまで侵入することはなかった。魔獣も遺跡の中に入ることは忌避するのか、あるいは何らかの妨害する機構があるのか、この遺跡を住処とする魔獣や魔物は見当たらない。
ミリアザールはこの廃棄遺跡を利用し、表立った入り口を数か所に限定し残りは塞いだ。そして表に出せない罪人を繋いだり、あるいは遺物や宝物の安置場所にしたりした。そして一部は深緑宮の地下から入れるようにし、シュテルヴェーゼや自分の隠れ家としたのである。かつては深緑宮からもこの大迷宮に繋がっていたが、それらの通路はミリアザールが懇切丁寧に潰したため、今では深緑宮の地下は独立していると聞いている。
ミランダは今回、そのミリアザールから地図を受け取り、この指揮を執っていた。なんでも迷宮の探索は時代と探索班を分割したため、全ての地図を知るのはミリアザール以外にありえないとのことだった。そのためミランダは分割された地図を解読し、それらをつなげて今騎士たちを派遣しているのである。
続く
次回投稿は、2/27(木)14:00です。