戦争と平和、その478~滅びの予言④~
***
「・・・・・・オラァ!」
崩れた岩壁の下から出てきたのはドラグレオ。焼けて溶けかけた岩を蹴飛ばし、周囲の様子を見渡す。
落雷だと思った。分厚い雲を割ってきた光が稲妻だと気付き、咄嗟にミコトをかばった。どうやったかは自分でも定かではなが、全力で防御魔術を展開。かつて白銀公との戦いで彼の攻撃を防ぐために開発した防御魔術が数層、まとめて吹き飛ぶのを見た。
焼けつくような背中の感覚、周囲の地面がめくれて溶ける様子、泣き喚く腕の中のミコト。普通の防ぎ方では助からないと考えたドラグレオが咄嗟にとった方法は、強制的にミコトに生命力を与える方法だった。
生命力があれば、たいていの怪我は治る。欠損した腕すら生やすことも可能となるが、苦痛がないわけではない。ドラグレオはそれらを涼しい顔でこなしているように見えるが、それは彼の精神力あってこそである。どんな攻撃をくらっても再生すると考えられているドラグレオだが、精神が未熟ならば発狂する。ひとえに彼の我慢強さがなせるわざである。
だがミコトはそんな鍛練をしていない。怪我が治っても、精神が崩壊している可能性がある。ドラグレオは叫んだ。
「ミコトォー! どこだー!!」
「お、おじさん・・・」
溶けかけた岩が崩れ、ミコトの腕が伸びてきた。まだ地面の熱は火山ほどもある。ドラグレオは自らの手が焼けるのも構わず、ミコトの邪魔をする岩を全てどかしミコトを拾い上げた。
「ミコト! 生きてるな!?」
「う、うん・・・なんとか」
拾い上げたミコトが弱々しい笑顔で答えた。だが抱え上げようとして、ドラグレオが異変に気付く。
「ミコト・・・痛みは?」
「何が?」
「おかしなところはないか?」
「足の感覚がないけど・・・なんで?」
ミコトは自分の足を見ようとして、ドラグレオに目を塞がれた。ちらりと見えた気がしたが、どういうことかわかる気がする。
「ミコト、見るな。静かに冷静に聞け・・・足はもうない。焼けて、落ちた」
「・・・・・・うん、わかった。でも痛くないよ?」
「おそらくは痛みを感じる部分ごと焼けたせいだ。感染の可能性も低いが、痛みは後からくるだろう。今再生させることもできなくないが、この傷を一気に再生させると普通の人間は発狂する。だから、まずは落ち着ける場所に行く。そこで準備ができれば、再生させることもできるかもしれん。理解したか?」
「うん・・・おじさんの言う通りにする」
ミコトが弱々しく頷いた。こういうあたり、年齢の割に理解が早くて度胸も据わっているとドラグレオは思う。二人で旅をして、散々驚きの場面に出会ったからだろうか。もはや大概のことではミコトは冷静さを失わない。
だがこの一帯の熱のせいか、ミコトの意識も朦朧としている。立っているだけでも常人は気を失う熱気である。あまり猶予はないことはドラグレオにもわかっている。周囲を見渡すが、思ったほど地形が一様にめくれていない。里に張った結界もミコトが一部壊したとはいえまだ残っていただろうし、結界師があれだけいたのだから、ある程度は防御もできたのだろう。ひょっとすると、まだ生きている者もいるかもしれない。だがそれらを捜索している余裕がミコトにはない。ひょっとしたらだが、二発目があるかもしれないのだ。
「すぐ移動するぞ、ミコト。俺の足ならすぐだ」
「おじさん・・・あれは何?」
「あれ?」
ミコトが弱々しく指さした先に、影が見えた。猛烈な熱で岩が上気する中、陽炎のような影が見えたのだ。ドラグレオが目を凝らし、その表情がはっとすると、ドラグレオは険しい顔になった。
「ミコト、ちょっと待ってろ。すぐ終わらせる」
「おじさん・・・何なの?」
「何だろうな、俺にもわからん」
だが滅多に見ることのないドラグレオの切羽詰まった表情が何を言わんとしているか、ミコトにもすぐわかった。そしてドラグレオが珍しく、掌相からの魔術を唱えた。
『召喚、氷結蜥蜴』
「並びに、《付加》、跳躍、高速、硬化」
「おじさん?」
「加えて、【汝の加護を彼の者に与えたまえ、災厄から護り給え、汝の名は】《銀の守り手》」
「おじさん!?」
ドラグレオの連続詠唱。それが何を意味するのか、ミコトには嫌な予感しかしないのだ。ドラグレオは魔術で強化された魔獣の尾を叩くと、ミコトを連れて行くように促した。
「行け、後で追いつく」
「おじさん、ダメだよ! あれは、おじさんでも駄目!」
「んなこたわかってる。いかに俺が阿呆でも、あれのヤバさはわかるつもりだ。だが何もしないで逃げ切れるかっつーのは、ちょっと虫がいいだろうなぁ?」
ドラグレオはこちらの様子を窺っているであろう相手に語り掛けるように挑発した。その言葉に応えるように、陽炎が揺れた気がする。
ミコトは薄い銀の被膜で守られた内側から、ドラグレオに向けて皮膜を叩いた。
「おじさん、私わかったんだよ! 私は自分が滅びの御子だって――でも、違う! 滅びが滅びをもたらすんじゃない! 滅びっていうのは――」
「俺には最初からわかっていたぜ。お前みたいな優しい子が、滅びをもたらす考えなんかないってな。だから最初から言ってたろ?」
「おじさん、何も言ってないよ?」
ミコトのツッコミに、ドラグレオが首を傾げる。
「あれ、そうだっけか?」
「おじさん、何も言わずに私を連れまわしたよ?」
「いや、でもだな。背中は語っていたはずだぜ?」
「普通に考えれば誘拐だよ? 奴隷が禁止された東大陸の法律用語で、未成年者略取だよ? 禁固刑か強制労働になるやつだよ?」
ミコトの言葉に、ドラグレオが汗を流す。
「あ、あれぇー? そうだっけか?」
「おじさん、説明不足だよ。だから――ちゃんと責任とってね?」
ミコトが言い残した言葉は男子として聞くには不穏なものではなかったかとドラグレオはふと思ったが、今はそれどころではない。言われずとも、元からそれこそが自分の使命だと認識している。滅びの御子に添い遂げられるのは、そもそも自分しかいないのだから。
続く
次回投稿は、2/13(木)15:00です。