竜騎士三人、その1~先立つ悩み~
ここから第二部です。サブタイトルの「竜騎士三人」が誰なのか、考えてもらえればと思います。
どくん――
鼓動の様な音が一つ聞こえる。大きく、力強く、そして聞く者をとても不安にさせる音。元来他人の鼓動は人を安心させるものであるはずなのに、その鼓動にも似た音は聞く者を非常に不安にさせた。
それは、その音が本当の鼓動ではないからなのか。男はその音について誰かと議論を交わしたかったが、自分以外に音のことを知っている者はわずかしかいない。
「なぜ、誰もこの音を聞こうとしないのだ・・・」
その音を聞いていた男は、一人呟く。これほど大きい音、耳を澄ませば聞こえるはずなのに。音以外に兆候がないからか、それとも聞くほど賢い者がいないからか。だがその音を聞いていた男は思うのだ。大衆が気づいた時には、既に手遅れだと。これは確信である。
そして自分だけにその音が聞こえたのは、きっと天の思し召しに違い無いと。自分は運命に選ばれたと信じていた。
「ならば、やるしかない。たとえ自ら修羅の道を行くことになっても」
その音を聞いていた男は誰に同意を求めるわけではなく、一人決意を固めたのだった。
***
「でさ、アルフィって傭兵団をどうやって作るつもり?」
「え?」
アルフィリース達は宿の酒場で飲んでいた。北街道を旅して5日目のことである。
エアリアルと共に大草原からつれて来た馬の足は非常に速い。体力も並の馬の倍以上であり、旅の行程は予想以上に早かった。フェブランからラムリッサを抜けて、一路北上する。
はっきり言って、中央街道以外の2つの主要街道ですら治安は良くない。北街道を統括しているのは3つ。東の諸国、ローマンズランドの2つが統治している街道部分は、まだ治安が良い。だが残りの1/3は小国家が乱立する、紛争地帯を走っている。いまだに小競り合いが絶えない、大陸の東側では最も治安が悪い一帯。魔物も多く、アルネリア教会や傭兵ギルドがもっとも派遣の依頼を受けやすい地域でもあった。
その地域に入る前に、金銭的な充実や、装備、荷物を整えようということで、ローマンズランドの属国ヴィンダルにある、ブリュガルという都市に2日ほど滞在している一行だった。ここで傭兵として依頼をこなし、路銀の足しにしながら物資を購入しようという算段である。
アルフィリース達は上手い具合に魔物討伐の依頼を受けることに成功したので、路銀は思ったより早く工面できた。そこで、今は英気を養うために全員で一杯飲んでいるところだった。もちろん、イルマタルは既に寝かしつけてある。様子はリサがセンサーで寝がえりまで含めて逐一感知してくれるので、安心してグウェンドルフまで飲みに加わっていた。
女ばかりで飲むと、大方の町の娘のように彼女達も恋の話で盛り上がる。普段ならフェンナの過去話や、カザスとニアのことをからかって遊びたいところだが、フェンナとカザスの安否が知れない今となっては、迂闊なことは言えなかった。
新しい仲間も増えたことだし、ここはやはりアルフィリースの恋愛模様が話題の中心だろうとのことで、からかわれている真っ最中であった。リサの話もユーティがしきりに出そうとするのだが、その度リサに上手い事はぐらかされている。そして意外な事に、楓は酒が入ると口数が非常に多くなる。酒乱の気があるのか、率先して自分の恋愛観を語り始めていた。
「私だって・・・私だってですね! 理想の男性くらい、いるんです!!」
「た、例えば?」
「いいじゃないですか、口無しだって! なんでまっとうな恋愛をしたらいけないんですか? この前なんか、この前なんか、梔子様に内緒で先輩達は神殿騎士団の男の人達と飲みに行ってたんだから! なのに私だけまだ成人前だからって、のけ者にしてー!!」
「だめだ、こりゃ」
「誰だ、楓に酒を飲ませたのは」
まったく話がかみ合わない楓を煽るように、ミランダだけはさらに楓の杯になみなみと酒を注ぎながら、面白そうに笑っていた。
その飲み会が盛り上がってきたところで、ミランダが傭兵団のことについて、アルフィリースに突然話を振ったのだった。
「だからアルフィはさ、どうやって傭兵団を作るつもりかって聞いてるのよ」
「それは私も興味があるな。何せグルーザルドを捨ててまで参加するんだからな」
「リサも無関係ではありませんからね、聞かせてもらいましょう。条件次第では、私も参加してもいいでしょう」
「我はアルフィについていくと決めたからな。どうあっても参加するが」
「私もです」
「わ、わらしらって、ミランダしゃまが参加するっていうにゃら」
「はいはい、楓はもう寝てなさいね」
「え、え~と・・・」
アルフィリースは困ってしまった。色々考えていることはあるのだが、世間に出てからまだ2年程度のアルフィリース。傭兵歴も浅いので、思い描く図にいまいち実感が付いてこない。なので、正直な気持ちを口にすると・・・
「わ、わかんない」
その一言で、全員ががくりとなった。
「ふぅ・・・」
「アルフィならそう言う可能性もあると思いましたが・・・」
「まったく、恰好つけておいてそれか?」
「あっはは、さすがアルフィは退屈させないわぁ」
「し、仕方ないでしょう?」
アルフィリースに白い眼差しをそれぞれの面々が向ける一方で、アルフィリースはむくれていた。そんなアルフィリースを見て、リサとミランダが説明を始める。
「しょうがありません、ではこのリサが傭兵団を作るための手順を説明しましょう。このデカ女には調教、もとい、教育が必要なようですから」
「だね。アタシが知っているのは昔の情報かもしれないから、ここはリサに任せようか」
「なんだかリサの言い方が不穏な気がするけど・・・お願いします」
アルフィリースがぺこりと頭を下げる。それに多少機嫌を良くしたのか、リサがククス果汁をちびちびとやりながら説明を始めた。
「まず傭兵団として登録されるには、ギルドへの申請が必要です。申請にはいくつか条件がありますが、まずは人数です」
「人数?」
「ええ。傭兵団として申請するには意味があります。その団に声をかければ、即座に一定以上の人数が確保できるというのが雇う側の利点です。なので、傭兵団として登録するには、その団のみに属する人間が最低10人必要です」
「10人・・・」
アルフィリースはその言葉を聞いて、頭を悩ます。
「それは獣人でもいいの?」
「獣人の傭兵団もありますし、問題ないでしょう。ただし、ユーティは無理かもしれません」
「なんでよ~」
ユーティが仲間外れにされたようにふくれっ面をする。
「ユーティが人数に入るかどうかは、ギルドの審査次第です。なのでこればかりはリサにも判断がつきません。何せ自然に属する妖精を、傭兵などという血なまぐさい仕事に関わらせることは普通ありませんので」
「それもそうね。とするとユーティは数に数えられないものと計算して・・・」
アルフィリースが全員を見渡す。数に入りそうなのは、エアリアル、ラーナ、リサ、ニア、後はこの場にいないが、カザスといったところか。ミランダと楓はアルネリア教会所属なので無理だし、グウェンドルフやイルマタルを数に入れるのも無謀だ。フェンナもシーカーである以上にそもそも王族なのだからきっと無理だろう。
ニアとカザスも一端さておくと、自分も含めて4人しかいないことにアルフィリースは気がつく。
「全然足らないね」
「ええ。ですのでこの旅の間にでも、見所がありそうな人間はどんどん声をかけていった方がいいでしょうね」
「でも、なんて言って誘えばいいのかな? 『凄く強い奴らに狙われているから、私のために力になって!』とか?」
アルフィリースの言葉に即答で反論できる者はいなかった。仲間にすれば、あのライフレスを初めとした連中と対峙する可能性もある。そんな危険な目にあう可能性があることを承知で声をかけるなど、騙す事になるかもしれないと思ったのだ。
「それは・・・まあその辺はアルフィの説得の仕方にもよりますが」
「心配しなくても大丈夫だよ、アルフィ。傭兵なんてはっきり言って、人生に行き場を失くしたあぶれ者の巣窟さ。アタシが事実そうだったんだから」
ミランダが酒をあおりながらアルフィリースの肩を叩く。
「だから傭兵なんてのは、いつでも戦場の露と消える覚悟はできているのさ。アルフィはそんな心配をしなくてもいい。傭兵にとって重要なのは、いかに今が充実しているか。それが一番だ。中には純粋に金稼ぎとして、奉公に出ている奴らもいるがね。そのためには、傭兵団が快適であることの方が重要だ。それは団長となるアンタの器量によるだろう。
それに最終的には、アタシはこの戦いはアルネリア教会や国家も巻き込むことになるんじゃないかなと思うよ。アルフィ達だけが矢面に立つ必要はない」
「そうだね。それに彼らと対峙する可能性は、その時になってから皆に聞けばいいのではないかな? 少なくとも今のところは彼らと戦うわけではないのだし、彼らと戦うことが決定的になれば、その時改めて各自の意志を聞けばいいだろう」
「まずは団の設立を優先する。そういう考え方もありますね」
「なるほど、それも一理あるわね」
グウェンドルフの言葉に、アルフィリースが納得したようだ。さらにミランダが言葉を続ける。
「それで仲間にするなら、今のアタシ達に足りない人材を補充したいね」
「例えば?」
アルフィリースが尋ねる。
「まずは魔術士。アタシ達はそれぞれが魔術を使うけど、攻撃に寄り過ぎているから、絡め手のような魔術を使う敵に出会うと厄介だ。ラーナがいくらかは対応してくれるにしろ、属性も多様性があった方がいいだろう」
「それを言うなら、前衛を専門にできる奴も欲しいな。私がグルーザルドに帰る間、アルフィ、ミランダ、エアリアルが前衛をするが。この3人はそれぞれが万能型だ。だからこそ、誘導されて全員が前衛に引き摺り出されると、後ろでリサ、ユーティ、イルマタル、ラーナを守る仲間がいなくなる」
「その可能性はあるな。確かに守るべき後衛の人間が増えたから、これは厄介な問題だ」
「うーん」
ニアとエアリアルの言葉にアルフィリースが頭を抱えてしまった。さらにリサが続ける。
「他に、純粋な傭兵出身の人間が必要です。この中で純粋に傭兵経験があるのはミランダとリサですが、ミランダが傭兵だったのははるか昔。リサもミーシアから出るような依頼はほとんど受けてはいませんでした。ですが、これからは傭兵団として受ける依頼には、人間同士の戦争もあるでしょう。そう考えると、戦場を経験している者が団には最低一人必要です。ニアが参加するまで、戦争の依頼がないとは限りませんから」
「戦争かぁ。そんな依頼も受けないと駄目かなぁ?」
アルフィリースが余り気が乗らないといった目でリサを見る。リサもまたアルフィリースに同感だったが、
「無理でしょうね。傭兵団を作るなら、避けられない問題です。相手が人間か魔物かはわかりませんが」
「やっぱりそうか~」
「その件で、戦場経験者として一言いいか?」
ニアが手を上げる。
続く
第二幕が始まりました。閲覧、感想、評価ありがとうございます。作者のやる気につながっております。またこれからもよろしくお願いいたします。
次回投稿は、4/27(水)20:00です。