戦争と平和、その474~廃棄遺跡⑫~
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――そして現在。アルネリア近郊の廃棄遺跡の入り口に佇むのはソールカである。旋空竜と同程度の速度を出せるヴァイカですら数刻かかる距離を、ソールカは瞬く合間に動く。その場に居合わせてしまったドゥームたちにしてみれば、まさに目の前に突如としてソールカが現れたようにしか見えなかっただろう。
しかも神々しいとまで言えるその佇まいと気配を感じれば、目の前に太陽が出現したとすら感じたかもしれない。
ソールカが目の前から転移魔術で消え去ったドゥームたちの魔力の残滓を見つめていると、その場にヴァイカが現れた。
「ソールカ姫様、何かに攻撃した?」
「――そうね、思わず攻撃してしまったわ。とても邪悪な者たちがいたから。言葉も交わさなかったけど、私の本能が敵だと告げたので、つい、ね」
「姫様の敵? であるなら、闇に属する者たち」
「そう、それもとびきり邪悪な」
ソールカは珍しく、仕留めきれなかった自分の中にある感情を反芻していた。
「(これは――後悔、とでもいうのかしら。さっきの者を仕留めきれなかったことを、私は後悔している。次に見る機会があれば、確実に処分すべきね)」
「姫様、私ほど速くはないけど、順次戦士たちも到着するはず。早ければ日の出までに半数前後が揃う。ある程度揃ってから仕掛ける?」
ヴァイカにはソールカの感情の揺らぎなどわからない。元々銀の一族には感情が乏しい者が多い。長く生きた老婆たちや、ソールカが特別なのだ。その自分も、本能に打ち勝てないのだから、完全な人間とは言えないかもしれない。そう考えれば、やはりプラテカは特別な存在だったのだ。番を選ぶ本能ではなく、まっとうに人間と恋に落ちるなど。
ソールカはようやく妹と同様の感情を得つつあることを喜びながら、どうしてそればあとわずか数十年早くなかったのかと、無念を感じていた。
「・・・いえ、今すぐやりましょう。ウッコの気配が強大になっている。いつ完全に目が覚めるとも限らないわ」
「じゃあ私が先行して邪魔なのを蹴散らす。姫様は後からついてきて」
「ええ、そうするわ。私が舞を使って動くと、動きすぎて危ないしね」
「それにまだ陽の光がない。姫様の力は充分発揮できないから、気を付ける」
「ヘードネカのおかげで準備運動はできたわ。起き抜けの夜でも、三割くらいの力は出せるでしょう」
「姫様の三割だったら、私が勝っちゃう」
ヴァイカの自身に溢れた表情に、変化を感じて嬉しくなるソールカ。自らと同じくらい身長が高くなったヴァイカの頭を撫でながら、ソールカは微笑んだ。
「頼りにしているわ、ヴァイカ。でも何でもかんでも壊したり、殺したりしないようにね?」
「私の舞はやりすぎる。気を付けるけど、確約はできない」
「それでいいわ。でも妹が中にいるわよ?」
「・・・全力で殺さないように努力する」
「頑張りなさい」
そう言って地面を蹴ったヴァイカを見送るソールカ。自身はゆっくり歩いてその後を追うことにした。
「中々に面白い者が中に揃っているわ。さて、この時代の地上の者は進歩したのかしら? それとも、まだ脆弱なままかしら? かつての時代と同じなら――ここで滅んでも致し方ないわね」
ソールカはそんなことをぽつりとつぶやきながら、たなびく金色の髪をかき上げて遺跡の中に向かって行った。
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一方で、銀の一族の戦姫のほとんどが去っていった里に残された者は、崩れた社の後片付けに追われていた。
里の人数は元々千名程度。その全てが女である。管理をする元戦姫の長老が十数名、そして眠りについた戦姫の管理と世話をする者が500名、結界を敷いて里の封印と戦士の眠りの周期を管理する者が300名。残りは戦姫となる。
銀の一族は定期的に里から出て、番を探す。番となった者とは一定の時間を共に過ごすが、身ごもると女は里に帰り出産する。その際、男のほとんどは殺される。銀の一族の所在は秘匿されなければならないし、まして里の中に男を招き入れるなどありえない。
生まれた子供が女ならしかるべき教育指針である戦姫育成計画に則って育てられ、やがて一流の戦士へと昇華する。だが生まれた者から戦士へと昇華する者ばかりとも限らず、戦士としての才覚を示さなかった者は世話係となったり、結界を敷く役目へと変わっていく。
生まれた子供が男だった場合は、里の外に捨てられる。男の血は不浄とみなされ、殺すことで里の空気が穢れると信じられてきた。銀の一族の里は辺境に存在するため、通常なら捨てられた子どもが生き延びることはあり得ない。だが稀に生き延び、その子どもが銀の一族としての資質を示すことがあると報告されるようになった。それに気づいて保護を申し出たのが、ソールカが眠りについていた間、長らく里の最強の戦姫として君臨していた妹のプラテカだったのである。
銀の一族の女が子を成すのは原則一人まで――産むことは可能でも、二人目以降は血筋の力を相当落とすし、本人の力も弱くなる。そう信じられてきたが、銀の一族の血を引く男ならどうか。プラテカは長らく外の世界の観察を続けるように戦姫たちに命令を下し、そのことで長老たちと長らく対立してきた。
今まで通りのやり方を追求し、より強い戦士を作り出そうとする長老たち。外の世界にさらなる可能性を見出そうとしたプラテカ。里の静かな対立は長く続き、そしてプラテカの病死という形で終結した。
長老たちが積極的にプラテカの死を願ったわけではないが、プラテカの死以降、戦姫だけでなく長老までもがどことなく魂を抜かれたように意気消沈したのは事実である。プラテカの考えや行動は、里の活力の一部となっていたのだ。
壊れた社を前に呆然とする長老たちがいたが、そのうちの一人の老婆が突然酒を取り出した。
続く
次回投稿は、2/5(水)16:00です。