戦争と平和、その468~廃棄遺跡⑨~
「・・・なんだったのですが、あれは?」
「道化にしては化け物じみた強さといえるな。ただの人間がああなりえるものなのか」
「惚けたところがなければ、かなり危うい相手でした」
「・・・なるほど、『王種』かもしれんな」
オーランゼブルがぼそっと呟いたのを、ライフレスは聞き逃さなかった。
「王種? 王種とは、魔物のことではないのか?」
「そう思われているが、真実は違うのだろうな」
「だろうな?」
「我々もよくわかっておらぬのだ。一つ確かなのは、王種というものは自然発生するものではなく、継承されるものということだ。王種と呼ばれる個体を倒すと、倒した者にその能力が継承される。能力は同じとは限らず、異なる形で発現する場合もある。ドラグレオを思い出せばわかりやすかろう? あれは普通の人間でありながら、白銀公という王種の能力を継いだものだ。カラミティも八重の森の王種の能力を継いだ人間だな。
もっとも、それは五賢者も同じだが」
驚きの発言にライフレスが目を丸くしたのが面白かったのか、オーランゼブルが髭を触りながら目を細めた。
「なんだ、知らなかったのか?」
「当然だ。五賢者などとは話したことはおろか、面識すらないのだから」
「それもそうか――だがおかしいとは思わなかったのか? 自然発生的にどの種族からも強力な個体は生まれ得るが、グウェンドルフのような真竜と比肩する能力を持つのは本来魔人だけだ。イェラシャは翼人族、ブロンセルは古巨人、ゴーラに至ってはただの狸の獣人だ。真竜に並び立つべくもない種族たちよ。それぞれ種族の中ではぬきんでた強さを持ってはいたが、王種を討伐することでさらなる力を得たのだ。
もちろん王種といっても、その力は様々だ。継がれる能力も一定かどうかはわからぬ。一つ言えるのは、寿命が延びて全盛期の肉体を維持できることと、全体的に肉体能力が上乗せされるということか。非力なはずのハイエルフの私ですら、素手で石を砕くことになんら労力を必要とはしないからな」
「なんと・・・」
今まで耳にしたことすらなかった事実に、真剣な表情で考え込むライフレス。そのように延命する方法があったのであれば、魔術で肉の身を捨てたのはなんであったのか、考えてしまったのだ。
オーランゼブルもまたライフレスの悩みを感じ取ったのか、話題を逸らした。
「あくまで可能性の話だ。それよりも今やるべきことは別にあるだろう」
「・・・そうだな。まずはウッコなるものの討伐が優先ではあるが。だがお師匠、一つ聞いておきたい。ウッコなるものは、王種ではないのか? 討伐した者にさらなる力がもたらされる可能性はないのか?」
ライフレスの指摘に、オーランゼブルははっとした。それはオーランゼブルですら考えていなかった可能性だった。ウッコとアッカの脅威、そして討伐することのみで頭がいっぱいで、倒した後のことを全く考えていなかったのだ。
記録では、アッカを倒した誰かにその能力が継承された様子はない。だがウッコも同じとは限らないのだ。オーランゼブルは俄に難しい表情になると、ライフレスに命令した。
「可能性がないとは言えぬな――ならば余計に先を急がねばなるまい。ライフレス、探索を急がせよ」
「承知した。エルリッチよ、猶予はあまりないぞ?」
「そのようですな。先を急ぎましょう」
エルリッチも事態の重大さがわかったのか、オーランゼブルのことは抜きにしても急ぐ姿勢を見せた。ドルトムントは複雑な感情を抱きながら、先ほどの打ち合いの手ごたえを反芻していた。
「――遊具で俺の剣を捌くとは屈辱だ。あの手ごたえは姉上以来――次に出会った時は、必ず」
ドルトムントは剣を握り締めると、エルリッチからの報告をまんじりともしない気持ちで待っていたのである。
***
一方、遺跡の外では――
「ドゥーム、言われた通りにありたけの魔物を集めたぞ?」
「こっちもできたっぺ」
「ご苦労様」
ドゥームの命令通り、ミルネーとケルベロスが魔物を集め、遺跡の中に追い立てたところだった。魔物や魔獣にはそれぞれドゥームが狂化の魔眼をかけ、オシリアの恐怖と威圧で追い立てた。さらには中に入っても止まらぬように、何体かにはドゥームの悪霊を憑依させ、操っている。
ドゥームがこのような行動に出たのは、もちろん面白そう、そして他人の邪魔をするのが楽しいからという興味が一番だが、他にも理由があった。
続く
次回投稿は、1/24(金)16:00です。