戦争と平和、その460~廃棄遺跡①~
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天空竜マイアは傍らで眠るイルマタルとウィラニアなる友人の寝顔を眺めながら、優雅に夜のお茶を楽しんでいた。話相手にはレイキ。同じ時代を生きた二人は静かに、そしてかつては想像しえなかった話に花を咲かせる。
「あなたとこうやって話すような時代が来るとはね」
「私も同じ感想ですよ。さすがに年老いましたが、だからこそ戦い以外の楽しみもわかる。人に化けた先で、人と同じ楽しみを得られるようになるなど考えもしなかった。
人間は人生を楽しむのが上手い。ちょっとしたことにも違いを見出し、楽しもうとする。たかが肉を焼いただけの食事に、一体どれほどの味付けを組み合わせるのか」
「違いがわかるからこそ争いもするわ。それがわかるようになってきたのは、私も最近だけど」
マイアは只人としてアルネリアで暮らす日々の素晴らしさに感動していた。色とりどりの衣服やアクセサリで着飾ること、一つの食材からありとあらゆる姿に形を変える食事、傭兵団に出入りする人々の流れ、次々に建つ新しい建造物。人のせわしない流れは眺めるだけで飽きないものだ。
それはレイキも同様の意見だった。
「シュテルヴェーゼ様に付き添い、時に人の街並みを楽しみますが、毎回飽きませんなぁ。同じ店でも季節に応じて、物流に応じて並びが微妙に変化する。これほど面白いことはありません」
「細工物も見ていて飽きないわ。竜は光物を集める傾向があるけど、人間の姿の方がより楽しめることが最近ではわかってきたわね。今まで人間に化けて豪商になろうとした者がいないことの方が不思議にすら思うもの。
やはり地に足をつけて生活すると見える世界が違う。空を飛んでいるだけではだめね」
「人の世で真竜が育つのも、時代だと?」
レイキの視線がイルマタルに落ちる。マイアは困ったようにイルマタルを見つめるのだ。
「時代――という言葉が当てはまるかはわからないけど、この子は新しい価値観で動く真竜になるでしょうね。種が行き詰まったのではなくて多様性に欠けたというのなら、この子は真竜にとっても打開のための一手になるかもしれない」
「魔獣は突発的にしか強力な者がでませんから、仲間のことなど考えなくていいのは気楽ですね。普通なら寂しいのでしょうが、ロックルーフとジャバウォックのおかげでかしましい毎日ですし」
「そうね。でもいつまでこの平和が続くかしらね」
そう言って二体は強力な気配が漂う方向を見る。そこから漂うウッコがもたら絶大な気配を、当然この二人も感じていた。ベッドの周囲には気配遮断と防音の魔術を張っているためイルマタルは感じていないのか、安眠している。
レイキはマイアの言葉にゆっくりと首を振った。
「シュテルヴェーゼ様でどうにもならなければ、そもそも無理な話です。我々は静かにここで待っていればいいのですよ」
「確かにそうなのだけど、アルフィリースたちを見ていると、つい自分で動きたくなるのよね」
「真竜が人間に影響されていると?」
「だって、ここまでのアルフィリースの足跡を見ているとね。この傭兵団の灯りを見なさいよ。先ほど襲撃があったばかりだというのに、もう消火作業も完了して怪我人の点検、施設の補修に入ってる。
傭兵なんて身勝手な人間の集まりのはずなのに、彼らに夢を見させるだけの実力がアルフィリースにはある。私も見てて面白いし、ラキアもすっかり毒されているもの」
「真竜を惑わせるとは、大した人間ですなぁ」
レイキが茶をすすりながらさも人間の爺臭く言ったので、その様子が面白くマイアは笑った。レイキに自覚はないようだが、十分レイキも人間に影響を受けているのだ。
だからこそ、この気配が今より強くなるようなことがあれば自分も力を尽くさねばなるまいとマイアは思う。まだこの都市で、この傭兵団で起こる全ての物事を見届けたいと考えているのだから。
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「あいたぁ!」
「ここはどこだ?」
レクサスを下敷きに着地したルイが思わず叫ぶ。エアリアルが咄嗟に転移魔術に巻き込んだ面々は、魔術の光が消えるとほぼ暗闇の中に放り出されていた。炎の魔女であるミュスカデが灯りをともし、それらを八方に飛ばして現在の状況がわかった。
「うおっ! 足場がねぇ」
「ちょっとずれていたら、奈落に真っ逆さまだったな」
ベッツとディオーレが自らのいる立ち位置を確認し、ごくりと唾をのんだ。闇の中に宙づりになっている円形の台。統一武術大会の競技場程度の広さの場所に、彼らはいたのだ。何の素材で支えているかは知らないが、ゆっくりと揺れていることを考えると、安定した場所でないことは明らかだった。
続く
次回投稿は、1/11(土)17:00です。しばらく連日投稿です。