戦争と平和、その458~道化師の遊戯⑪~
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一方、女道化師ファルグリナを惹きつけたスピアーズの姉妹達と、ハミッテの方は――
地面に大の字になって倒れるセローグレイスとリアシェッド。セローグレイスの四肢は右腕しか残っておらず、リアシェッドは左脚だけだった。これでも散々ファルグリナに攻撃され、ここまでようやく回復したのである。
「よーう、リアシェッド。あれは人間かぁ? ギガノトサウルスの群れを狩るより、まったく生きた心地がしねぇぞ? いや、死なねぇけど」
「同感ですわ、セロー。随分長いこと人間と争ってきましたが、あれ程の気功使いと戦ったのは久しぶりですわ」
「俺らが全盛期なら勝てるか?」
「何とも。お姉さまがいる状態ならもちろん勝つと思いますが、さすが腐っても勇者一行ということでしょうか」
「俺らが不死身じゃなきゃあ、7回は死んでるぞ?」
「私は6回ですわ」
「ざけんな、8回は死んでたろうが」
「あなたは9回ではなくって?」
倒れたままで二人が睨み合うも、不毛なのですぐにため息をついて中断した。
「やめやめ、それよりさっさと治して戦いに合流だ」
「ですわね。ハムネットはなんとかついていけていましたが」
「あー、でもそろそろ帰ってくるだろ」
「噂をすれば影、ですわ」
飛来音と共に、空から降ってくるハムネット。地面に叩きつけられると、ハムネットには左腕と右脚しか残っていなかった。
「よう、お帰り」
「粘りましたわね。これで4回目かしら?」
「・・・納得い、かない」
ぶすっとしたハムネットに対し、セローグレイスは笑顔でなだめた。
「まあまあ、俺らよりゃ随分ましだ」
「そうですわ。あなたにそんな顔をされたら、私たちの立つ瀬がありませんですわ」
「でも、あの人、間まだ戦ってる。むしろ優、勢」
ハムネットの言葉通り、戦っているハミッテとファルグリナの戦闘音が近づいてきていた。なんとか彼女たちは互いに支え合いながら、戦いが見えるところにまで移動した。
彼女たちの目に飛び込んできたのは、異常なまでの速度で展開される戦闘。女道化師ファルグリナの気功は、バフルールとは少し違う。手にした物に気功を伝導し、それを投げつけることで戦うのだ。つまり、周囲にあって手に取れるものは全てファルグリナの凶器と化す。草葉一枚ですら鋭利な短剣と化し、石礫は重装歩兵の鎧を貫く弾丸となる。
ファルグリナの吐いた煙を吸ったセローグレイスの肺が爆発した段階で、セローグレイスは正面から戦うことを諦めた。戦いの幅が違い過ぎるのだ。
「あそこまで幅広い気功の使い手になるまで、どんな過酷な訓練をすりゃあいいんだろうな? 俺たちだってある程度使うけどよ、あんなの無理だぜ」
「才能だけじゃありませんわ。それこそ血の滲むような修行をしたはず。結果として人格が破綻したのなら、お笑い種ですが」
「肉体は鍛えて、も経験値は鍛えられない。これほどになるま、で相当な修羅場をくぐったはず。僕たちも顔負けの環境にい、たはず」
三姉妹が見ているのは、互いに戦輪を10個ほども応酬しながら中距離で投擲同士の戦いを繰り広げるハミッテとファルグリナ。戦輪は腕や足に引っかけながら、相手に送り返す。しかもただ直線的に返すだけでなく、回転をかけて弧を描いて返したりブーメランのような軌道で返すのだ。
一つ間違えれば四肢が飛ぶ。その緊張感の中でファルグリナはさらに周囲の物を投げ飛ばし、ハミッテはその間を縫って接近する。めまぐるしい攻防に、三姉妹の視線が左右にせわしなく動く。
「ハミッテだっけ? あんな化け物がいるなら、アルネリアはさっさと出せって言いたいぜ。何者だぁ?」
「事情があったのか、隠し玉なのか。どうでしょうね?」
「・・・均衡が崩れる」
ハムネットの見立て通り、徐々に二人の距離が接近する。そしてファルグリナの手の届く範囲にハミッテが近づくと、ファルグリナの手刀をかいくぐり、ハミッテの攻撃が煌めいた。
四肢の腱を同時に切り落とした攻撃に、ファルグリナが脱力したように跪く。そして顔をハミッテに上げると、そこに戦輪が八方から飛んできてファルグリナを八つ裂きにした。容赦なく首を落としてもいまだ笑い続ける女道化師を見下すように冷たい視線を送ると、ハミッテは武器をしまったのである。
続く
次回投稿は、1/4(土)17:00です。正月はお休みをいただきます。読者の皆様、良いお年を。