戦争と平和、その455~道化師の遊戯⑧~
「避けろぉ!」
「ひょひょひょ!」
「!?」
糸を使ってのバフルールの一斉射撃。シェキナの持っていた矢を、爆発したように一斉に打ち出した。もちろんバフルールが弓矢の扱いに優れているわけでもないし、このような射ち方をしたことがあるわけでもない。その狙いは不正確で滅多射ちである。
この場にいる者なら問題はないはずだった。だから放った矢がバフルールの残した糸にひっかかり、バフルールですら予想外の軌道を描いたことが、ウルティナに予想できようはずもなかったのだ。
「・・・・・・え?」
「おい、ウルティナ?」
ウルティナの胸に矢が突き刺さっていた。ウルティナとて、今まで何度も攻撃を受けたことがある。訓練で、実戦で、何度も斬りつけられ殴られ、乙女の柔肌として恥ずかしく思うほど、傷痕がそこかしこ残っている。
もちろん矢だって何度も受けた。だからいつものように引き抜こうとして、ウルティナは力が入らないことに気付いた。そして意図したわけでなく、膝から力が抜けて崩れ落ちたのだ。
「あれ――これって、まずいかしら?」
「ウルティナ? おい、下手な冗談はやめや」
「ひょひょひょ。致命傷ですねぇ、それ」
手を叩いて喜ぶバフルール。間髪入れずライフリングが懐から出した瓶の蓋を開け、ヴォドンが魔術を使用しようとした。だがそれを見たバフルールはさっさと屋根の向こうに消えた。
「(こんな体じゃあさすがに存分に戦えませんよぉ~体が馴染むまでさようならぁ~)」
「どうなっている?」
「気功の扱いだろうが、超人の領域すら超えているな。多分、躰に溜めていた気功を全て使って生きている。血止め、気功で練った糸を使ってシェキナと体をくっつけ、心臓を強制的に動かしたのだろう」
ヒドゥンの見た先には、枯れ果てたバフルールの元の体があった。体に脂肪としてため込んでいた気功を、全て頭部に集中して逃げた。そんな人間がいるなど聞いたことがなかったが、実際にやってのけたのだから仕方ない。
だが仕方ないですまない人間がいた、ブランディオである。エネーマがウルティナの容態を見るために傍に寄ろうとして、ぴたりと足を止めた。近寄るのが不可能なほどの凄まじい殺気が、結界の様にウルティナとブランディオの周りに張られていた。
既に傷口は氷の魔術で止めてある。そしてウルティナの動きが非常に緩慢になっていた。その様子にエネーマが違和感を持った。
「(時間停滞の魔術? この男、時間操作の魔術を使うの?)」
エネーマが驚いたのはこれだけではない。なんとブランディオはエネーマが見ている目の前でその姿が消えたのだ。短距離転移だったが、発動までの予備動作も魔術収束もまるでない。呼吸するように自然に、ブランディオの姿は消えていた。
「何が――」
エネーマが驚く間に、ブランディオの姿は逃げ出すバフルールの正面にあった。突然の出現に驚いたバフルールが急停止する。
「うわぁお!」
「どこ行くねん、ワレ」
ブランディオが突然錫杖をバフルールの頭上に振り下ろした。バフルールの白羽取りは失敗し、その脳天を割ったかと思われたが、またしても糸に邪魔されていた。ブランディオの一撃の重みにバフルールの脚が地面に沈むが、それでも糸は切れなかった。
「いかに威力があろうとも、力づくでは絶対に切れませんよぉ~気功とはそういうものですから!」
「さよか。そしたら、その気功なんちゃらを使ったらええんやな?」
「はいぃ?」
バフルールが驚く暇もなく、ブランディオの錫杖が糸を切断し、バフルールを真っ二つにしていた。バフルールは久しぶりに、自分が驚かされる側に回ったのだ。
「あなたも、気功使いぃぃぃ?」
「あほ抜かせ、今覚えたわ。あんさんの使い方みてたら、そんくらいできるわ」
「ええぇ~凄すぎぃ・・・」
バフルールが崩れ落ちたが、ブランディオは容赦も油断もしない。ぱちんと指先を鳴らすと、巨大な円柱が落ちたかのように空気の塊がバフルールを肉塊に変えた。そして今度は地面を球体に抉って収束させると、その肉玉を召喚した得体のしれない化け物たちの中に放り込んだ。
バフルールであった肉玉に群がる化け物たち。そして欠片すら残さずたいらげると化け物たちは霧散して消えた。同時に、ブランディオの姿も再び消えたのだった。
続く
次回投稿は、12/27(金)17:00です。