戦争と平和、その454~道化師の遊戯⑦~
あっさりとバフルールを仕留めたヒドゥンを見て、ゼムスの仲間たちも目を見張った。
「やるねぇ、吸血魔術かな? だけどあんな精緻なのは見たことがないよ」
「楽に片付いて幸いだわ。下手をすると、私の薬でここいら一帯ごと腐り果てさせる必要があると思ってたから」
「ライフリングなら顔色一つ変えずにやり切るからね。さすがにそんなことをしたら、アルネリア教会が黙っちゃあいないわよ」
「ふん、アルネリア教会なんて怖くないわ」
「またすぐそういうことを言う~ライフリング喧嘩っ早すぎぃ」
「キレたら見境のないアンタよりましよ、ヴォドゥン」
「ライフリングはいつも見境ないじゃん」
その言い合いの最中、互いの視線が交錯すると殺気立った。その様子を見たヒドゥンが呆れる。
「とんでもない人間どもだ。もう少し仲良くできないのか」
「ヒドゥンに諭されるのはどうかと思うけど、その通りだわ。まだもう一人ファルグリナが残っているし、それにその師匠であるハンスヴルもいるのよ。まだ気を抜かないで頂戴。三人きっちり殺しきるまで、今日は休みなしよ!」
「ええ~酷いぃ」
「ふん、承知の上よ。一休みなんてしようものなら、どこにふらふらと行ってしまうかわからないですからね。明け方までにファルグリナは狩りましょう」
さっさとその場を去ろうとするエネーマたち。丁度その時、深緑宮の責任者であるブランディオが姿を現したのである。
「ウルティナ、どんなことになっとる?」
「あ、ブランディオ。今まで何を!?」
「ちょいと野暮用や、言わすなや」
「サボってただけなんじゃないの?」
「あほ抜かせ、大きい方や」
「は? 馬鹿なんじゃないの!?」
「だから言わすなって言ったやん!」
わあわあと騒ぐ巡礼の上位二人。その二人を見て、エネーマが珍しく困惑した表情をしていた。その表情の変化にヒドゥンが気付いた。
「羨ましいのか――いや、寂しいんだな?」
「なっ、余計なお世話だわ」
「確か元アルネリアの巡礼だと言ったな。お前は残酷な女だが、アルネリアに一度でも仕えるだけの理由があったはずだ。あの場所にいたかったんじゃないのか?」
「――ヒドゥンの分際で、うるさいわ」
エネーマはヒドゥンの腹に肘を入れたが、その一撃がいつもほどには強くないことにヒドゥンは気付いていた。
だがエネーマはまだ視線で二人を追っている。
「――あの娘、思い出したわ。私がかつて助け、少々指導した子だわ。そうなの、アルネリアの防御を任されるくらいに出世したのね」
「嬉しいか」
「自分でも意外なことにね。敵を殲滅し、いたぶることに喜びを覚えるのは今でもそうだけど、他人を導き指導することも嬉しいというのは新しい発見だわ」
「お前、意外と指導者や教師が向いているんじゃないのか?」
ヒドゥンの言葉をエネーマは否定しなかった。
「・・・かもしれないわね。いつか今ほど戦えなくなったら、どこかの片田舎でそうするのも悪くはないかも。嫌だわ、年寄りくさい発言になっちゃった。下僕が変なことを言うから」
「私のせいにするな。だが純粋な人間でお前よりも強いものなど、この大陸に10人いるかどうかだろう。圧倒的な力でもって人より優越感に浸ることに飽きた可能性はあるな」
「飽きた、か――じゃあ次はどうすればいいのかしらね」
「それこそ私に聞くな。まだ最初の復讐すら終えられないどころか、こんな滑稽な現状に身をやつしているというのに」
「ふっ、それもそうね――下僕、仕事が終わったら酒に付き合いなさい。責め苦は勘弁してあげるわ」
「上物以外はお断りするぞ?」
「アルネリアなら、合言葉を出せばよい酒を出してくる酒屋があるわ。そこに私の秘蔵の酒が――」
エネーマはふと視線をバフルールの死体に移して、その様子が先ほどと違うことに気付いた。先ほどヒドゥンが首を切断したはずだが、頭はどこに行ったのか。そもそも、殺してから随分と経ったはずなのに、まだ傷口から血が止まらないのはどういうことなのか。
道化師の腕が取れたのは見たことがあるが、そういえば頭が取れたのはまだ誰も見たことがない――
「シェキナァァァ!」
「!?」
エネーマが叫び声を突然上げ、驚いたようにライフリングとヴォドゥンが反応した。
こういう時に一番反応が速いのがシェキナ。彼女が最初に獲物を発見し、そして死ぬのを見届けて解体する。不死身に見えるような化け物を今までも何度も仕留めてきたが、異常があればシェキナの報告が一番正確だ。だから、戦闘が終了すればいつもシェキナが合流してくる。
シェキナから何も警告がなければ、彼女の仲間は仕留めたものと思いこんでいた。だが、シェキナがそもそも死んでいたなら? 現に、死角から狙っているはずのシェキナの首は、胴体の上に乗っていなかった。代わりに、おぞましい道化師の首が彼女の胴体に乗っていた。
続く
次回投稿は、12/25(水)17:00です。