戦争と平和、その453~道化師の遊戯⑥~
【血と快楽と絶望の盟約に従い、いでよ従僕!】
《召喚、半吸血種王》
エネーマが告げた名前は、黒の魔術士ヒドゥンだった。ターラムでたまたま見つけ、拾った相手。エネーマの暇つぶしにいたぶるだけの間柄だったが、よき活用方法を見つけたのだ。エネーマがどれほど嬲っても死なず、衰えず、反抗的な者。エネーマはぞくぞくするような快感と共に、ヒドゥンの拷問に没頭した。そしてついに心を瞬間的に屈服させ、召喚契約を結ぶにいたったのである。もちろんヒドゥンの意志など、あってなきがごとき契約だった。
エネーマの召喚した相手を見て、それぞれが感嘆したような声を出した。
「ヒュウ、エネーマやるねぇ。それって、例の下僕君でしょう? 召喚契約を交わすほどに屈服させたのか」
「なんだ、使い捨てにしていないのぅ? もしかして、お熱ぅ?」
「馬鹿言ってんじゃないわよ。私の持ち駒の中で、意志があって特別強力な一体ってだけよ。それに、バフルールを倒すならこいつが一番だわ。
さぁ、戦いなさいヒドゥン。あの道化師を潰すのよ」
その言葉にヒドゥンがため息をつき、動き出した。
「命令とあらばやるがな・・・貴様に一晩中つき合わされた挙句、仮眠の最中に難敵と戦わされる私の精神状態を配慮してほしいものだ」
「なぁに、労働環境の改善を要求しているわけ?」
「当然だ、黒の魔術士よりもよほど酷い」
「頑張ったら考えてあげるわよ」
「契約書を用意しておいてくれ。貴様の口先は当てにならん」
「まぁ、細かい男ですこと」
ヒドゥンの物言いに、ヴォドゥンとライフリングはぷっと噴き出した。召喚契約を結ばされた完全なる下僕なのに、口の利き方だけは対等。エネーマの責め苦の激しさを知っている二人だけに、これだけの口がきけるヒドゥンの精神力に感嘆し、思わず吹き出したのだ。
精神的にはエネーマよりもヒドゥンの方が大物かもしれず、またエネーマに対等に口をきいた男を初めて見たのである。当然それはバフルールも同じだった。
「ほほほっ? あなた、変わった存在ですねぇ? 半吸血種、しかし下手をすれば真祖よりも強い――もしかして、あの王様の直下の眷属ですか?」
「貴様にはどうでもいいことだ。さて、私が呼び出されたということは、接近戦でエネーマよりも貴様に分があるということだな? どれほどのものか見せてもらおう」
ヒドゥンが構えると、バフルールも応じた。互いの力量は一瞬で察知、ヒドゥンが一気に前に出て上段蹴りを放ち、バフルールがそれを受ける。その威力を受け損ねたバフルールがふざけたように過剰にその場でくるくると回り、同じように上段蹴りを放つ。
ヒドゥンは苦も無く避けるが、そのまま互いに接近戦を凄まじい速度で展開。ヒドゥンは細身、バフルールは肥満体型だが速度は互角。むしろ膂力ではヒドゥンに分があり、身のこなしではバフルールの方が勝っていた。
その様子に再度感嘆の口笛を吹くヴォドゥン。
「やるぅ~。バフルールってバスケスの次に格闘戦が得意だったよね? それと互角か、押してるよ?」
「そうね。神経質そうな見た目からは想像もつかないけど、ヒドゥンの本領は格闘戦よ。線の細さの割に力は強いし、持久力はそれこそ無尽蔵。先手を打って拘束できたから現在の力関係だけど、正面から互いに全力でぶつかっていたらわからなかったわ。
それに、もっと素晴らしい特性があるわ」
エネーマも称賛するヒドゥンの特性。バフルールは接近戦で不利と見ると、一度距離を取った。当然追撃すべくヒドゥンが追うが、バフルールとの間に飛来する周囲の物体。それらがヒドゥンの前進を妨害した。
「なるほど、操糸術――に加えて、重力操作の魔術も併用しているのか」
バフルールは気功を伝えた糸を使い、周囲の物体を意のままに操ることができる。人を操ればまるでゾンビの様に数十体を意のままに操ることができ、重力操作の魔術と併用することでありえない軌道で浮かせたり、投げたりすることができる。
口で言うのは簡単だが、糸の素材、熟練の技と魔術制御があってこその芸当であり、バフルール以外にこの戦い方をできる者はいない。また体を魔力か気功で覆うことでバフルールの操糸術を防ぐことはできるが、一度操られれば抵抗する術はない。
周囲の物体を操り、なおかつ気功も通して硬度を上げる。ただの花瓶すら魔物を一撃で粉砕する鈍器へと変貌させ、それらを十数個同時に操るバフルール。その戦い方を見て、ヒドゥンは納得したように頷いた。
「なるほど、確かにこれの相手に私は最適だな。相手が私でなければ、たいていの者には勝てるだろう」
「ほほほっ? 強がりはおよしなさい。周囲に何もない状態でもなければ、私は不覚をとったことはありません。このように操る物体に溢れた市街地は最も得意な戦場。あなたに勝ち目はありませんよ?」
「どうかな? そもそも私の前でその術は使うことができまいよ」
ヒドゥンの言葉と共に、バフルールが操る物体が地面に全て落ちた。バフルールから余裕の笑いが消え、その表情が一瞬引きつる。
「これは・・・何を?」
「私は何もなくとも身一つで戦える戦法でね。ドラグレオのように、とかく力技で向かってくる相手は苦手だが、技巧派であれば大得意だ。
技の応酬において、私より汎用性が高い戦い方にはまだ出会ったことがない」
バフルールが再度周囲の物体をひっかき集めて操るが、それをヒドゥンに向けようとしてまたしても全て力なく地面に落ちたのだ。
バフルールが奇声を上げながらヒドゥンに迫る。だがヒドゥンは冷静にバフルールの攻撃を捌き、反撃をした。その反撃を、余裕を持って避けるバフルール。
「はぁずれ!」
「そうでもない」
避けたはずのヒドゥンの腕が伸び、さらに刃のように鋭さを持った。バフルールは目の前で起きたその変化に目を見開き、そのままの表情で首と胴体が分かれたのである。
続く
次回投稿は、12/23(月)17:00です。