戦争と平和、その451~道化師の遊戯④~
「(もう一人の男道化師はどこに行ったのか、お願いだから出てこないでほしいけど。さすがに深緑宮に誰もいないなんてことはないでしょう。このまま深緑宮までたどり着ければ――)」
頭の中で最短経路を割り出しながら、マスカレイドは若い騎士二人と共に駆けた。女道化師の猛攻に三人は精神的にも肉体的にもぼろぼろに消耗しながら、走ることを止めなかったのだ。そして深緑宮の正門が見えた時、マリオンが光魔術で合図をした。
「開門、開門!」
緊急時にはグローリアの卒業生なら誰でも使える初歩の光魔術で合図を行うのが、神殿騎士団の通例である。だが深緑宮からは応答がなく、なのに門が開いていた。
「開いたわ! 駆けこまないと!」
「待て、マリオン。おかしいぞ?」
「わかっているさ。ご婦人、お待ちください! 応答がないのに正門が開くのはおかしい!」
「これ以上おかしい状況があってたまるものですか!」
だが門が開いた時に出てきた人物を見て、マスカレイドはさすがに動きを止めていた。門から出てきたのは、男道化師だったからだ。さきほど相手にした騎士は既に全滅したのか、彼の乗る乗り物が一回り大きくなっていた。自分がころした死体をより集めて意図で操り、あたかも生き物のように操る技術。
その光景を見た時、三人の表情はいかほど絶望の色に染められていたのか。後ろにいた女道化師が拍手をしながら、初めてまともにしゃべったのだ。
「その顔が見たかったのぉ。ねぇ、どんな気持ち? 一生懸命頑張って、頑張って、頑張って―――それでもだめだった時の気持ちは!?」
「見ての通り絶望ですねぇ。綺麗なその表情のままで仕留めて差し上げましょう。小生、これだから弱者をいたぶるのは止められない」
「ねぇ、私が追い詰めたんだよ?」
「でも首を落とすなら小生の方が上手でしょう?」
「それもそっかぁ」
男道化師が初めてまともに言葉を発していたが、会話の内容はとてもまともとは言い難かった。男の道化師が三人の首を落とすために振りかぶると、煌めく光に掴まれてその手がぐしゃりと潰れていた。
男道化師はそれに動ずるでもなく、潰れた右手を躊躇なく切断すると、その場に乗り物を置いて飛びのいた。直後、直後に右手同様乗り物も圧縮され、血の塊へと代えられたのだ。
潰れた右手をさも面白そうに眺める男道化師と、手を叩いて面白そうにはしゃぐ女道化師。
「小生、小生の右手が~~~!」
「きゃははは、だっせー!」
「生えてきましたー! じゃじゃーん!」
「あら不思議―!」
切断された傷口から、新たな右手が生えてきていた。その事実に、どこから取り出したか、紙吹雪を舞わせて喜ぶ道化師たち。その哄笑をかき消すように、血の塊となった乗り物に火がつくと、深緑宮内から一人のシスターと口無しが現れた。二人は登場するとミルトレ、マリオンに声をかけた。
「ご苦労様でした。中にロクサーヌとベリアーチェがいますから、そこまで下がってください。その状態では戦えないでしょう」
「仲間は火葬にするしかありませんでした。戦いの中の処置ゆえ、正式な弔いは後とさせてください」
「貴女方は?」
ミルトレとマリオンは口無しや巡礼のことはまだ知らない。女性二人は顔を見合わせると、説明に困った顔をした。
「我々のことはおいおい――まずは治療を。中にはそれなりにまだ人員もおりますので。そちらのご婦人の治療が必要でしょう? 我々の力は前に出て敵を撃破することに優れておりますゆえ、ここはお任せを」
「――わかりました。それではお言葉に甘えさせていただきます。行くぞ、マリオン」
「ああ。ご婦人、こちらに」
「え、ええ」
マスカレイドはミルトレとマリオンに寄り添われるように深緑宮の中に入っていった。まさかこんな形で深緑宮の中に入るとは思わなかったが、これはある意味では好機と考えていた。
それにしてもこの状況においても何も言わないどころか、動じもしないとは――マスカレイドは、ハミッテがこちらのことを見向きもしないことを訝しく思いながらその場を後にしていた。
そしてウルティナとハミッテが同時に道化師を睨み据えた。
「さて、新たに巡礼に据えられたハミッテさん。この戦いはあなたの試験も兼ねています。頑張って敵を倒してくださいね?」
「かなりの難問だわ。どちらか一人でいいのかしら?」
「ええ。選択権を上げましょう」
「では女の方を。あちらの方がやりやすそうです」
「では私は男の方を」
ゆらりとした動きで二人が二手に分かれる。その動きを見て、道化師たちも二手に分かれた。その表情は、先ほどよりも引き締まるよりも、より微笑んでいたのだ。
「わくわく、どきどき」
「逃げちゃだめですよ、逃げちゃだめですよ、逃げちゃだめですよ!」
「話は通じそうにないわね。カラミティよりも厄介そうだわ」
「疾く潰しましょう」
ハミッテが地面を蹴ると、女道化師は同時に後ろ走りを始めた。ハミッテと同じ速度で後ろに走る女道化師。ハミッテは驚きながらも、戦輪を懐から二つ取り出していた。
ウルティナはハミッテが離れたのを見ると、光る腕を呼び出し始めた。無数に煌めく腕を見て、男道化師が目を輝かせる。
続く
次回投稿は、12/19(木)18:00です。




