戦争と平和、その450~道化師の遊戯③~
「・・・なんて発想の斜め上を行く生物。二度と帰ってこなくていいわ。立てるかしら、若い騎士様」
「ぐ、うう・・・何とか。情けない姿をお見せした」
「いえいえ、おかげで攻撃する隙ができたのよ。互いに命があることを喜びましょう。さっきの男前の騎士様も大丈夫かしら?」
マスカレイドがマリオンの方を見ると、なんとか民家から出て来るところだった。住民に謝罪をする余裕があるとことを見ると、こちらも大丈夫だろう。
マスカレイドはほっとすると同時に、やはり深緑宮に行くべきだと思い直していた。
「騎士様、悪いのだけど私はやはり深緑宮に向かいます」
「なぜ? 行っても無駄な理由は先ほど述べたと思いますが」
「先程主要な騎士様は出払っていると申されましたわね? だけどあの怪物二体を押さえられる騎士が、アルネリア都市内の巡回に回されているとお思いで? 申し訳ありませんが、騎士様二人も軽くあしらわれたのです。それよりはいかに留守とはいえ、本当にもぬけの殻ではないのでしょう? 留守を預かる少数の神殿騎士の方がマシだという考えに及ぶのですが、いかがかしら?」
「それは――」
ミルトレが口ごもる中、マスカレイドが空を見て俄に表情が曇っていた。そして同時に全力で駆け出したのだ。
「ご婦人、どこに!?」
「空を見なさい! それどころじゃあないわ!」
「ひゃっは~!」
空から聞こえる声は、女道化師のものだった。先ほどの風の刃を乗りこなし、そのまま制御して帰ってきたのだ。マスカレイドは信じられないという顔をしながらも、常識が通用しない化け物を相手に戦っていることをようやく理解した。
ミルトレとマリオンも、空を見るなり駆けだしていた。
「あんな化け物、相手にできて!?」
「無理ですね!」
「なんなんだ、あれは!?」
「こちらが聞きたいわよ!」
三人は一斉に駆けだす中、大通りを曲がるとそのまま風の刃が背後をかすめて行った。同時に女道化師が建物の屋根に着地し、三人の様子を窺う。
「鬼ごっこ? 今度は鬼ごっこかしら!? でも私は速いよーーーい、どん!」
女道化師が飛び出す肉食獣よろしく、丸まった姿勢から全力で跳躍した。しかし勢いが良すぎて着地ができず、そのまま転がって反対側の住居を突き抜けて行った。
住居からは悲鳴が聞こえたが、三人とももはや脚を止めなかった。すぐに追いついてくるだろうし、少なくとも今の自分たちでは止めようもない化け物である。早く報告をして集団で当たらなくては、それこそ被害が止まらないことを悟ったのだ。
グローリア卒業後、神殿騎士団着任早々、アルネリアの記念祭と統一武術大会、平和会議と大きな祭りを兼ねた任務に意気揚々と参加していたミルトレとマリオンだったが、自分たちがどのような世界に足を踏み入れたのかをようやく自覚していた。
「マリオン! 任務が終わったら酒に付き合え! 盛大に愚痴を言いたい気分だ!」
「珍しいね! でも同感だ!」
「騎士様、油断しない!」
マスカレイドが叫んだ瞬間、転がした樽に乗った女道化師が民家を突き破って出てきた。走った方が早いに決まっているのだが、もう常識はこの女道化師には通用しない。
さらには頭の上に持った樽を足元に重ねて、二つの樽を転がしながらその上を走るのだが、得意気に笑うこの道化師は放っておいて三人はさらに速度を上げた。
「なんであんなことをするんだ?」
「騎士様、大道芸を見たことはおあり? 道化師の行動に意味なんて求めても無駄よ!」
「我々は無理矢理芸につき合わされるということか!」
「そう、しかも悪趣味でちっとも笑えない芸にね!」
ついにバランスを崩した女道化師が盛大にこけたが、樽が民家に転げて当たると盛大に爆発した。轟音と爆風に思わず身をかがめる三人だが、もう一つの樽がこちらに転がってくるではないか。
ミルトレがいち早く反応すると、その樽をつかんで近くの用水路に放り投げようとする。
だが掴んだ樽からにゅうっと腕が伸び、ミルトレの腕を急に掴んだのだ。それは先ほどこけていたはずの女道化師が、樽の中に入っていたのだ。
「うおぉ!」
「ミルトレ!」
マリオンがその腕を剣で叩き落とすと、ミルトレが樽をぶん投げた。用水路の落ちたそれは盛大に爆発したが、宙に飛び出した女道化師は用水路の反対側に着地すると、ポーズをとっていた。もちろん腕など切れていないし、怪我一つなかった。
「じゃじゃーん!」
「~~~!」
「相手にしない! 急ぐわよ!」
それからも道化師の襲撃は続いたが、道化師はどうやら三人で遊んでいるだけで、本気で殺すつもりはないように思えた。能力も目的も不明だが、それすらも考える余裕は彼らにはなかった。
だがマスカレイドだけはいつの時も考えることはやめない。考えるのを止めた時に、本当に命運尽きることを知っているからだ。
続く
次回投稿は、12/17(火)18:00です。