戦争と平和、その447~太古からの覚醒⑦~
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「ああ、もう。面倒くさい!」
闇夜のアルネリアをマスカレイドが足早に歩いていた。アミルとしての仕事が多く、全ての仕事が終わったのがつい先ほど。既にシーカーの集落は眠りについたであろう時刻。
フェンナは大陸平和会議で非常に精力的に働いている。弓技部門以降シーカーに対する風当たりも少し緩らいだものの、いまだに直接対面すると相手が露骨に嫌がっていたり、緊張していることがよくわかる。歓迎して会ってくれる諸侯など、まずいない。
そんな中でフェンナは晩餐会や昼食などの時間を通じ、アルフィリースやアルネリアの協力を得ながら、少しずつ知己を増やしていった。そして今では昼の立食時に談笑の輪に入れるほど、諸侯たちとの距離を詰めていったのである。
フェンナの内向的な元来の性格を考えると、信じられないほどの成長だった。補佐をしているマスカレイドも驚くほどに、フェンナは人間世界について学んでいる。社交辞令、礼儀作法、雑学に至るまで、アルフィリースなどの指導を受ける場面も今までちょっとずつあったのだが、それにしてもここまでの知識を身に着けているとは驚きだった。宝石に目がないのだけは、相変わらずだが、さすがに種族の代表を務めるフェンナから金を巻き上げようとする者がいないのが幸いだった。
マスカレイドが人間世界に潜入してから数十年が経つが、その間に学んだことよりもこの一年のフェンナの方が余程凄まじいほど、様々な物事を修得していると言っても過言ではない。これにはマスカレイドもただ感心するだけである。
「(それだけではない。戦士として、魔術士としての鍛錬も怠っていない。元来素晴らしい素材であることは間違いないだろうけど、もはや弓の腕前もシャーギン殿下に劣らぬことを証明した。いずれフェンナがシーカーの長についたとしてもおかしくないほどに、素晴らしい人物に成長しようとしている。
そう、スコナーの指導者がフェンナであったらと思うほどに)」
スコナーは王制ではなく合議制により指導者を選出するが、自分の長たちよりもよほど優れたフェンナを見ていると、王制も悪くないとは思う。本当にフェンナが王女であれば。そんなことすらたまに考えてしまうマスカレイドがいた。
「(今ある種族を押しのけて地位を確保するのではなく、認めるべきところは認め、現在構築されたシステムの中での適性を探す。そしてあわよくば、自分たちがそのシステムそのものを操作していく側に回るための人材育成と、意識の植え付け。そして森の民としての民族の根幹を失わないこと。
我々の指導者の中に、そこまで考えて動ける者がいただろうか。今ここまで人間が大陸に広まった世界において、人間の排除など土台無理なのだ。我々は人間の中で勝たねばならぬ。そのためには隠れ住むのではなく、堂々と我々の強みで勝負をすべきなのだ。
そう考えれば黒の魔術士のやり方は、とても先を見据えているとは思えない。そもそも魔王を人間世界に放つ一方で、人間そのものを排除したり支配しようとしているとは考えられないのがそもそもおかしい。もっと効率的な魔王の放ち方はあったはずなのに。現在南進しているオークの群れだって、本来黒の魔術士が集めたのだ。それに多少の魔王をつけて放っただけでこの大混乱。それぞれの指揮官にライフレスやドラグレオ、ブラディマリアなどをつけていれば、それだけで東側の諸国は次々に潰れただろう。
魔王を放つ一方で、人間たちを必要以上に殺すまいとする。その矛盾をなぜ誰も指摘しなかったのか。どうして自分もそのことを考えなかったのか。ただハイエルフであるオーランゼブルに従い、ヒドゥンの依頼を聞くことこそがたった一つの冴えたやり方のように感じていたとは。思考停止もよいところだ)」
一族の命運を完全に他者に託していた恐ろしさに身震いしながら、マスカレイドは徐々に自分で考えるようになっていた。そして決意したのである。黒の魔術士と完全に手を切るほどではないが、少なくとも黒の魔術士とは袂を分かったカラミティは処分することを。
あわよくば、それを手土産にオーランゼブルと接触できないかと考えている。そしてオーランゼブルの考えを確かめる必要があるのだ。その結果でどうするかを決定したいと考えていた。それまでは自分のできる範囲で、スコナーの復権のためにやれることをやる。一度里とも連絡を取る必要があると考えていた。長老たちに会い、再度考えを確認する必要があると考えたのだ。オーランゼブルがいかほどスコナーのことを考えているかに寄らず、自分たちでできることを模索すべきだと強く考えるようになっていた。必要とあらば、この会議の後に一度暇を乞い、スコナーの里に帰る必要があると考えていた。
だからマスカレイドは疲れた体に鞭打って深緑宮に向かう。ブランディオにカラミティの正体を告げるために。
「(まさかフェンナ様の補佐をしていて見つけるとはね・・・あの女が間違いなくカラミティ。ローマンズランド王スウェンドルの愛妾、オルロワージュ! 私の家を訪ねたあの女にちがいないわ。
もっとも一番考えやすいことではあるかもしれないけど、まだアルネリアとて確証はないはず。証拠はなくても、これで動きやすくはなるでしょう。
それに気付いたことはもう一つあるわ。まさかヒドゥンと諸国を回って工作をしている時に会った『あいつ』が、こんなところにいるなんて! あれが黒の魔術士だの関係者だと、誰か気付いているのかしら・・・?)」
マスカレイドは非常に嫌なことを想像していた。オーランゼブルが黒の魔術士を利用してやりたかった計画の全貌を、おぼろげながらでも掴んだような気がしたからだ。オーランゼブルが描いた絵がどのような結末をもたらすのかを考えると、今まで相当な裏切りと悪逆に身をやつしてきたマスカレイドでさえ、寒気が止まらない。
「(もし私の想像通りのことが行われるのだとしたら、スコナーの復権を黒の魔術士に託して上手くいくはずなどない。アルネリアに正義があるかどうかはわからないけど、今より悪くなるはずがないわ。ブランディオに伝えなくては)」
マスカレイドが考え事をしていたせいではないだろうが、普段よりも警戒が甘かったことは否めない。そうでなくとも、ティタニアの一件でアルネリア内は戒厳令に近い状態となっていたのだ。
そんな都市内の闇をぬうように歩くマスカレイドが、巡回の目に留まるのは当然と言えば当然だった。
「止まれ! そこの者、どこに行く!?」
「! 怪しい者ではございませぬ。平和会議に参加しているシーカー代表のフェンナ殿の補佐を務めるアミルでございます」
「シーカーだと? このような夜更けに何用か? 深夜のアルネリアは外出禁止との通達を聞いておらぬのか?」
「? いえ、聞いておりませぬが」
通達が行き違った可能性もあるが、本当にマスカレイドは知らなかった。仕事ばかりでティタニアの一件も耳に入っていないし、事実先ほどまで本当に仕事をしていたのだ。
きょとんとするマスカレイドに、巡回の騎士たちはため息をつきながら身分提示を求めた。
「確かに今夜発令されたものではあるがな。いかに夜半とはいえ、人っ子一人いないとは思わなかったか?」
「――言われてみればそうですね。何かあったのですか?」
「それは貴殿には関係のないことだ。身分証は本物のようだが、状況が状況でな。詰め所までは同行いただこう」
マスカレイドを囲むように動いた騎士たちに、マスカレイドは警戒心を上げた。騎士は完全装備の神殿騎士団である。これは想定以上の一大事があったと、マスカレイドは察した。同時に問答無用に拘束する雰囲気を感じ取り、これはまずいと身構えたのである。
「あの、深緑宮に火急の用事があるのですが」
「だめだ、話は周辺騎士団の詰め所で聞く。朝には解放するから、面倒はかけないでくれ。必要な物も揃えるし、休息も取れるように配慮しよう」
「いえ、ですからそうではなく――」
マスカレイドが腕を掴まれようとして、振り払った瞬間である。わざと体勢を崩して転倒してみせ、隙を見て脱出するつもりだった。重装備の神殿騎士なら、振り切れると思ったのだ。
だがマスカレイドが転倒して見せ様子を窺うために顔を上げると、そこに血が降り注いだ。マスカレイドの腕を掴もうとした騎士の頭部が、半分ひしゃげてなくなったところだったからだ。
続く
次回投稿は、12/11(水)18:00です。