戦争と平和、その446~太古からの覚醒⑥~
「勇者ゼムスの一党が、どこかしら歪んだ者の集まりであることはギルドとて認識していること。我々とて自覚があるけど、その上で上手くやってきた。功績を立てる代わりに、少々の『おいた』を見逃してもらう。少なくとも追手を掛けられない程度に上手くやってきたわ。
でもその中でも、道化師はまるで別。『あれ』が人間の社会に出て害をなさないことを考え、我々は辺境中心に活動していると言っても過言ではないのよ。
道化師を世に解き放ってはならない。ゼムスがいればゼムスを相手に遊ぶのだけど、ゼムスが別の依頼で不在にしたこの瞬間に、道化師が動き出した」
「でもよ、道化師が仲間になったのは昨日今日のことじゃないんだろ? なんで押さえられなかったんだよ」
「戦士アナーセス、魔術師ダート、商人ヤトリが死に、軍団、素浪人、格闘家、賢者がこの大会に招集された。策略家はローマンズランドにかかりきり、残る仲間は重騎士ガイストと我々くらいよ。
ゼムスが別行動をするときは、可能な限り我々は道化師と共にいたわ。なのに今回は仲間が少なすぎる。我々にとっても、初めての経験よ。泣き言を言うつもりはありませんけどね、物理的に不可能なものは不可能だわ」
「時に道化師は理性があるかのように行動するのが厄介だからな。行動が読めなくてもしょうがないさ」
「元々が人間の中でも一、二を争うほど優秀な傭兵なのよ。それはそうだわ」
ライフリングとシェキナが援護したが、リアシェッドが首を傾げた。
「それほどまでに有能な傭兵が、どうしてそんなことになったのです? 私たちが言うのもなんですが、おかしくありませんか?」
「過酷過ぎる任務にぶっ壊れたのよ。辺境には今まで、グルーザルド、アレクサンドリア、ローマンズランド、オリュンパス教会がそれぞれ当たっていたわ。それらの作戦行動に支障が出た時だけ、ギルドに招集がかかって辺境での依頼が出る仕組みだった。その依頼が一度大量に出たことがあったわ。
当時まだゼムスは若く勇者認定も取っておらず、辺境討伐に携わるほどの実力ある傭兵は少なかった。その時に白羽の矢が立ったのが当時ギルドで最高評価を受けていた道化師。道化師は過酷な討伐に赴き、戦い続けた。そして――」
壊れた、とエネーマが告げた。辺境の魔物はどれも大陸中央部にいるものとは一線を画した強さを持つ。人間がかつて追い詰められたように、現在では辺境と総称される未開の土地が魔物にとっての最後の生息地。大草原も辺境の一つだが、いくつかの土地は大草原よりも遥かに強い魔物が生息する。魔物にとっての、絶対防衛線である。魔物も必死になる。
中にはまだ未確認の大魔王級の魔物もいるのではないか――そんな噂もまことしやかに囁かれるが、積極的に辺境に赴く者はいない。勇者認定を受けた傭兵が時に調査を行う程度で、放置されているのが現状だった。ギルドの目的は魔物の殲滅ではないのだ。辺境で大人しくしていてくれるなら、それでもいい――そのくらいの認識だった。
ディオーレが指揮するアレクサンドリアの軍隊すら押しとどめる辺境。そんな場所での過酷な任務が、道化師の精神を破壊したのだとエネーマは説明した。
その状況はスピアーズの姉妹たちも想像がつく。辺境での狩りは、自分たちも積極的には行わない。下手をすると狩る側と狩られる側が逆転するからだ。辺境の魔物の強さは尋常ではなく、不死身ということを差し引いても一体を仕留めることに時間がかかり過ぎ、また仕留めても調理して保存する余裕もない。
セローグレイスはそんな過酷な環境に人間の身で追いやられた者の心中を察して、思わず天を見上げた。
「なるほど。そいつは壊れてもおかしくないな」
「そういうこと。まぁ壊れる前の道化師を知るのはゼムスと私、シェバくらいだわ。道化師はイカレてはいたけど、見境はあった。それがもう――」
「ちょっといい?」
セローグレイスが急に立ち止まった。そして左右を見渡し、しばし地面を嗅ぎまわる。
「・・・? 変、臭いが二つ、に分かれた」
「――どっちに向かっているかしら?」
「一つ、は郊外。もう一つ、はアルネリアへ市内へ」
「どういうことだ?」
セローグレイスの言葉にエネーマたち四人が顔を顰める。
「どちらを追うべきだ?」
「決まっているじゃない、アルネリア市内に向かった方よ」
「市内で暴れられたら、さすがの私たちもお咎めは免れませんよぅ」
「決まりね」
エネーマ達が頷くのが理解できず、リアシェッドが肩を叩いた。
「どういうことですか?」
「我々はアルネリアの方に向かうわ。郊外の方はその後よ」
「なぜ二つに匂いが分かれた?」
「簡単よ、道化師が『三人』いるから。三人ともがS級の傭兵仲間、それがかつての最強傭兵集団『道化師』よ。どちらに二人いるかで難易度が大幅に変わるけど、四の五の言っていられないわ」
「臭い、で判別できない。おかしい」
「跡を追いかけさせられたに決まっている。足跡も痕跡もわざとだ。追いかけさせて、面白くしたいだけだ。本当に、イカレているからな!」
シェキナの舌打ちと共にエネーマたちが走り出したのを受けて、三姉妹もそれに続いた。なぜなら、もうアルネリアは目と鼻の先にあったからだ。
三姉妹もまだアルネリアとの契約は続いている。ここでアルネリアに万一のことがあれば、絶妙な均衡と協力関係が崩れてもおかしくない。
続く
次回投稿は、12/9(月)18:00です。