戦争と平和、その443~太古からの覚醒③~
「オルロワージュ、どうなっている?」
「は? それは一体どういう・・・」
「あの馬鹿みたいに強大な殺気と気配のことだ。俺は魔術士ではないが、さすがに何も感じないほど愚かではない。監視は貴様に任せていたはずだ、報告がないのはどうなっているのかと聞いている」
その言葉にオルロワージュがすうっと目を細め、気配を変えた。
「今回連れて来た個体が複数死んだわ。監視に関しては不備があることは認めましょう。現在偵察を放っているけど、まだ正体がつかめていない。でも、俄にアルネリア周辺が慌ただしくなっているのも事実だわ」
「アルネリアは当然気付いているか。だが、不手際だな。どう責任を取るつもりだ?」
「何を今さら! ウィラニア殿下の来訪にも監視を割いているのよ? そこまで多くの範囲を網羅できはしないわ!」
「言い訳をするな!」
スウェンドルの怒声にもオルロワージュは目を逸らさないが、スウェンドルも決まりが悪かったか、ふいと顔を逸らした。
「・・・それでも物理的に無理なものは無理だわ。ここには予想外の出来事が多すぎる。グローリアで分体が潰されていなければ、ゴーラに半分の虫を潰されていなければ、もう少しできることもあったのに」
「ち、まさに手足をもがれた状態か。では考え方を変えるぞ。俺たちには何ができる?」
「優先順位を決めるべきだわ。ウィラニア殿下の安全は確認できている。ウィラニア殿下はイェーガーに保護されているわ、当面は安全が保障されるでしょう。朝には迎えに行くのがよいでしょうけど、万一に備えて連れ帰る準備が必要ね。
会議にも問題なく参加できるでしょう。明日も会議があれば、だけど」
「万一が起こると?」
「わからないけど、それがありうるだけの不吉な気配だわ。今まで感じたどんな気配よりも――古竜や魔人よりも上である可能性があるわ。我々に対して敵意があるようなら、今すぐにでも離脱すべきよ」
「正真正銘の化け物というわけか、どうりで竜共が落ち着かぬはずだ。ここに来て物事がうまくいかないとはな」
スウェンドルが苦々しく言ったが、同時に彼は現実もしっかりと見据えていた。
「・・・起こってしまったものは仕方があるまい、俺たちに出来ることをすべきだな。ウィラニアは強引に取り返すべきだと思うか?」
「それはぎりぎりまでよした方がよいのでは? イェーガーには天空竜マイアという、真竜の中でも五指に入る実力者がいる。強引な手段に出て彼女が怒れば、いかに飛竜の軍団といえどひとたまりもないでしょうね」
「なるほど、では万一のために回収の部隊だけでも組んでおくべきだな。お前の手勢で気配の発生元を見張れるか?」
「それは可能よ、というかもうやっているわ」
オルロワージュの言葉にスウェンドルが頷く。
「これ以上の異変があればすぐに動く。そして、何もなかった時のことも考えて備えておく必要があるだろう。会議はアンネクローゼとヴォッフにやらせる。ウィラニアの回収は誰にやらせる?」
「ミラがよいでしょう。若いけど、新人の中では期待できるわ」
「誰だ、それは?」
「ミラ=ナイトルー=ハイランダー。出奔したナイトルーのミドルネームを継ぐ、ハイランダー家の息女よ。竜、魔術、武器をバランスよく使う、今季の新人の中では一番手の女騎士と聞いているわ」
「・・・ああ。いたな、出奔した有能な女騎士が。誰にもなびかぬ、狼のような女騎士だった。謁見の時に適当な程度をとった俺に対しても、殺気を飛ばすような女だった。それの妹か」
スウェンドルが満足気に話したので、逆にオルロワージュが不思議な顔をした。
「それは不敬罪に当たるのでは?」
「王に殺気を飛ばす女だぞ? 面白すぎて、そのまま捨て置いたわ。奴は権力には屈しはしない。縛り付けるほどに、叩けば叩くほどに反発するだろう。どのように育つのかと思っていたが、ローマンズランドは窮屈だったようだな。
妹の方は従順なのか?」
「任務には忠実だと聞いているわ。気性はどうかしら?」
「ならばよい。面構えだけみておくか、ここに呼べ」
「御意に」
オルロワージュが出て行ってしばらく経つと、まだ若さを残す女騎士が入ってきた。王直々の謁見であるのに緊張した様子もなく、堂々と天幕を闊歩すると王の眼前で臣下の礼をとった。
「ミラ=ナイトルー=ハイランダー、お召しにより参上いたしました」
「ふむ、度胸はよさそうだな。面を見せよ」
そうして顔を上げたミラの表情に怯えは見えない。暴虐の主として名の通ったスウェンドルは、王宮内でも顔色を窺う者が増えた者だが、このミラは中々どうして堂々としていた。
「若いな、何歳になった?」
「今年で17になります、陛下」
「まだ成人前か。貴様を呼んだ理由がわかるか?」
「いえ、全く。夜の用向きとしては甚だ不適当だということだけは自覚しておりますが」
ミラは明らかに不満気にむすりとしていた。怠惰かつ好色、暴虐として評判の王である。愛妾たちの姿がここ数日見えず、夜中に天幕に呼ばれればそう勘違いしても無理もないかもしれないが、さすがにスウェンドルは苦笑した。
なるほど、着飾ればそれなりになりそうだとは思うが、今はさすがにそんな気分ではない。
「卑下することはない。磨けば中々だとは思うがな」
「それは重畳。では訓練で傷だらけの体でよろしければ、裸踊りでもいたしますか?」
「そう不機嫌になるな。貴様は床で舞わせるよりは、剣舞の方が似合うだろう」
「は?」
話が少し見えず、思わず聞き返すミラ。スウェンドルは面白そうに若さを隠すこともできない女騎士の表情の移り変わりを観察していた。
続く
次回投稿は、12/3(火)18:00です。