戦争と平和、その441~太古からの覚醒①~
姿を消したナイツ・オブ・ナイツが襲い掛かる。だがバネッサはするりと入ってきた入り口から姿を消した。自然、襲い掛かる者達が一列にならぶ。そして最初の一人が部屋から出た瞬間に、床板を踏みぬいていた。
「うおっ!?」
体勢を崩したその瞬間、バネッサの旋棍が側頭部にめり込む。先頭の騎士は一撃で絶命し、その顎を蹴り飛ばして後続を部屋の中に押し戻す。そして部屋の中にバネッサが何かをぽいと投げ入れた。
「発破だ!」
だが投げ込まれた袋は爆発こそしたものの、中からは煙が出ただけだった。毒か、と全員が呼吸を止めたが、外からバネッサの不敵な声が聞こえた。
「(ふふふ・・・その消える外套に自信があるようだけど、そこにいるとわかってしまえばいくらでも対策はあるわ。ヒカリゴケを交えた仕掛け球を投げ入れると、どうなるかしら?)」
その言葉にはっとナイツ・オブ・ナイツの面々が体を見る。そして煙が蝋燭に達すると、灯りが次々と消えていった。するとナイツ・オブ・ナイツの体がきらきらと光りだしたのだ。
「(夜分に目立つわね、その恰好。さて、水浴びを一回したくらいじゃあ取れなくてよ?)」
「火」
バネッサのその言葉に感情を高ぶらせるでなく、隊長格の一人が自ら油を被ると、躊躇いなく剣の火花で火をつけた。そしてローブを燃やすと、きらきらと光るヒカリゴケは一部を除いて消えていた。
「ち、完璧ではないか」
「ローブの耐久性はある程度の火には耐えるが、この火力では不十分だな」
「やむをえん、全員このローブは放棄だ。各自数名で小隊を組み、この場所から離脱する。あの女に構うな、死体も捨て置け」
バネッサを倒すには手間がかかる。そして死体は情報源となるが、それよりも回収する手間を考え、ナイツ・オブ・ナイツたちは窓から一斉に散った。その手際に、バネッサは思わず口笛を鳴らした。
「腕前もそうだけど、切り替えが早い。苦戦するとみるや、即座に捨てますか。まぁさすがにあの隊長格5人が相手じゃあ、私でも分が悪いことは認めますけどね」
バネッサは誰もいなくなった部屋を見回して呟く。
「これは追い網漁、全滅させる必要はないのよ。小隊に別れてくれたのは好都合だわ」
バネッサが素早く予定の地点まで動くと、そこにはウィスパーがいた。猫の姿のウィスパーが顎をしゃくってバネッサを促す。
「捉えたの?」
「ああ、成功だ」
バネッサが連れて行かれた先には、地面に這いつくばる三人の姿と、一つの立っている影があった。その影を見て、バネッサもぎょっとした。
「――ああ、びっくりした。あなたがまさか『本体』で出向くなんて、いつぶりかしら?」
「のっぺらぼうの件も、銀の一族の件もある。さすがに分体では手が足りないと考えてな」
「あなたの姿を知る者も、もう大老と私だけ、か」
「この世ではその2人となったな。さて、捕まえたこれが何か知っているといいのだが」
「吐かせられるの?」
「私を誰だと思っている」
「それもそうでした」
バネッサが意味のないことを聞いてしまったとため息をつくと、ウィスパーは口に布を詰めた騎士をぐいと持ち上げ、ひょいと担いでその場を去った。
そしてウィスパーは闇に紛れて動きながら、先ほどの地震の後から漂う強烈な気配について考えていた。
「(さて、そちらは私の領分ではなかろうよ。アルネリアよ、イェーガーよ、あるいは銀の一族よ。何とかしてもらおうか?)」
人頼みなど性に合わないのだがな、と考えながらもウィスパーは自らのやり方に徹することにした。少なくとも、これは今の雇い主の依頼なのだ。今の雇い主の聡明さを考えれば、こちらの案件に徹することが今は重要だと考えていたのだった。
***
「これは・・・?」
統一武術大会周辺の宿の一つ、ブラディマリアは嫌な気配を感じて起きていた。もちろん彼女だけではなく、詩乃、浄儀白楽も同様だった。
詩乃はまだ怪訝そうな顔をしていただけだったが、浄儀白楽の表情は既に険しい物となっていた。
「ブラディマリア、なんだ『これ』は? アルネリアにはこのような化け物を飼う慣習があるのか?」
「いいえ旦那殿、これは慮外の化け物じゃて。まさか、こんな懐かしい気配にここで遭うとはの」
返答するブラディマリアが成人の姿にもどりつつあった。それほどの事態ということなのだろうと、詩乃も表情を引き締めた。
浄儀白楽、ブラディマリア共に窓から屋上に躍り出た。そこでは既に藤太が気配の方向を睨んでいた。
「藤太、わかるか?」
「もちろんだよ、旦那。こいつはヤバイ、東の大陸のどの真鬼の頭領よりもヤバイ。こんな化け物がこの大陸にはいるのか?」
「とうに滅びたはずの魔獣よ。まだ古竜と魔人が争っておる頃、その戦に乱入して陣営構わずその三分の一を一瞬で殺し尽くした魔獣二体。その片割れよ」
「なんという魔獣だ?」
「この気配は――ウッコの方であろうな。アッカは確かに殺した、ウッコも殺したはずだが――地の底深くに埋めたはずなのに、死んでいなかったということであろう」
ブラディマリアの語り口にやや震えがあると詩乃は感じ取っていた。これほどの魔人をして、恐れさせる魔獣とは何なのかと詩乃は考える。
「まだ妾が幼き頃の話じゃが、その恐怖は確かに覚えておる。ウッコとアッカが揃った時の戦闘力は古竜や魔人を遥かに凌いでおった。天を割る大雷撃、山をも溶かす豪炎。大陸そのものを滅ぼしうる大災厄よ」
「なぜそんなものがここで目覚めるのか」
「知らぬよ、アルネリアの周辺がいつになく騒がしかったかもしれぬな。ここは大戦期でも前線となったが、あとは後方の拠点として比較的平和なことが多かったからの」
「それよりどうすんだ、旦那。逃げるならさっさとした方がいいだろう」
藤太が現実的な提案をしたが、ブラディマリアはすっと目を細めて否定した。
続く
次回投稿は、11/29(金)19:00です。