戦争と平和、その440~統一武術大会ベスト16終了後、イェーガー内にて④~
「ダメだわ、めまいがしてきたみたい。地面が揺れているみたいに感じるわ」
「みたいじゃなくて、本当に揺れてますよ団長!」
「あるわよね、たまに。地殻変動って言うのかしら――?」
その時、アルフィリースの頭の中で影が一瞬騒いだ気がした。とんでもなく警鐘を鳴らしたかと思えば、次の瞬間にはアルフィリースの意識は暗転し、そして――
「――なんと、あと千年は目覚めないはずでしたのに。誰かがウッコを刺激したと? 馬鹿な、なんの利点もありはしないというのに」
「団長? 大丈夫ですか?」
「下がりなさい、娘。私には急用があります」
アルフィリースに成り代わった何かは、急激に魔力を収束させ転移魔術を起動させる。ターシャは嫌な予感とその圧力に慌てて数歩後退したが、その際に部屋に突如としてラーナ、クローゼス、ミュスカデ、エアリアル、そしてディオーレが押し寄せていた。
「団長、気付いたか!?」
「アルフィ、今の揺れの元から凄まじい魔力が――」
「――誰ですか、あなたは?」
慌てるミュスカデとクローゼスを差し置き、ラーナは目の前にいる人物がアルフィリースでないことにいち早く気付いた。ターシャの不安そうな表情を見るまでもなく、である。
だがその誰かが転移魔術を止めることはしない。様子がおかしいことに気付いたエアリアルが、一番早く動いていた。
「すまない、皆。巻き込むぞ!」
「え? は?」
「何をする?」
最後尾にいたエアリアルが全員を押し込む形でアルフィリースの転移魔術に割って入った。本来なら危険極まりない行為だが、ここではエアリアルの直感がそうしろと叫んだのだ。
かくして転移魔術は起動し、アルフィリースたちは姿を消した。呆然としたターシャが数瞬で我に返り、騒ぎ出すとイェーガーの本館では再び喧騒が巻き起こったのである。
***
「各員、報告を上げよ」
「バロテリ公の殺害には成功。対象損害多数、イヴァンザルドは生存。こちらの損害はなし」
「イェーガーの襲撃には失敗。目標確保も殺害もできず。こちらの損害は軽微」
「深緑宮内は沈黙が保たれ、警備の数も少ない様子。事情は不明ですが、ほとんど誰もおらぬのではないかと。引き続き監視中です」
「ふむ、最低限の目的は達成されたとみるべきか?」
報告を受け取る側の者であった数名が顔を見合わせる。だがその中の一人が、急に柱を叩いた。その行為に報告を上げていた者達の視線が一斉に集まる。
「まだだ! ベッツの爺がここにいるとわかったからには、奴に一泡吹かせんと気がすまん!」
「それは私怨だろう? 履き違えるな」
「貴様らとて、同じ思いだろうが!? あの放蕩爺のせいで、我々がどれほど苦杯を嘗めることになったのか! この任務とてそもそも――」
「よせ、言うな」
「そこから先を口にしては、我々のなんたるかという存在意義さえ危うくなるわ。自制なさい」
女性の声がすると、激昂していた男もそれ以上の反論は辞めたようだ。そして深呼吸を数度すると、平静を取り戻していた。
「すまない、もう大丈夫だ」
「それぞれ言いたいことはあるだろうが、まずはこの任務を達成することに集中してくれ。それがなくては次の段階にすら進めはしない」
「わかっているさ。失墜したものは取り返すしかない。いつだってそうしてきたのだから」
「元々剣でのし上がった血筋だわ。振り出しに戻っただけよ」
「開祖たちよりも戦力も装備も充実している。再興は可能さ」
「あら? 無理よ」
指揮官たちが一致団結しようとする最中、突然その扉を破壊して入ってきた女がいた。同時に転がる死体は、首があらぬ方向に向いていた。女の両手には血濡れた旋棍【トンファー】。ここに至るまでに何人も殺してきた証拠である。
部屋にいた者は十数名。それらが一斉に油断なく構えていた。
「馬鹿な、外の警備には十名近くいたはずだ。それを我々に気付かず抜けたというのか?」
「抜けるも何も、全滅させたわ。暗殺が得意なのは自分たちだけと思わぬことね。ま、あなたたちの戦い方を見る限り、暗殺者とは程遠そうだけど」
「ふむ、それがわかっていながらわざわざ姿を見せるとは。余程自信があるか、なにか策があるか?」
「冷静ね、やりにくい相手だわ。だけどね、私も暗殺って本来得意じゃないのよ。正体見せての正々堂々が一番得意。ね、そんな姿が消える外套なんて脱ぎ捨てて、全力でかかっていらっしゃいな。アレクサンドリアのレイドリンド家の皆様?」
その言葉に、隊長格の戦士が全員外套を脱ぎ捨てた。男4人、女1人。そのどれもから尋常ではない殺気が走った。
「我々の正体を知りながら戦いを仕掛けるか、女! 死んだぞ!」
「馬鹿ね、死んだってのは殺してから言う台詞なの。そんなことをのたまう輩は二流と相場が決まっているわ。レイドリンド家も期待外れかしら? 外の連中も大したことなかったし」
「余程自信がおありのようだな。名を聞こうか?」
「名乗るつもりはないわ。私のお仕事は皆殺しだけど、万一誰か第三者に聞かれると、余計な殺しまでしないといけなくなるから。そんなの非道でしょう? 私、余計な殺しはしない主義なのよ」
「仕掛けろ。捕縛は不要だ、殺せ」
攻め込んできた女――バネッサの危険度を肌で感じ取った隊長の一人が、間髪入れずに殺害の命令を出した。姿を見せた以上、時間稼ぎをされている可能性がある。即座に殺すのが正解だろうと、瞬時に判断した。
続く
次回投稿は、11/27(火)19:00です。