戦争と平和、その438~統一武術大会ベスト16終了後、イェーガー内にて②~
「――ま、そんなこともあったかもな」
「一つ聞くわ、ライン。あなた、後悔はないの?」
痛い所を突く、とラインは言葉に詰まった。こういう時は鋭いから、だから時に疎ましくも頼りにもなる女だと、ラインは考えている。
「後悔なんざし通しさ。あれほど憧れて騎士になったのに、騎士になってからは後悔しっぱなしだ。今の傭兵ラインの方が俺の性に合ってらぁ」
「そう・・・ならいいけど。ただ後悔があって、もしそれを何とかしたいのなら、必ず先に言ってほしいわ」
「なんだよ、イェーガーを動かすつもりか?」
「放っておいても動くわよ。自分の人徳を過小評価しすぎじゃないかしら? それならいっそ、私が動かした方がいい。あなたを失わせはしないわよ、絶対に」
アルフィリースがじっとラインを見据えたので、ラインは思わず手で目を覆ってしまった。
「よしてくれ、勘違いしそうだ」
「何が?」
「貴様も大概だったが、どうやら苦労しているようだな?」
「俺の心中を察してください。心労はあなたの下にいた時の方がマシだった」
ディオーレが微笑みながら横やりを入れ、ラインが同調する。アルフィリースがきょとんとしたので、エクラとコーウェンがため息をついた。
「まぁまぁ~、ではこれからの話にうつりましょうかぁ~。アレクサンドリアからの特殊部隊である、ナイツ・オブ・ナイツ。彼らの中でも~、レイドリンド家の一党で構成されるメンバーが、アレクサンドリアの『誰か』の手先で動いていると~。彼らはディオーレ殿を排除しようとし~、我々は巻き込まれました~。解決策はいかに~?」
「基本、これは我々の問題だ。貴殿らに迷惑をかけるつもりはなかったことは重ねて言っておきたい。だがことは成り行きだ。力を借りたくもある」
「もちろん、報酬と内容によるわ」
ディオーレの提案にアルフィリースが頷くと、コーウェンが手を広げてディオーレをさらに促す。
「天下無双の精霊騎士殿には何か策が~?」
「私はアレクサンドリアに帰国し、誰が裏で糸を引いているか確かめるつもりだ。私を狙った謀略は過去何度もあったが、ここまで直接的に狙われたのは初めてだな。それが大陸平和会議の最中だというのが、なんとも解せぬ。どうして今の時期なのか、国際的にアレクサンドリアの評判を落としてどうするのか・・・内政に携わる者に人材がいないのは知っているが、ここまでくると愚かを通り越して裏切り者がいるのではないかと思う。
内政には十数年携わっていないからな、そろそろ佞臣の掃除時かもしれぬ」
「ではすぐにでも帰国を~?」
「そのつもりだ。飛竜を駆れば十日とかかるまい」
「その間、ナイツ・オブ・ナイツが動かない保証は?」
「私を狙っているのなら、動きはしないだろう」
その時、扉をノックする者がいた。外にはフローレンシアが立っている。
「お話の最中すみません。アレクサンドリアの騎士の方が」
「誰だ?」
「カリオン殿と申しております」
「大丈夫です、話を聞きましょう」
イブランが外に出て話を聞く。そして耳打ちをされた後、血相を変えたイブランが部屋に入ってきた。
「ディオーレ様、帰国は不可能となりました」
「何があった?」
「使節団代表のバロテリ公が殺されました。首が宿のテーブルの上に置かれていたそうです」
「なんだと!?」
これにはディオーレもがたりと席を立ち、アルフィリース達も顔を見合わせた。使節団が殺されるのはこの会議で二人目――しかも大国アレクサンドリアの代表である。
ディオーレが怒りに手を振るわせるのを見るのは、ラインもベッツも初めてだった。ディオーレがイブランを睨み据えた。
「警備は? 宿にはイヴァンザルドが率いる精鋭がいたはずだ!」
「勿論詰めていました。彼らのことですから、ナイツ・オブ・ナイツのこともわかっています。ですがそれでも突破されました。こちらの護衛にも死者が出ています」
「イヴァンザルドは?」
「手傷を負ったそうですが、一命はとりとめています」
「くそっ、ここまでやるのか!? 自国の使節団の長を殺害してまで、私をここに引き止めたいか!」
「残念ながら報告はまだあります」
「何だ!」
「アレクサンドリア北方で内乱が起こりました。辺境の我が主力の軍隊から半数を割くように、宮廷からの命令書が下りました。当初からの取り決め通り、半数の兵力では辺境との国境線が保てないため、ここ10年で押し込んだ戦線は全撤退となります」
ディオーレが怒り任せにテーブルを叩こうとして、ここが招かれた場所だということを思い出し自制した。怒りを通り越すと人は無表情になるというが、まさにその表情をディオーレがしていた。
その様子を見て、アルフィリースがラーナに水を向ける。
「ラーナ、イェーガー内の様子は?」
「既に鎮火しています。新たな被害も現在はありませんし、団内は落ち着いているようです」
「相手のこと、把握できているかしら?」
「はい、追跡はできています」
その返事に、コーウェンが渋い顔をした。おそらくは、アレクサンドリアとの交渉で使いたい札だったのだろう。だがアルフィリースは自らその優位性を捨てた。事態がそれどころではないと感じたのかもしれない。
「ではそのまま追跡を。相手の塒を探り当てたら、こちらから襲撃をかけるわ。敵も夜襲をしたその晩のうちに、襲撃され返されるとは思っていないでしょう」
「おいおい、俺らでも苦戦する相手に襲撃をかけるのか?」
「ベッツさん、心配するところが違うわ。真正面から戦う必要はないの。先手を取って襲撃できるのなら、いくらでも殺す方法はあるわ。私が心配しているのは何人捕獲できるのか、そして口を割らせることができるのか。その二点のみよ」
そうしてベッツを見据えたアルフィリースの瞳と、アルフィリースの意を組んで目に光が灯った魔女三人の圧に、ベッツは思わずたじろいだ。
続く
次回投稿は、11/23(土)19:00です。