戦争と平和、その437~統一武術大会ベスト16終了後、イェーガー内にて①~
「ライン殿がアレクサンドリアに戻れるように交渉していたのは事実です。ディオーレ様がご存じの部分以外のところで、私は国外で活動をする権利を与えられていました。敵国での情報収集、ナイツ・オブ・ナイツとして活動し、時に独断で他国の侵略行為を誘発するなどの工作をしていました」
「――それは、誰の命令だ?」
「それは言えません。ただ、私はそういった仕事は別として、常にアレクサンドリアの将来について考えています。その点はディオーレ様と同じですが、貴女と私では少し考えが違うことは申し上げておきます。その是非に関してここで語り合っても平行線でしょうから、ここでは議論は致しません」
「気に食わんな――が、確かに今はその議論をすべき時ではあるまいな」
「ご理解いただき恐縮です。で、その工作の際にイェーガーとは一度接触し、戦闘となっています。ライン殿の所在は既に掴んでいましたので、仕掛けたのは確信をもってのことでした」
「ライン?」
アルフィリースは説明を求めたが、ラインはいつぞや戦った部隊だとだけ答えた。そして――
「俺の出身はアレクサンドリアだ」
「それはリサから聞いたことがあるわ。軍属だとは推測していたけど、身分ある地位にいたのかしら?」
「・・・言わなきゃだめか?」
「言いたくなければそれでいいわ。ただ、イェーガーにとって既にあなたの存在は欠かせないの。あなたが背負っているものは、我々も抱えずにはいられないでしょう。その時、事情すら知らないのでは対処のしようがないわ」
アルフィリースの言葉に、ラインはしばし考え込み、大きくため息をついた。その様子を見ていたディオーレが静かに発言した。
「貴様が言いにくければ、私から告げるか?」
「いえ、お気遣いなく。俺から言います。俺はアレクサンドリアでそれなりに身分ある騎士だった。そして問題を起こして追放されたんだ。アレクサンドリアでは罪人だ、戻れば死刑になる。他国の重罪人が副団長だと知られれば問題になる。だから言わなかった。許せ」
絞り出すように述べた言葉が、いかにラインが苦しいかを教えていた。アルフィリースにもそのことはわかっていたが、イブランは無慈悲に付け加えた。
「その説明では不十分でしょう、ライン殿。あなたは平民でありながら若干16歳で千人長となり、18歳で師団長に任命された。歴代もっとも若く、才能に溢れた騎士だった。ディオーレ様を始め、若い騎士は皆あなたを認めていた。いつ将軍になるか、誰もがその期待を抱き、あなたはそれに全力で応えていた。
だが突然あなたはその期待を裏切ったのだ。事情は当時軍に所属していた誰もが知っていますし、あなたに同情する声はいまだに多い。あなたがアレクサンドリアに戻っても、助命嘆願は千ではきかないほど出るでしょう。正直、死刑は免れ一兵卒からのやり直しとなる可能性が高かった。
なのに、あなたは逃げたのだ。その時、我々がいかほど失望したかご存知か? 誰もがあなたがアレクサンドリアの新しい星になると信じて、ディオーレ様も――」
「やめよ、イブラン」
ディオーレの言葉に、イブランは口をつぐんだ。だが一つだけ主命に背いて発言した。
「――私はあなたに憧れて騎士になった。ナイツ・オブ・ナイツに入ったのも、失踪したあなたを探して国外に出られるからだ。そのあなたが堕落した姿を見るのはつらかった。私はあなたを尊敬申し上げているが、同時に大嫌いだ。それだけは子どもじみていると言われようとも、言わせていただく。そして私と同輩の騎士たちは、皆同じような思いでいる。あなたの行動次第で、千を超える騎士があなたの味方にも、敵にもなるでしょう。それだけはご理解いただきたい」
「――ありがてぇ話だが、もう俺にそれだけの価値はねぇさ。勝手に期待するのはよしてくれ」
「貴様にどれほどの価値があるかを決めるのは、残念ながら貴様ではない。かつての私と同じように、たとえ偶像だとしても価値は他人が決めることもある。それは知っておけ。今のアレクサンドリアにおいて、貴様の価値はいまだ低くない。おそらく、お前はその運命から逃れることはできない。私と同じようにな」
ディオーレとラインが苦しそうにしていた。同じものを背負っている。そのことがアルフィリースにもわかる表情だった。おそらくはこの二人は、自分には想像もつかないものを背負ってきたのだ。
その時、ベッツが突如納得したとばかりに手を叩いた。
「あ、思い出したぜ! お前、確か女の仇討ちで大臣をぶっ殺した若い騎士か! できる奴がいるもんだと感心したが――むぐっ」
「野暮っすよ、ジジイ」
「ちょっと黙ってろ」
レクサスに口をふさがれ、ルイに肘打ちを受けるベッツ。ラインが苦笑した。
続く
次回投稿は、11/21(木)19:00です。