ルキアの森の魔王戦、その4~怒るアルフィリース~
アルフィリースの体からは気体の様なオーラが噴出され続けている。魔術の研鑽をつんだ者が魔力を全力で解放すると、その者の性質に応じたオーラが見えることはある。色はそれぞれの使う魔術の属性や、あるいは使用者の性質を示す。そして形は、大抵が使用者の回りに張られる膜のように見える。量が多い物はまるで液体かゼリーを体に張り付けたかのように見える事もあるのだが、アルフィリースのそれはいずれとも違う。
放出する量が多すぎるがゆえに、まるで空気を彼女が全身から噴出し続けているようだった。また色も一定ではなく、光の加減や何かで、7色、あるいはさらに多くの色に輝いて見える。量も、質も、あまりに異質。
そのアルフィリースの様子を見て、さすがに魔王達も危険を感じたのか。2体ともじりじりと後ずさりを始めるが、
「逃げられると思ってるのか?《大樹封》」
アルフィリースの一声と共に周囲の木々があっという間に伸びてきて、魔王達を絡め取った。魔王達は逃れようともがいて爪で木々を切断するが、後から後から伸びる木々がそれを許さない。
その驚愕の光景をアルベルトもリサもただ呆然と見守るのみだ。そして、
「再生なんてできないくらい、ズタズタにしてあげる」
くくっ、とアルフィリースが不敵に微笑むと、彼女からザワザワとさらに強い風が発生し始めた。アルフィリースを中心として、放射状に草がなぎ倒されていく。
【我、風の神、ティフォエウスに伏して願い奉る】
一段と強い風がアルフィリースの周囲に集まる!
【我が掌に集いし風の精霊に汝の加護を与え給え。其が力を用いて我が眼前の者共を大気の獄中に掌握せしめん】
《巨人の風掌!》
瞬間、風で構成された人間大の巨大な手が浮き上がってきた。しかも一つではなく、次々と周囲に同様の大きさの手が浮き上がってくる。そしてそれらの手が、四方八方から魔王達に襲いかかっていく。
「ギィアァァァァァァァァ」
魔王達が巨大な風の塊に握り潰されるように体をひしゃげさせる。メキメキと嫌な音が響き渡り肉の塊から血のような何かが噴き出すが、圧倒的な風の奔流が魔王の絶叫をかき消すと同時に、その血すらも風の牢獄に巻き込んで行く。が、魔王達はその中ですら体をまだ再生させようとしている。これでも致命傷ではないのか。そのようにアルベルトとリサが考えた時、
【我が血を喰らえ火の精霊】
アルフィリースが次の魔術詠唱に入っていた。彼女の周囲のオーラはいつの間に赤に変色していた。自分の掌を軽く斬り裂き、血を地面に滴らせている。するとその血からが沸騰するようにゴボゴボと泡立ち始め、一面に広がっていき、そこから何体もの炎の獣が出てきた。鳥、オオカミ、馬、熊――のような者たちが次々と湧き出てくる。
【集いし精霊を分けて分けて虚ろなる器に収めて舞い遊ばす。我、舞いし精霊にさらなる贄を捧げん】
《炎獣の狂想曲!》
その一言と共に舞い出た獣たちが一斉に魔王達に襲いかかった。そして周囲にある風の魔術の影響を受けて、まるで炎の竜巻のようになっていく。詠唱名の通り、まさに狂った宴そのものだ。必死に炎を振り払おうとする魔王達だが、振り払った火の粉までもが再び魔王に襲いかかる。そう、アルフィリースが詠唱したのはただの火の魔術ではなく、暗黒魔術の類いであった。
魔術には属性による系統と、使用方法による系統がある。属性であれば火・水といった具合だが、使用方法による系統はやや複雑だ。
いくつか紹介しておくと、純粋な信仰による精霊魔術、演算による理魔術、契約による召喚魔術などがある。ちなみに今アルフィリースが使ったのは、使用者に何らかの代償や贄を要求する暗黒魔術である。暗黒魔術は代償も大きい代わりに威力も大きいが、使い続ければ本人の属性すら闇に染まるといわれる危険な種類の魔術である。
ともあれ、アルフィリースが放ったのは対象を焼き尽くすまで消えることのない、暗黒系統の火の魔術である。さすがの魔王達も火と風に飲まれて、もはや絶叫すら聞こえてこない。その光景をアルフィリースはただ何の感情もなく、瞬きすらせずに見つめていた。
そして火が収まり、後には文字通り塵すら残らなかった。敵を倒したことを確認したアルフィリースが、アノルンの方向をゆっくりと振り返る。
「あ・・・」
振りかえったアルフィリースは別人のようだった。いつも明るいはずの彼女の表情は無表情だったが、凄絶な何かを感じさせた。目の見えないリサでさえ、アルフィリースが今までと違うただならぬ表情をしていることがよくわかった。表情はなくても、目は悲しみに満ちていたのだ。そして体から放出される殺気は、まるで収まるところを知らない。
リサが何か声を発しようとするが声にならない。あまりのアルフィリースの魔力と殺気に圧倒されて、腕にアノルンを抱きかかえてるいることすら忘れてしまっていた。
「(凄まじい魔力・・・これだけの魔術はかなり高位の魔術師でも、何かしらの準備や触媒を必要とするはず。それをたかが少量の血程度で連発し、あげく最初の一つは詠唱すらしなかった。やはり私が最初にアルフィリースの袖を引いたのは、間違いじゃなかった!)」
「アルフィリース殿?」
アルベルトが声をかけるが反応がない。どうもアルフィリースの足取りがおぼつかない。ふらふらと熱に浮かされるように、揺らいでいる。
「アノルン・・・助けられなくて・・・ごめん、ね」
呟きながらアルフィリースはその場で気を失ってしまった。
***
アルフィリースは夢を見ていた。かつて彼女の師匠、アルドリュースと行った会話の一端。
「ねえねえ、師匠。もし私が呪印を解放したらどうなるの?」
「そうだな。使っている時はよいかもしれないが、使い終わった後の疲労がすごいだろうな。また、うかつに開放すれば呪印の侵蝕は進む。そうすると苦痛が強くなるな」
「それでも使い続けたら?」
「アルフィがアルフィでなくなり、呪印がお前となるだろう」
「そ、それは嫌だよぉ。じゃあ私、呪印は絶対使わない!」
アルフィリースは怯えたように潤んだ目でアルドリュースを見上げる。そんなアルフィリースに優しく微笑みかけるアルドリュース。
「そうだ、それがいい。でもお前が死んでは元も子もないし、どうしても使わないといけない時があるかもしれない。その時、場所、場合はお前が慎重に見定めるんだよ?」
「うーん、わかったような、わからないような?」
アルフィリースは腕を組んで首を傾げ、そんな様子をにこやかに見つめるアルドリュース。
「今はそれでいい。たとえばお前に大切な友達ができて、その友達を助けるときとかなら――使ってもいいかもしれないな」
「うん、じゃあそうするよ師匠!」
元気の良い返事に、アルフィリースの頭をアルドリュースは撫でてやる。
「よし、いい子だ。呪印は強い負の感情によっても解放されることがあるから、十分に気をつけるんだよ? それでは今から、いざという時の呪印を解放する方法について教えておこう――」
そしてアルドリュースはアルフィリースに呪印を解放する時の方法を伝えていく。あの頃はアルフィリースは、呪印を解放するということがどういうことなのか、まだよくわかっていなかった。
「(・・・そうだ。友達を守るためには呪印を解放していいって、あの時決めたんだった。最初から解放していればアノルンは死なずに済んだのに・・・ごめんね、ごめんね。アノルン――)」
アルフィリースの意識が光を掴むように覚醒していく。
「アノルン!!」
「ん、なんだい?」
うなされてアルフィリースが飛び起きると、そこはベッドの上だった。そして目の前には何もなかったようにアノルンが座っている。どうやら果物をナイフで剥いてくれているらしい。中々華麗なナイフ捌きだ。
「上手いわね・・・じゃ、なくて! あれ、でもアノルンって死んだんじゃ・・・」
「アタシを勝手に殺すな! ぴんぴんしてるよ?」
「え、だって、アノルンは心臓を貫かれて・・・私、夢でも見てた?」
「うんにゃ。貫かれたよ、ほれ」
確かに服はいたるところが破けており、アルフィリースが見た貫かれた場所と一致する。では夢ではなかったのだ。しかしアノルンには傷一つない。
「な、なんで傷一つないの?」
「ん・・・・・・騙すつもりじゃなかったんだけどね・・・私、何しても死なないんだ」
アノルンがきまり悪そうに話す。
「生まれつきこういうわけじゃなかったんだけどさ。とりあえず今は何されても死なない。八つ裂きにされたこともあるけど、死ななかったしね」
「・・・」
「あ、でも首を落とされたら流石に動けないよ? それに痛くないってわけでもないし。心臓刺されるとか痛すぎて動けないから」
「・・・」
「気持ち悪いでしょ、こんな人間? もう人間ですらないかもしれないけどね。アルフィも無理しなくっていいよ。もうアタシ、アンタの目の前から消えるからさ。こんな気持ち悪いのと一緒に旅とか、無理だもんね・・・」
「アノルン!!」
「は、はいっ!」
突然大きな声で名前を呼ばれ、思わず畏まってしまうアノルン。
「そんなことより前に、私に言うことないの?」
「そ、そんなことって。アタシだって、結構一大決心で言ったのに・・・」
「アーノールーン?」
なんだかアノルンにはよくわからないが、アルフィリースの目が真剣に怒っている。
「(こんな剣幕でじっと見られたことなんか、この子と旅していて一度もなかったわね・・・どんなにからかっても決して怒らなかったのに)」
そうとうに決まりが悪いが、ごまかしがきく雰囲気じゃないことくらいはアノルンにもわかる。
「あー、うー、・・・・・・ごめんなさい」
「よろしい。じゃあ許したげる」
そう言ってアルフィリースがアノルンを抱きしめた。
「私の方こそごめんなさい・・・私が最初から呪印の力を解き放っておけばアノルンは、大切な友達は死なずに済んだのにって夢に見てたのよ! でも、でも・・・生きててよかった・・・本当に!」
アルフィリースの肩が小さく震えている。そのアルフィリースをそっと抱き返しながら、アノルンは思う。
「(泣いてるんだ。この子は私のために泣いてくれるんだ。私のことを不死身だと知っても変わらず接してくれたのは、これで・・・三人目だ)」
アノルンの胸の内にも熱い思いがこみ上げてくる。
「私のこと、友達だって思ってくれるの?」
「当り前じゃない! 何言ってんのよ!?」
「でも、私不死身だよ? もう300年は生きてるよ??」
「関係ないよ! アノルンはアノルンでしょう?」
アノルンの目をアルフィリースは真っ直ぐに見つめている。そういえば、昔同じことがあったなと、アノルンは思い出す。
『不死身? それは重要なことか??』
『不死身? それじゃ永遠に美人のまま? 最高だね!』
そう言ってアノルンのことをまっすぐ見つめた2人の顔が思い出される。
「(そうか。マスターの言った前に進むって意味がちょっとわかった気がする。私はこのままじゃいけないんだ)」
アノルンは覚悟を決めた。今が・・・今こそがきっと自分にとっての試練の時なのだと腹をくくる。
「・・・ねぇ、アルフィ。アンタだから言うけどさ。アタシの昔話、聞いてくれる?」
「・・・私でよければ」
アルフィリースが優しく微笑む。ああ、この子なら大丈夫だとアノルンは安堵し、彼女はポツリポツリと自分の過去を話し始めた・・・
続く
投稿は10/22(金)12:00に行います。