戦争と平和、その434~統一武術大会ベスト16終了後、アレクサンドリアとブラックホーク②~
「断る」
「ええっ? まだ内容も言ってないのに?」
「どうせ詳しい内容を言う気はないだろうが。この面子で密談以外にありえるのか? 俺らの傭兵団を巻き込むんじゃねぇよ」
「まぁ、正論だな」
「ちょっと、爺さんまで」
「とはいえ」
ラインはふーっとため息をついた。
「知らん顔ばかりでもない、うちの団長が許可すれば仕方のないことさ。ただ、俺らにも利益があるように便宜は図らせてもらうぜ?」
「そりゃあもちろんだが」
「当然だな、異論はない。だが、肝心の我々も要件は知らないわけだが、ベッツ?」
「一応、国策に関わるかもしれんことですよ。仮設の賃宿で話すにはちょいとまずい話でしてね。しっかりとした場所で話したかったもので」
「なんだ、私はてっきり一夜の床を要求されるとばかり思っていたが」
ディオーレがとんでもない言葉を口にしたので、供のイブランですら思わず吹き出し、ラインも開いた口がふさがらず、ルイとレクサスは一歩後ずさっていた。
「ディ、ディオーレ様! なんということを!」
「じいさん・・・それはいくら俺たちブラックホークでもまずいですって。勝利の景品に精霊騎士をどうこうしようなんて、揉め事じゃ済まねぇっす」
「それどころか、男の風上にもおけんな」
「違う、そうじゃねぇ! 国策に関わることって言ってんだろうが!」
「そりゃあ精霊騎士を手籠めにすりゃあ、国策に関わるでしょうよ」
「うちの傭兵団は連れ込み宿じゃねぇぞ。アルフィリースに相談するまでもなく、貸すの止めた方がよさそうだな――」
ラインがそんなことを苦笑いしながらつぶやいていたが、窓から建物の外がちらりと見えた。イェーガー内は夜でも足元が見えるように、それなりの数の灯りを照らしてある。それらの数がいつもより少ないのと、照らされた灯りが不自然に揺れたような気がした。
ラインが無意識に剣に手を添えて警戒心を上げたのを見て、ディオーレが真っ先に反応した。
「もう来たのか。やはりここでもおかまいなしか」
「ディオーレ様、あんた知っていて俺たちを巻き込んだのか?」
「いや、単独行動すれば狙われるだろうとは思っていた。だが巻き込むつもりでいたのはベッツだけだ。ここに連れてこられることは知らなかった。許せ」
「どうだか。予想できていたのなら、ここに来ることも避けられたはずだ。やっぱりわざとじゃねぇか」
「何の話をしている?」
ルイが話しかけながら、自らも剣の柄に手を当てた。ラインの警戒心を感じ取ったのだろう。レクサスが慎重に周囲の様子を窺うが、腑に落ちない顔をしている。
「気配も殺気も何もないっすけどね。あるとすれば嫌な雰囲気だけっすか」
「刺客か?」
「その通りだ。余程私に消えてほしい連中がいるようだな」
「あー、ディオーレ様。実は今日の件もそのことで」
ベッツが剣を抜き放ちながら答えた。ディオーレも頷く。
「なるほど、そうだったか。奴らの尻尾を掴んだのか?」
「ええ、物証も一応ね。だからどうだと言われれば、それまでかもしれねぇんですが」
「ちょっと待て、お前たちの騒動に俺達を巻き込むんじゃねぇよ」
ラインの威嚇と牽制もむなしく、ディオーレがため息をついた。
「済まぬな、もう遅いようだ」
「んじゃああんたとブラックホークに貸し一つずつだ。忘れんなよ」
「生きてたら払ってやるよ。気を付けろよ、全員相当『やる』ぞ?」
その場にいた全員が、エクラを中心に背中を合わせるように円になって構えた。気配はない、姿も見えない。だが何かがいる。そのことだけはその場の誰もが理解していた。
「ディオーレ殿。聞きたいのだが、これはアレクサンドリアの特殊部隊か?」
「ああ。アレクサンドリアの辺境でとれる魔獣の皮に特殊な加工を施すと、気配と姿を消せる外套が完成する。これを使う辺境の蛮族どもがいるせいで、我々が長年辺境で苦戦するのだが、奪って利用もしているな」
「なるほど、ではその場から完全に消えているわけではないのだな?」
「そういうことだ」
「ならばやりようがある。少々寒いが、全員我慢しろ。《呪氷剣》」
ルイが魔力を高め、氷の領域を作り出す。一気に冷える廊下の空気に、氷の結晶がきらきらと揺れた。
「姐さん、寒い!」
「うるさい、黙れ」
「・・・エクラ、血路を切り開いたらお前は上に行け。アルフィリースに伝えて、ここに来させるな。できれば部屋にこもり、魔術で封印しろ」
「わ、わかりました」
エクラはここに集結した者の中では一段階以上実力が落ちる。エクラでは戦いにすらならないとラインは判断し、エクラも危険な雰囲気を感じ取ったようだ。
だが緊張感が張り詰めるこの場に、突如として間延びした声が聞こえてきたのだ。
「ごめんなさい、少し準備に手間取って――なんだか寒くない?」
「来るな、アルフィ!」
階段を下りてきたアルフィリースが声をかけてきたのだ。丁度その周囲まで冷気が到達し、そこに人型を浮かび上がらせる。人型はアルフィリースの三歩傍に立っていたのだ。
続く
次回投稿は、11/15(金)20:00です。