戦争と平和、その433~統一武術大会ベスト16終了後、アレクサンドリアとブラックホーク①~
「・・・さっきは頬を張ろうとして悪かったわ」
「当たってへんから問題ないわ。そんなこと言うてたらお前と顔合わせられへんよ」
「私はどれだけ暴力的な印象なわけ!? ・・・いけないわ、こういうところが駄目なのね。もう少し淑やかにした方がよいのかしら?」
「そのままでええよ、そのままのお前がええ」
「え?」
思いがけないブランディオの言葉に、ウルティナが振り向いた。そのブランディオは他所を向いていたが、心なしか首筋が赤いような気もする。
「ブランディオ・・・あなた、まさか照れてる?」
「なんのこっちゃ。わからへんなぁ」
「ちょっと、こっち向きなさいよ」
「えー、ワイ行くとこあるしー」
「こっちくらい向けるでしょ! どこに行くの!」
「内緒や」
ブランディオがすたこら逃げ出し、ウルティナが追いかけた。誰もいない深夜の深緑宮で、二人がしばし鬼ごっこをしていることを知っていたのは、白い月だけだったかもしれない。
***
「うぉーい、副長ー。まだ飲むんすかぁ?」
「うるせー、まだ酔ってねー」
「べろべろじゃないっすか。折角勝ったのに、明日の試合が台無しですよ」
そういって団員に持っていた酒瓶を取り上げられたラインは、隣にあった酒瓶をひっくり返して、落ちてきた酒の一滴を舌を出して飲んでいた。
最初はラインが大勝利に酔って酒を呑んでいると思っていた仲間たちも、ラインが不機嫌であることを悟ると、一人、また一人と静かに食堂から去っていった。基本的に気さくなラインだが、たまに何を考えているのか、妙に不機嫌で他人を寄せ付けない雰囲気を出すことがある。そういう時は、古参の面子でも近寄りがたい雰囲気を出すのだ。
最後に酒瓶を取り上げた仲間も、ラインがまだ飲もうとしている所を見ると、手に負えないといった様子で引き上げていった。食堂で独りになったラインは、ぼそぼそと呟きながら手に届く酒瓶を漁っていた。
「ちきしょー、馬鹿ー、アホンダラー。あっさり勝手に負けやがってー。何が天覧試合で待っている、だ。どんな思いで俺が本気出したと。冷血ツインテール鋼の断崖戦乙女のばかやろー」
「ほう、面白い二つ名だ。誰のことかな?」
「そんなのアレクサンドリアのくそったれディオーレに決まって――」
とラインは言いながら、目の前に本人がいるような気がして目をこすっていた。ひどい酔い方だと思ったが、何度目をこすっても、大会で最注目選手だったツインテールの精霊騎士がいるようにしか見えない。
「え・・・は・・・? ディオーレ様!? えー!?」
「中々面白いことをつぶやいていたようだ、副団長殿。冷酷な性格のくせに年甲斐もなく少女のように髪を二つにくくっていて、つけいる隙もなければ胸もまったくない、戦争しか能のない女とは誰のことかな?」
「さ、さ、さぁ~? うちの団長ですかねぇ?」
「そなたの団長は自他共に認めるグラマラスな女性だが? 当てはまらんな。もう一度聞こうか・・・誰の、ことだ?」
ディオーレの握る酒瓶がひび割れはじめ、大気が殺気と魔力で揺れていた。返答を間違えると死ぬ。ラインの酔いは一気に醒めた。
そこで唐突に、ぱん、と手を叩く音が聞こえた。
「正気に戻ってください、副団長。国賓なみのお客様がお目見えなのですから。アルフィリースももうすぐ来ますが、とりあえずディオーレ殿と、そのお連れ様をお通しする場所を選んでいただきたい」
エクラの言葉に生き返ったようにラインが椅子から立ち上がり、速足で歩き始めた。ふぅ、と一つため息をつき、その後に続くディオーレと数名の部下。ここで割って入れるエクラの胆力に、ディオーレ以外の面々が全員感謝していた。
食堂を出ると、そこにも大会で見知った顔がいた。
「えーっと、ブラックホーク副団長ベッツ、二番隊隊長ルイ、二番隊副隊長レクサスで合ってるかよ?」
「へー、ちゃんと顔を覚えてるのか。すっかり有名人だな」
「抜かせ、傭兵なら知らなきゃもぐりだ。統一武術大会で名前を呼ばれる前から知ってるさ。そっちの二番隊とは面識があるがな」
「ほぅ、覚えていてくれたか」
「すいませんねぇ、夜分に。ちょいと頼み事があるんすけど、いいっすか?」
ラインはこの面子と、歩いてきたディオーレを見て溜め息をついた。
続く
次回投稿は、11/13(水)20:00です。