戦争と平和、その432~統一武術大会ベスト16終了後、ロッハとブランディオ②~
「苦労しているのか?」
「そらぁもう。女の多い職場は大変や、グルーザルドが羨ましいわ」
「そういう発言はまずいんじゃないのか? 確か、人間の世界では――」
「女性蔑視か」
「それだ」
「まぁミランダ様やラペンティのばあさんがおったら、確実に言われるやろな。まぁワイはフェミニストちゃうしな。女は好きやけども」
「生臭坊主だな」
「坊主ちゃう、僧侶や。さて、与太話はしまいや。本題に入ろか」
ブランディオがロッハを座るように促し、ロッハもそれに応えた。だがブランディオが淹れた茶には手を付けようとしない。
「南方戦線で死んだ獣将二人の話やったな。犯人が人間やと疑っとるんやったか」
「殺され方が獣人とも蛮族とも違ったからな。それよりまず、貴様のことを話してもらおう。なぜ貴様はそこまでグルーザルドのことに詳しい? 貴様は一体何者だ?」
「話聞いとらんかったか? 巡礼五番手のブランディオや。巡礼のことを知らんわけちゃうやろ?」
「アルネリアの隠密――実力、知性共に優れた精鋭と認識している」
「ちょい過大評価かもな。実力はアルネリア内でも確かに上位かもしれへんが、知性が伴っとる奴が何人おるか。六番手のウルティナでもあんなもんやからな。冷静に判断すべき場合でも、自らの感情が優先する時がある。
知勇兼備の士となると、せいぜいメイソンとラペンティくらいか」
ブランディオは茶をすすりながら語る。だがどうやら熱かったのか、舌を軽く火傷したようだ。
「熱っつぅ~! あんさん、飲まへんで正解や」
「それで? 貴様が知勇兼備の士だから他国の内情にも詳しいと?」
「そこまで自画自賛せんけど、昔からわりと辺鄙な土地ばっかに回されることが多くてなぁ。いっつも適当な態度で仕事してたし、上司にもろくに敬語とか使わへんし、貴族なんちゃらの後ろ盾があるわけでなし。
やけど、結果として南方――獣人の国に一番詳しいのはワイやと思っとるよ」
「では、犯人がわかると?」
「目星くらいはな」
ブランディオの言葉に、ロッハが席をがたりと立った。
「誰だ? 言え!」
「阿呆ぬかせ、誰がタダで教えるかい。それにそもそも、それが人に物を尋ねる態度かいな」
「では何が欲しい? 俺の権限でできることなら何でもしよう」
「はー、ドライアンの懐刀でこれかいな。そらぁ平和会議に獣将から誰も補佐をつけんわけや。あんさんあかん、さっぱりあかんわ」
ブランディオの言葉にかっときたロッハが一瞬で机の上に乗りあげ、ブランディオの胸倉をつかんだ。
「知っているか? 獣人は同族殺しには容赦がない。普段は理性があっても、同族の件に関してだけは別だ。くだらん交渉など不要だ、後から欲しいものはくれてやる! さっさと情報を吐け・・・?」
「どないした?」
ブランディオの胸倉をつかむロッハから、徐々に力が抜けていったように落ち着いていった。ロッハは不思議な気配と空気に包まれ、ブランディオの方を見ていた。
ブランディオは乱れた衣服を整えながら語る。
「いついかなる時も冷静に、それだけは誰よりも優れとるつもりやで、ワイは。あんさんはそれじゃあいかんわ。もうちょっとこの交渉が難しいと思っとったけどな」
「・・・お前、一体何を・・・?」
「別に大したことやあらへん。まぁちょいと冷静に話し合おうや。心配せんくても必要なことは教えたるわ。その変わり、ちょいと一働きしてもらうで?」
ロッハはその言葉に促されるようにすとんと座ると、話合いに応じたのである。
一方、ブランディオに悪態をついて出て行ったものの、外できまりの悪い思いをしていたのはウルティナである。ブランディオはいつもの調子なのに、つい声を荒げてしまった。これでは何ら成長がないではないかと、自省している最中である。
仮眠の時間であるから今寝なければ徹夜になる。だがこのまま引き下がるのも後にしこりを残しそうだ。どうしたものかとウルティナが悩んでいると、まだ四半刻も経っていないはずなのに、もうブランディオとロッハが中から出てきたのだ。
ブランディオはウルティナを見ると、驚いたように声を上げた。
「なんや、まだおったんかい」
「え、もう話し合いが終わったの?」
「ああ、せや。ほな大将、よろしゅう頼むで」
「・・・ああ」
心なしか入ってきた時よりも青ざめた表情でロッハが去っていった。その後ろ姿をウルティナが見送りながら、ブランディオの方をちらりと見た。このお世辞にも有能と言えなかったはずの評価を受けていた同僚が、こうして獣将と勝手に渡り合ったり、なんのかんのと前後の世代ではもっとも出世頭となっているブランディオを見ると、いつもウルティナは価値観を壊されるような、もやもやとした感情に苛まれるのだ。
続く
次回投稿は、11/11(月)20:00です。