戦争と平和、その431~統一武術大会ベスト16終了後、ロッハとブランディオ①~
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「よう、待たせたな」
「・・・遅い」
獣将ロッハはアルネリアの巡礼であるブランディオと待ち合わせをしていた。深緑宮の一画である貴賓室にロッハを招き、そこで話をするつもりなのだ。
ロッハは白い月が中天にかかるだいぶ前から深緑宮の前で待っていたが、門衛すら誰も見当たらなかった。これではあまりに不用心ではないかとロッハはむしろ不安をかきたてられたが、辛抱してじっと待っていた。そして白い月が中天から傾いたところで、ようやくブランディオが現れたのである。
「時間厳守とは、獣将ともなるときっちりしたもんや。下手な人間よりよほど信用できるわ」
「かくいうお前は信用できなさそうだな?」
「ハハハッ、よう言われるわ。その軽薄な言葉と態度をやめぇってな」
ブランディオが笑いながらロッハを案内する。深緑宮に入った先でも、まるで人気はなかった。何かがあったにしても、最低限の警護を残すべきではないのか。それとも深緑宮を空にせねばならぬほどの一大事があったのか。ロッハがそんなことを考えながらブランディオの後をついていくと、
「心配いらへん、アルネリアは今宵も明日も平和やで。ただ深緑宮に今守るものがないっちゅうだけや」
まるでロッハの心中を見透かしたように、ブランディオが前を向いたまま話しかけてきたのだ。
ロッハはやはり良い気分がせずに、ブランディオに答えた。
「・・・何もないとは言わんのだな」
「まぁお察しの通りや。一大事はあるで? でも問題あらへん、それを解決できるだけの人材が向かったからな。あれで何ともならんかったら、誰が行っても何ともなれへん。そういう対処をした結果、ガラガラの深緑宮っちゅうことやな」
「だが本当に誰もいないわけではあるまい。貴様は留守を任されるほどの逸材なのか、それとも頭数に数えられなかったのか」
「挑発のつもりかいな? 下っ手くそやなぁ」
ブランディオがげらげらと笑ったが、ロッハは無言でこらえている。
「信用されとるともいえるし、全く信用されてないともいえる。巡礼での番手も五番とまぁ、中途半端な位置でな。全幅の信頼を置かれるでもなく、さりとて無視されるわけでもなく。微妙な立ち位置をずっと守っとるな。ま、ワイにはお似合いの立ち位置や。本来なら獣将なんて偉い立場の人とサシで話すのなんか許されへんよ。表での立場なんて司教補佐程度やしな。
おっと、人やなくて獣人か」
「とらえどころのない奴だ」
「そう思っていただけるなら、ワイの狙い通りやな。裏のお仕事に従事する人間なんて、そのくらいでええねんよ。名声や立身出世なんて望むもんちゃう。
ほら、ついたで――なんや、ウルティナかいな。なんでこんなところにおるんや?」
ブランディオが案内した先には、巡礼六番手であるウルティナが立っていた。腕を組みむすっとしたその表情は、明らかに怒っている。
そのウルティナを見たブランディオが蒼ざめるのを見て、ロッハはようやくこのブランディオなる男の人間らしい部分を見た気がした。
そのウルティナがずんずんとブランディオに近づくと、胸に指を当てて怒りの表情で不満を訴えた。
「あなたねぇ! 誰もいない隙に勝手なことをして! 獣将殿を誰の同席もなく呼びつけるなんて、一つ間違えれば国際問題よ!? どういうつもり?」
「まぁまぁ、落ち着いて。それとも月のもんか?」
ブランディオの言葉にウルティナが真っ赤になって、ブランディオの頬を張るべく手を振ったが、ブランディオはそれをへらへらとしたまま何度も避けていた。
「巡礼の番手はあなたが上でも、今夜の深緑宮の責任者は私よ? 一言、話くらい通しなさい!」
「そりゃあ悪かった。長くなるかもしれんし、疲れとるやろと思ってな。余計な気遣いやったか」
「報告くらいは聞くわ! 一つだけ確認するけど、誰かの命令なの?」
「まぁ一応な。誰のとは言わへんけど」
その言葉だけ聞くと、ウルティナはブランディオの横を通り抜けた。
「ならいいわ。問題だけは起こさないで」
「気になるんやったら同席するか?」
「それもいいわ。確かに私は明日も早いし、仮眠をとる時間なの。休ませていただくわ」
「寝る前に肌の手入れはするんやでー? 皺が増えとる」
「余計なお世話よ、誰のせいだと!」
乱暴に扉を開け閉めすると、部屋から出ていくウルティナ。それを見てロッハはややブランディオに同情した。
続く
次回投稿は、11/9(土)20:00です。