戦争と平和、その430~統一武術大会ベスト16終了後、ドルーと土岐伝蔵③~
「少年、面白い能力を備えているでござるな! それを体に模して、青年に見せかけていたでござるか。なるほど、途中まで上手く戦えていなかったのも納得でござる!」
「まぁ人形を操るようには上手く動かぬものでな。試合の最初の方で強敵に当たらなくてよかった。流石に貴様やメルクリードとトーナメントの最初の方で戦っていれば、勝つ自信はなかったからな。が、もう一つ修正しておきたいことがある」
「なんでござるか?」
「俺は貴様より遥かに年上だ。少年どころか人間からすればジジイだろうよ。お前の目が節穴だということは言っておきたくてな」
ドルーが踏み込んだ。正面からの剣を伝蔵が受け止め、そして笑っていた。
「そんなことでござるか! それがし、年齢や種族など気にせぬござる! 要は肉が柔らかいか、良い声で泣くか。それだけでござる! その点、畜生共では楽しめぬでござってな!」
「口を開けば下卑たことしか言えぬか、貴様!」
つばぜり合いを嫌う伝蔵が体格に任せてドルーを弾く。ドルーはなおも競り合いに持ち込もうとしたが、伝蔵の剣が形を変えながら構えられるのを見ると、踏み込みはためらわれた。
「知っているでござるか? 小鬼や豚鬼どもは意外に良い声で泣くでござる。奴ら、自分たちが襲うことは考えていても、襲われることは考えていないでござる。
奴らを組みしだいた時の顔は、それはもう傑作にござってな――」
伝蔵の声は続いていたが、ドルーはそれらの声を意識的に遮断した。これは伝蔵の策の内だ、会話することで意識を逸らし、自分の調子に持ち込む。わかってはいたが、つい反応してしまった。尋常の勝負が久しぶりだったせいか、自分もまた未熟だと痛感するドルー。これが姉シェリーとの手合せであれば、一瞬で意識を刈り取られるだろうと反省する。
ドルーは伝蔵の持つ妖刀に目を向けた。あの変形が伝蔵の意識を反映しているのか、あるいは妖刀の本能として変形し、自ら獲物を狙っているのか。そのどちらかで戦い方も変わるのだが、長期戦に持ち込むのは避けたいところだった。ドルーの知る範囲では、伝蔵の仲間がまだこの近くにいる可能性があったからだ。
ドルーは伝蔵の間合いを把握しながら、『どちらでもいい』ように考えを改めた。一瞬で相手を殺す必要がある。それと知らせずに、攻撃の予兆すらなく確実に殺す一撃を叩きこむ。考えられる手段は一つだった。
ドルーは脚を止め、両手の力をだらりと抜き、無防備な姿をさらした。
「ふぅ、まさかこんな下郎に出す必要があるとは――」
「観念したでござるか? ならば大人しくするでござる!」
「大人しくするさ。大人しくしないと出せないからな!」
好機とばかりに襲い掛かる伝蔵がふと気付いたのは、地面の先に当たるドルーの剣。だがドルーの剣は地面に当たっているだけではなく、まるで地面そのものに溶け込むように広がっているのが心眼で見えたのだ。
そして一瞬で夜の闇に剣が広がり、夜の帳そのものがドルーの剣となるまで、一呼吸すらかからなかった。
「あっ――」
伝蔵の心眼に隙がなくとも、いかに妖刀がその刀身を変化させようとも、周囲の闇そのものが剣となればどうしようもない。
伝蔵の体は瞬時に八つ裂きにされていた。
「見、事――さすが我が人生で一番のけ――」
首だけになった伝蔵がまだ何か言わんとするのを察し、さらに闇がその頭部を八つ裂きにした。
ドルーは闇から剣を引き抜いていた。
「尻か剣士か知らぬが、お前はもう一言もしゃべるな。それにしてもこんな奴に変化を解くことになるとは――やはり人間は侮れん。明日からの統一武術大会、今から再度体を構築をしても微妙に感覚が異なるだろう。
明日の相手はイェーガーの副団長か。その状態であの居合を出されればどうにならんだろうな――さて、どうするか」
ドルーは真剣な悩みのように困った仕草をしたが、見る者が見ればそれは明日の試合を楽しみにしているようにしか見えなかっただろう。
だがそんなドルーの元に、カラスの使い魔が訪れた。それが何を意味するか、わからぬドルーではない。
「主? なぜここに?」
「我が忠実な僕よ、火急の用だ。地下の遺跡に疾く参ぜよ」
「そんな、決して邪魔をせぬとのお約束では――」
「二度言わせるな、火急の要件である。全力で参ぜよ、ドルトムント」
それだけ言うと、使い魔は空に飛びたった。上空を旋回するところを見ると、案内するつもりだろう。ドルーことドーラであり、ドルトムントには他の選択肢などあろうはずもない。
「主よ、一度おっしゃたことを変えるとは、何がおありになったのか。だがしかし我が忠義に一片の曇りなし。もちろん参ずることは決まっておりますが、いったい何が――」
ドルーは使い魔が一度旋回する間に決意を固めると、急ぎ駆けだしたのである。
続く
次回投稿は、11/7(木)20:00です。