戦争と平和、その429~統一武術大会ベスト16終了後、ドルーと土岐伝蔵②~
「これだから人間は魔物よりも度し難い時があるのだ。今ここで始末しておく必要がありそうだな、下郎」
「たまらんでござるな、その物言い。その気概が折れ、許しを乞う姿を是非とも見たいでござる」
「もはやその口から漏れ出る言葉を聞くだけでも不快。疾く死ね!」
ドルーが先手を取った。予備動作なしからの高速の一撃。一撃で伝蔵の首を落とすべく斬撃を放ったが、伝蔵の長刀がきらめいてドルーを叩き落とした。
その鋭さにドルーがさらに警戒心を上げた。
「(なるほど、競技会とは別人だな。真剣を持つと集中力が上がる類の剣士か。あの長刀をあそこまで巧みに操るとは)」
ドルーは遊ぶつもりはない。鋭さを増す伝蔵の剣を見て、さらに速度を二段階上げた。防御のことなどほとんど考えない、捨て身に近い一撃。気配を断ち、音を断ち、先ほどまであった焚火を一瞬で消して、闇に紛れて最速の一撃を背後から放つ。
だがこれも伝蔵は叩き落としたのだ。これにはドルーも驚きの声を上げた。
「何っ!?」
「そこでござるか!」
伝蔵の肩関節が不自然な間での柔軟さを持って一撃を放つ。だがぎりぎりで躱したはずの一撃の軌道がさらに変化し、ドルーの右腕を奪っていった。
ドルーの右腕と剣が闇に消える。
「ぐっ!?」
「手ごたえありでござるなぁ?」
伝蔵の舌なめずりが聞こたえたような気がするが、ドルーは素早く飛んで気配を断ち、岩陰に身を隠した。まだ伝蔵の目は闇に慣れていないはず。即座の追撃はないと思われたが――
「そこでござろう」
伝蔵の剣が岩ごとドルーの左脚を持っていった。刀で岩を断ち切ることもそうだが、迷いない一撃にさすがのドルーの目算も外れた。体勢を崩して倒れるドルーに、岩陰からゆっくりと姿を現す伝蔵。
さすがに立つこともままならず後退するドルーに、余裕を持って伝蔵がにじり寄る。
「不思議でござろう? なぜ一撃を受けたのか、そして闇の中で正確に脚を狙えるのか」
「・・・そうだな。『妖刀』に『心眼』か。大したものだ」
ドルーがいち早く指摘した。その答えに伝蔵の方が驚いた。
「正解でござる! いやはや、これほど早く見抜かれるとはちとつまらんでござるな。ゆえに我が刀を受けることは不可能であり、闇もまた意味をなさないでござる」
「つまらなくて結構、貴様を楽しませるつもりなど毛頭ない」
その言葉に伝蔵がはー、とため息をついた。
「もうちょっと戦いを楽しんだらいかがかなものか。命のやり取りのひりつく緊張感は、決して他のものでは代用できぬでござる」
「悪いが生まれてこの方、戦いなど一度も楽しんだことがなくてな。修行では一度も勝ったことがないのに、いざ実戦で剣を振るえば百戦百勝だった。ひりつくほどの緊張感を持てるほどの相手と戦場で出会うことなどなく、ただ圧倒するのみだった。これで何を楽しめと言うのか」
「本当の強者に出会ったことがないからでござろう、それがしのような」
「悪いが、貴様ごときは吐いて捨てるほどいた。それらが束になってかかってきても負けたことがなくてな」
ドルーの言葉に、伝蔵がさすがに少々苛立ったか、額に青筋を浮かべていた。長刀も伝蔵の気分に合わせるように、形をぱきぱきと変化させ、まるで刀から刀が生えるかのような刀身へと変化していた。先ほど受けた攻撃の正体はこれだったのかとドルーは納得した。
「虚勢も過ぎれば滑稽にござる。右腕と左脚を失い、立つこともできない状況で吐く言葉ではないでござろう。自らの価値を貶める言葉は慎むでござる。それがしも萎えようというもの」
「それはいい、是非とも萎えてくれ」
「萎えれば気分を盛り上げるために手荒な手段に出ざるをえないでござる。それがし、バスケスのような粗暴な手段は嫌いゆえ」
どの口がそれをほざく、と言いたかったがドルーは笑いながらこらえた。確かに滑稽な格好と虚勢に見えるだろうなと、自分の姿を思い直したからだ。
「虚勢に見えるか――どうやらその心眼は真の心眼とまではいかぬようだな。俺の本当の姿はとらえぬか」
「ほほう、本当の姿とは?」
「こうなっては見せざるをえぬな。その程度には俺を追い込んだこと、褒めてやろう。明日からの戦いが台無しだが、どのみち詮無きことと諦めつつあったのだ。結果は変わらん」
ドルーの姿が黒く闇に解けると、体に巻いた黒い包帯が解けるように姿が変化した。そして後に残ったのは、確かに美少年が残った。
闇の中とはいえ、伝蔵の心眼は正確にその姿を捉えていた。想像以上の美少年に、伝蔵の涎がとめどなく漏れ出ていた。
「と、いうわけで、先ほど斬った手足は全てまやかしだ。本来の俺の姿には傷一つない。残念だったな」
「――よい、よいでござる! やはりそれがしの嗅覚に間違いはなかった! 我が人生一の美少年でござる!
さぁ、それがしの前にひれ伏すでござる! いや、無理矢理でもいいでござる! これなら三日三晩と言わず、七日でも十日でも夜通し楽しめるでござるよ! それがしが枯れ果てるまで満喫するでござる!!」
「・・・聞いてないか。まぁいいさ」
ドルーが右腕を伸ばすと、地面から剣がぬるりと出てきた。生えた、というよりは闇が形を成して剣となったようだ。それを見ても、伝蔵は驚かなかった。
続く
次回投稿は、11/5(火)20:00です。