戦争と平和、その428~統一武術大会ベスト16終了後、ドルーと土岐伝蔵①~
気配の持ち主は昨日倒した相手、土岐伝蔵だった。ドルーはその正体を確認すると、不快そうに草笛を風に流して捨てていた。
「何か用か、下郎。貴様のような者がいると、草笛の音も腐ろうよ」
「そう邪見にせず、仲良くしようではないでござるか、のぅ――『少年』?」
その言葉にドルーがぴくりと反応した。無言の中で殺気を揺らしながら、ゆっくりと立ち上がっていた。既に臨戦態勢に入ったことが傍目にもわかる。
だが伝蔵は持ち込んだ徳利から酒を飲むと、もう一つをドルーに勧めた。
「そう殺気立たずとも。統一武術大会はよいものでござるな、まさか脱走した生家近くの地酒が手に入るとは。二度と味わえぬと思っていたが、やはり慣れ親しんだ味はよいものでござる」
「もう一度聞くぞ、下郎。何の用だ?」
「当然、果し合いに。それがしも負けず嫌いでな、負けっぱなしは許せぬ。特に我々の仲間に弱者は不要、敗北が知られればどのみち制裁されるでござる。
だがその前に一つだけ確認しておきたいでござる」
伝蔵が自分の酒を飲み干すと、徳利を放り出した。そしてドルーに差し出した方もドルーが受け取らぬとわかると、そちらも詮を開けて飲み始めた。
「少年、その体は作り物でござるな?」
「・・・意味がわからん。体を作れるはずがなかろうが」
「方法はいくらでもあるでござる。人形遣いもいるし、他人の体に憑依する、魔術で操る。色々あるでござる。
だがその体は、本来の体に何かを上乗せして作ったように見えるでござる。いや、戦って感じたのでござる。今までの戦いがちぐはぐながらも勝ってこれたのは、その体に慣れていないにも関わらず、経験値が図抜けているから。合っているでござるか?」
「さてな。仮にそれが真実だとして、どうしてお前に教える必要がある?」
「もちろんないでござる。が、作り物の体で今宵のそれがしと戦えるとは思わぬ方がよいでござろう」
伝蔵が徳利の酒を腕に吹き付けると、腕を袖から引き抜いて上半身をはだけた。昨日とはまるで違う筋肉の隆起と、腰から抜いた刀の長さが伝蔵の本気を現していた。人を斬るには長すぎる刀身。馬、あるいはそれ以上を斬るための斬馬刀ならぬ斬鬼刀であることを知る者は伝蔵以外にはいない。
これにはドルーも自ら構えをとった。昨日の伝蔵とは別物だと察したのである。伝蔵は語る。
「勇者ゼムスの仲間の条件は至極簡単、圧倒的強者であること。それがしたちは人の倫理で生きられぬ屑であることは違いないが、ゼムスの庇護の元好き勝手やることを黙認されている。それがしたちが、誰も文句が言えないほど腕が立つからこその特権でござる。
逆に言えば弱者は不要。弱みを見せれば、喰われるが必定。それがしたちに敗北を与える者はこの世に生きていてはいけないでござる。たとえそれが偶然でも、不意打ちでも、紛い物だとしても」
「それで俺を殺すか。別に言いふらすつもりはないし、負けたことは競技会で知れただろうが。俺を殺す意味があるか?」
「さようでござるな。そう言われれば、さして理由はござらん」
「だったら――」
ドルーが苛立ちと共に言いかけて、伝蔵が急に舌なめずりを始めた。
「正直理由はどうでもいいでござる。それがしの本能が疼くのでござるよ。それがし、東の大陸ではほぼ追放された身でござってな。少々自らの趣味で行き過ぎて、追われる身だったのでござる」
「・・・据えた臭いがしていたな。あれは、まさか――」
「アルネリアは堅苦しい土地でござるなぁ――男娼宿の一つもござらん。ずっと我慢しておったのでござるが、もう限界でござるよ。
それがし、戦の腕前以上に極上の獲物を嗅ぎつける嗅覚には自信がござってな。その姿が紛い物であるとわかったのも、その嗅覚ゆえでござるよ。きっとドルー殿の臀も菊座も極上でござろう。早く味わいたくて、それがし限界にて早漏、いや、そうろう」
べろりと舌なめずりを再度すると、伝蔵から大量の涎が滴った。その様はまさに空腹の猛獣。それが盛っているのだから、発情したオークやゴブリンよりも始末に悪い。
ドルーでさえ怖気を覚えながら、剣を構えざるをえなかった。
続く
次回投稿は、11/3(日)20:00です。