それぞれの選択、その11~絡まる思惑~
「あの娘は・・・アルフィリースは生まれつき、我らの側の人間だ」
「・・・は?」
「忌々しいのは、あのアルドリュースとかいう小僧よ。あの小僧のせいで、若干ではあるが私の計画には狂いが生じた。計画に大なり小なりの齟齬が生じるのは仕方がないが、意図して妨害したのは奴だけだった。そういう意味では、あのアルドリュースこそが真の英雄だったのかもしれん。誰も気付かぬし、評価されることすらないがな。まあ結果として、もっとも望ましい形になるかもしれんのは皮肉なものだ」
「・・・おっしゃる意味がよく・・・」
「耳を貸せ、ライフレス」
オーランゼブルがライフレスに耳打ちする。その言葉を聞くたび、ライフレスの目が驚きに開かれる。
「貴方は・・・なんということを考えるんだ。さしもの残虐なアノーマリーやドゥームでも、そこまでは考えないぞ」
「私とてここまでやる気はなかったさ。だが目的のためだ、いたしかたあるまい」
「・・・なんと残酷な男だ。だが確かにもっとも効率的だな。そこまでして、最終的に貴方は何を考える? 先ほどは誰も気にとめてはいないようだったが」
だがその答えをオーランゼブルは言わなかった。
「今はまだ言えん。だが時が来ればわかることであるし、いずれ貴様も自然と悟るだろう」
「・・・まあいい。しばらくは大人しく言うことを聞いてやるさ。ということは、俺はアルフィリースの監視をすればいいんだな?」
「そうだ。そして必要があれば、彼女を手助けしてやるがいい」
「いいだろう。それが俺への罰だと言うのなら、あまんじて受け入れよう」
そうしてライフレスは踵を返すと、その場を後にした。後にはオーランゼブルが残るのみである。そして彼は誰もいないのを確認すると、誰に言うでもなく独り呟く。
「ふ・・・一度は肝が冷えたが、これで上手くいくだろう。まだアルフィリースを殺させるわけにはいかん。それにしてもライフレスめ、我が縛りにある程度でも抵抗できるとは、なんという精神力よ。記憶の一部を失っていてもそうとは、さすがに英雄王といったところか。
さて、もう一人の奴の元に向かわねばな」
そうしてオーランゼブルも姿を消す。だがそこに誰もいないことは確かだったが、その独り言を聞いていた者がいたことを彼は知らない。
***
所変わって、ここは最後まで姿を現さなかった少年の工房。工房といっても、書物や壁に殴り書きのように魔術式があるくらいで、アノーマリーのように実験を行っている形跡は全くない。むしろがらんとしていて、空疎な印象さえ受ける。さながら学者の私室の様相を呈する工房だった。そして、侵入者を妨げるような結界も皆無だった。
そんな工房で一人瞑想する少年。そこにふいとオーランゼブルが姿を現した。
「貴様、なぜ先ほど来なかった?」
「・・・行ってはいた。用事はアルフィリースを見ることだったから、彼女の無事を確認してそのまま帰っただけだ」
「なぜそのような勝手をする? 我々が何のために活動しているのか、言ってみよ」
「よせ、オーランゼブル。私に言語縛鎖は効かん」
少年のその一言に、オーランゼブルがはっとし、その後凄まじい形相で少年を見つめた。だが少年はいかにも飄々とその視線を受け流す。
「考えたものだ。『世界の真実の解放のために』というスローガンを鍵に用い、言葉を定期的に復唱させることで奴らが無意識に自分の命令を聞くようにしてある。なにかしら反発を起こしそうな時や、命令したいことがある時はその言葉を自ら言うか、あるいは相手に言わせることができればさらに効率的だ。実際奴らはそのスローガンだけに従い、実際のところ何を目標としてるのかすらわかっていないくせに、貴様の命令通りに動いている。かの英雄王ですらそうだからな。さすがは現代に生きる魔法使い。もっとも、そうでもなければ奴らが貴様に従うはずがなかろう。それでも今回のライフレスような暴走があったのだから、貴様としてもさぞかし肝が冷えたことだろう」
「貴様・・・何者だ?」
そこに来てオーランゼブルは初めて少年に警戒を示した。オーランゼブルは初めて少年が自分の前に現れた時を思い出す。初めはその少年の歴史に対する見識、そして扱う不思議な魔術に興味を示し、自分の仲間に引き入れることにした。そして少年に言語縛鎖をかけ、自分の意志に従っている、かと思っていた。
だがその実、少年には最初から言語縛鎖が全く効いていなかったことになる。ではなぜここにいるのか。その得体の知れなさに、思わず後ずさるオーランゼブル。その様子を見て、特に表情を変えるわけでもなく、淡々と語る少年。
「私が何者かは貴様には関係ない。名乗るつもりもない。だが、私が現時点では貴様に敵対する者ではないとだけ言っておこう。むしろ、状況次第では協力は惜しまん。貴様の読みと、真の目的は私にとっても望ましいことだからな」
「! 貴様!」
その瞬間、オーランゼブルが両手に火球と雷球を同時に作り出す。異なる元素の魔術を同時に使用する、超高等魔術。魔術の開祖ともいわれる、オーランゼブルだからこその芸当。しかし、
「よせ、無駄だ」
少年が掌をオーランゼブルに向けて握りこんだだけで、2つの球は弾けて消えた。その事実に、驚愕の顔をするオーランゼブル。
「な・・・」
「オーランゼブル、貴様はどうも自分以外の生物を見下す傾向があるな。かの真竜どもですら見下しているのだろう? 貴様は確かに魔術の開祖の一人だろうが、元はといえば貴様とて大した力も持たぬ生物にすぎん。たゆまぬ努力と思考により、ここまでの力を手に入れたにしろ、な。その事を忘れれば、いつか貴様は思わぬ者に足元をすくわれるぞ?」
「貴様は一体・・・」
「貴様には関係ないと言っただろう。話す気もない」
少年がゆっくりと立ちあがる。そして短距離転移で、オーランゼブルの目の前に現れた。驚くオーランゼブルの肩に手を置き、ゆっくりと言葉を放つ。
「ただ私達は目的だけが一致していればいい。心配せずとも、貴様が私の目的と異なる事をしたからといって、貴様を殺したりはせぬよ。だから私のことは放っておいて、計画を進めるがいい。私の力が必要なら相談するがいいだろうが、くれぐれも私に命令できるなどと思うなよ? では去れ・・・ここは私の領域だ」
その言葉を最後に、オーランゼブルが気がつくと少年は彼に背を向けて、何事もなかったかのようにまた座って瞑想をしていた。
その姿を見てオーランゼブルがどう思ったのか。苦々しげな顔をしつつも、彼はその場を後にする。そして彼がいなくなったのを見ると、少年は呟いた。
「さて、私はどうすべきかな。とりあえずアルフィリースは無事生き延びたし、やはり私の出番ではあるか。一度彼女に会いに行ってみるとしようかな」
そして再び少年は瞑想に沈む。彼の周囲には音は何一つなく、ただ静寂だけが少年を包んでいた。
***
少年の元を去ったオーランゼブルは、自分の工房に戻っていた。ヒドゥンにすら教えていない、彼だけの工房である。グウェンドルフ達と別れた後、彼は2000年の間、ここを拠点に活動したのだ。彼の思考を占めるのは、もちろん先ほどの少年のことである。
「何者だ奴は・・・一度調べねばならんな」
だが手掛かりがあるのかどうか。占星術を用いて、はるか先の出来事や、はるか昔の出来事を知りえた自分の魔法。そこにさきほどの少年のような存在の徴候はなかったのだ。
練りに練った計画。今更止まるとは思えないが、不確定要素は少しでも暴いておきたい。
「時間はかかるが仕方あるまい、占星術で調べることにするか」
オーランゼブルが最も得意とする占星術。彼は地面に座り込むと、周囲に大小様々の水晶の玉や輪の様なものをちりばめ、占星術を起動させる。すると球や輪がふわりと浮かび上がり、オーランゼブルを中心にゆっくりと回転を始める。彼の体は淡く光り、さながらその光景はオーランゼブルを中心とした、小さな宇宙のようだった。やがてオーランゼブルもまた宙に浮きあがり、周囲を回る水晶一つ一つと感覚をつなげていく。そして彼の感覚が宇宙を構成するように占星術に完全に沈みこんだ時、彼の影から浮かび上がる靄が一筋。だが占星術に集中しきっているオーランゼブルは、その靄に気付くことはなかった。
***
その靄が空中に霧散し、やがて戻っていったのはドゥームの所。彼もまた目を閉じて瞑想状態にあった。靄が戻ると、ドゥームもまた一息深呼吸をつく。
「ふう・・・」
「どう・・・?」
オシリアがドゥームを覗きこむ。最近はドゥームとオシリアは意志疎通に苦労が少なくなった。オシリアは頭もよく、明確な意思も持つためもはや悪霊とは言い難いほどの存在に昇華しようとしている。闇、と呼ぶには残虐すぎるオシリアは、死の上位精霊とでも呼ぶべき存在へと近づきつつあった。
「気になることをお師匠様は言ってたね。言語縛鎖とかなんとか。知ってる?」
「いいえ」
「まさか僕達が洗脳されてるなんてねぇ。僕としては洗脳されてようがなんだろうが、好き勝手やらせてもらってるからいいんだけどさ。まあいいように使われるのも不愉快だし、ちょっと調べて見ようか?」
「あなたがそう言うなら」
オシリアは首を縦に振る。その反応を見てドゥームはオシリアの頭をなでるが、その手はオシリアによってあらぬ方向に曲げられた。ドゥームは少し悲しそうな顔で腕を元に戻す。
「これが世に言うヤンデレって奴なのかな・・・でもデレの部分が全くない気がするのは気のせいか・・・?」
「?」
「気に入った女の子は皆僕につらく当たる・・・前途多難だな、僕も」
ドゥームがため息をつきながら歩き出した。その少し後に離れてオシリアが続く。ドゥームは最近の特訓も含めて、色々な能力の開発に余念がなかった。先ほどオーランゼブルの影に自分の一部を仕込み、耳に変形させて話を聞いていたのだ。生命兆候などは皆無だし、誰もドゥームにそんな能力があるとは思っていない。だからこそ話を盗み聞きできた。ドゥームは他の誰もが思うほど間が抜けているわけではない。いや、急激に成長していると言った方が正しいのかもしれなかった。
そんなドゥームがくすりと笑う。
「今さらあんな面白い連中を目にして、遊ぶなって言われてもねぇ・・・そんなの我慢できないっしょ? 特にリサちゃんとは是が非でも遊びたいし、オシリアや他の子たちもそうでしょ?」
いつの間にかドゥームの後ろにはマンイーター、インソムニア、リビードゥが歩いている。
「さて、お楽しみは後に取っておくほうが色々楽しいのは学んだし、これからどうしようかな・・・とりあえずは、僕は色々世間の事を知らないとね。情報収集は何に置いても基本になる。でも闇化もやらないとヒドゥンあたりに不審に思われるし、とりあえず皆で各地に散ろうか?」
無言で全員が頷く。そして彼女達が消えたのを見ると、ドゥームは満足そうに微笑んだ。
「ふふ、これから楽しくなりそうだ・・・人間の世界は面白いねぇ。どうなっていくのか先が楽しみだよ。ふふふふふ、あははははは!」
そうしてドゥームは高笑いをしながら悪霊達と共に姿を消すのだった。
第一幕 完
第二幕へ続く
これにて第一幕終了です。ここまで読んでくださった皆さんにまずは感謝の言葉を。
ここからの予定ですが、まずはまだ行われていない人物紹介を行った後、2日ほど開けてから第二幕に突入しようかと思います。最初は簡単に今まで登場した人物の整理をしようかと思います。また、第二幕も最初のシリーズは連日投稿を予定しております。
第二幕のサブタイトルは、「手を取り合う者達」です。どのような物語が展開されるか、また楽しみにしてください。作者も随時レベルアップしていきたいと思います。
さらに第一話から少しずつ、誤字・脱字を含めた文章を修正中。雰囲気は壊さない範囲で行いたいと思います。そちらの進行状況は活動報告なんかで。何か変更ありましたら、そちらで呟くと思います。
ここまでの感想・評価などあれば、お願いいたします。またレビューを書いてくださる方がいれば、ありがたい限りです。もし書いていただける方は、載せる前に私に一応メッセージを下さいませ。
それでは次回投稿は、4/24(日)11:00です。