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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
1888/2685

戦争と平和、その425~統一武術大会ベスト16終了後②~

***


 ディオーレが控室に引き上げると、そこには固まった表情のアレクサンドリアの騎士たちが並んでいた。彼らにとってディオーレは国家の支えであると共に、強さの象徴でもある。中には崇拝に似た感情を抱いている騎士も少なくない。

 ベテランの騎士でさえ、表情が引きつるのは避けられなかった。その中で師団長であるイヴァンザルドだけは冷静にディオーレの外套を手渡していた。


「お疲れさまでした、ディオーレ様」

「うむ、すまないな。力及ばず負けてしまった」

「いえ、アレクサンドリアの剣は見せることができたかと」

「他国が思い描く我々の剣――基本的な専守防衛の剣はな。しかしベッツの剣は確かに凄まじかった。他の者との兼ね合いがどうなるかだが、我が人生において最強の剣士と言っても過言ではないかもしれん」

「そこまででしたか」

「うむ」


 ディオーレは素直に賛辞を送り、イヴァンザルドは頷いた。


「だが戦場で出会えば結末はこうはならん。安心せよ」

「は、もちろんにございます。我々の本分は集団戦にありますれば」

「うむ、個人戦はレイドリンド家にやらせておけばよい。それよりも会議の行く末の方が大事となる。バロテリ公はどちらに」

「ここにおりまする、ディオーレ様」


 今回の使節団長であるバロテリ公が騎士の間から顔を出した。会議初日にはおどおどとした態度と表情だったが、いつの間にか堂々たる物腰に変化していた。背筋は伸び、たくわえた口ひげが似合うようになっていたのだ。

 会議を通じてバロテリ公は大きな失敗なくつつがなく交渉を進めていた。シェーンセレノやスウェンドルのように先んじて発言をすることはないが、冷静な話し口で堅実に交渉を一つ一つ終わらせていた。

 むろん経験のあるディオーレの助言があったことは言うまでもないが、全てに口だしをしていたわけではない。この会議でのバロテリ公の成長を見込んで、ディオーレも推挙した甲斐があったと思う。


「(若いうちに他国の重鎮と触れ合うことがまず大事だ。外交も実践ほど人を成長させるものはないからな。この使節団に参加した若い官僚がいれば、しばし内政は持ちこたえるだろう。辺境征伐に集中して終了させられれば、これからの動乱にも対応できようというもの)」


 ディオーレにはそのような意図があったが、先ほどのベッツの態度が気になっていた。会議も終盤のこの時期に及んで、何か言いたいことでもあるのだろうか。


「・・・会えば、わかるか」

「は?」

「何でもない。それより私には少々用事ができた。夕刻はしばし単独行動をとる」

「どちらへ?」

「秘密だ。とはいっても誰かどうせ尾行につけるのだろう?」


 ディオーレが意地悪そうに告げると、イヴァンザルドが無言で微笑んだ。


「ではイブラン、同行せよ。さほど時間は取らせぬ。留守はイヴァンザルドに預ける。バロテリ公、明日以降も天覧試合は続きまする。明日以降は私も補佐に専念しますゆえ、積極的に諸侯に接触いたしましょう」

「はっ、これは心強きお言葉。既に接触すべき諸侯には渡りをつけていますれば」

「これは頼もしい。明日の朝食を食べながらゆるりと打ち合わせをいたしましょう。ではこれで失礼」

「ディオーレ様、明日の組み合わせは見て行かれませぬのか?」


 ディオーレとベッツが去った会場では歓声とどよめきがおきていた。次の組み合わせが決まっているのだろう。だがディオーレにはさほど興味がなかった。明日になればわかることだし、どのみち補佐をしながら閲覧することになるからだ。


「――明日になればわかることだ。それより流石に疲れたのでな、少々休憩をいただくとしよう」

「しかしディオーレ様は――」

「おい!」


 なおも何か言いかけた若い騎士を同僚が諫めた。ディオーレは大地の精霊騎士。大地ある限り傷は即座に癒され、疲労もほとんど感じることがない。そのディオーレが独りになりたい時は、湯浴みと睡眠の時くらいである。

 婦女子の領域に踏み込みかけた騎士は顔を真っ赤にして恥じていた。


「も、申し訳ありません!」

「よい。各々適宜休みを取れ。これは会議でもあり、祭りでもある。少々楽しむことくらい、誰も罰しはすまい」

「では、お言葉に甘えさせていただきましょう。各自、3交代にて休息を――」


 イヴァンザルドが指示を飛ばすのを聞きながら、ディオーレは控室を後にした。もちろん試合に負けたことが悔しくないわけではない。悔しさに、左手の拳にはいつの間にか力が入っていた。

 だが女性部門ではまだ勝ち抜けており、明日以降もまだ試合がある。そして会議もまだ終わっていないのだ。

 傍についているイブランと歩きながら、小さな声で問いかけた。


「頼んでおいた件、調べられたか?」

「はっ、確かに動きがありました。ディオーレ様の読み通りにございます」

「ならば何かあるとすれば、今夜か。丁度よかったのかもしれんな」

「はい。念のためカリオン、ミゲルをこちらに呼んでおきます」

「頼む」


 自分にとっての本番はここから――ディオーレもまた、一つの覚悟と共に歩き出していたのだった。



続く

次回投稿は、10/27(日)21:00です。

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