戦争と平和、その423~統一武術大会ベスト16、ベッツvsディオーレ⑤~
ディオーレの風船は残り二つ。だがディオーレはそれらを守っているわけではない。ベッツもまた、風船破損による勝利を考えているわけでははなさそうだ。ディオーレはひたすらに守り、ベッツはディオーレを打ち据えた。
「あれだけ打ち込んで、よく木刀が折れませんね」
「素材もいいかもしれないが、剣の振り方が常に一定で無駄がない。それに力任せの振りでもない。だからだろう。
先の試合ではディオーレ殿は相手の武器破壊を狙っていたが、今回は無理だろうな」
ミューゼの疑問に、ドライアンが答える。気功を武器に纏わせる方法もあるが、そんなことをすればディオーレの体が両断される可能性もある。気功を纏わせた武器は、真剣以上の破壊力を持つこともあるのだ。
「(もっとも、そんなことをすれば気功の使い過ぎで既に倒れているだろうがな。自分以外の装備にまで気功を浸透させれば、消耗度は十倍を優に超える。気功とはそこまで万能な技術でもない。
だがあれだけ一方的に打ち据えながら風船を全損させないとは、ベッツとやらは時間切れではなく、正当な果し合いとして決着を望んでいるのか。果たしてそう上手くいくかな?)」
ドライアンが見守る中、ベッツの攻撃がさらに激しさを増す。もはやディオーレの衣服はぼろきれのようになり、素肌が露わになり始めていた。だがむしろこうなると、防御しているディオーレの技術が異常なのではないかと観客も気付き始める。
そしてこういった場合、多くは劣勢の方へと応援は向く。まして劣勢なのが人気のディオーレならなおさらである。
「ディオーレ様ー!」
「反撃しろー!」
「負けるなー!」
観客の声援に応えるようにディオーレの守りが精度を上げる。ディオーレは精霊騎士になるまでは剣の才能などないと言われ続け、拷問のような剣の稽古を受け続けた日々をふと思い出して、笑みがこぼれた。あの時は連日同じような状況だった。それに比べれば、この攻撃も試合時間と共に終わるのだ。これしきの猛攻を受けることなど、造作もないと思えた。
ディオーレがちらりと残り時間を見る。もはや砂時計は落ち切る寸前だった。このままでは試合の負けは確定的であるが、勝負そのものに負けるわけではない。かつてベッツとかわした約束は、敗北が明らかになる時点まで。このままであれば、試合には負けても勝負に負けるわけではない。
それに、ベッツの戦い方を見る限り、これを試合とは思っていない節がある。ディオーレ本来の、精霊騎士として戦い方をベッツは知っている。今までディオーレに打ち込んだ攻撃が、本来であれば一発も有効打になっていないことくらい、ベッツは承知しているはずなのだ。
既にベッツの攻撃は飽和状態に達している。油断さえなければ防ぎきれる――そう考え、砂時計が落ち切る直前を目にした。
「(勝った!)」
ディオーレがそう考えた瞬間、ベッツの木剣がディオーレの喉元に突きつけられていた。それが一体何を意味するのか。本当の意味で理解していたのはアレクサンドリアの関係者を含め、わずかだったかもしれない。
「それまで! 勝者、ブラックホークのベッツ!」
風船による失点から、試合の勝者はベッツとなった。そして勝負の勝者もまたベッツである。試合ではなく勝負の成り行きをみていたわずかな者たちも、最後のベッツの攻撃の瞬間に何が起きたかを理解していた者は一人もいなかった。
ディオーレは面喰ったように目を見開き――そして結果を受け入れた。
「――そうか。まだ最大の攻撃ではなかったのか、恐れ入った。反撃もできないほどの攻撃がまだ全力ではなかったとは」
「ま、これも統一武術大会限定の試合でしょうけどね。魔術でも魔法でもなんでもありになれば、俺は勝てないでしょう」
「そうかな? なんでもありなら、それこそそなたの戦いは鋭さを増しそうだがな」
「その辺はご想像にお任せしますよ。それよりも、約束――守ってもらいますよ?」
ベッツの言葉とは裏腹に、視線に鋭い何かを感じてディオーレは神妙に頷いていた。
「――ああ、約束は守る。どこで落ち合う?」
「俺の宿――と言いたいところですが、ちょいと間借りをしようと思います。この後、アルネリアの正門前で」
「いいだろう」
ベッツはそれだけ告げると、膝をついて伏していたディオーレの手をとって起こし、二人で万雷の拍手を送る観客に向けてしっかりと応えてから控室に戻っていった。
二人が去って行っても、まだ観客の興奮は収まらない。優勝候補筆頭のレーベンスタイン、ディオーレが敗北し、残ったのは全員が傭兵ないしは流れの剣士という大会。大荒れではあるが、観客の興味も、彼らのことを今まで知らなかった諸侯たちもこぞって優勝争いを予想していた。
そしてこの後、明日の準々決勝の抽選が行われるのである。
続く
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