戦争と平和、その422~統一武術大会ベスト16、ベッツvsディオーレ④~
「それで前の人に汁がかかるが、びっくりして振り返えった時に隣に座っている子どもの頭を肘で打って、さらに隣にいる親が怒りますよ」
「・・・」
ベッツの言う通り、ベッツの背後で物事が進行していく。ディオーレは徐々にベッツのことが恐ろしくなっていた。同時に、構えから迷いが抜けていくのも感じていた。
「・・・恐ろしい男になった、お前は。これほど対峙して恐怖を感じるのは、精霊騎士になりたての時に辺境の魔王と対峙した時くらいか」
「それ、褒められていますよね?」
「無論だ」
ディオーレから殺気が消える。一瞬理由がわからなかったベッツだが、勝負放棄というわけではなさそうだ。現に、ディオーレはまだ構えを解いていない。
「(なるほど、自分の殺気を抑えて、最大限相手の予兆を察するという方法か。さすがディオーレ様だ。もう対処方法を探るとは。自分のことを凡才だの非才だの言ってましたけど、やっぱり貴女が素晴らしい騎士なのに変わりはないですよ)」
ベッツは改めて感心しながら攻撃を開始した。ディオーレはただベッツの攻撃の予兆を感じることにのみ集中し、反応する。反応の仕方は、今まで体に染みつかせてきた剣の型に任せる。
観客は不思議な光景を目にしていた。ベッツの攻撃は速いが、ロッハやヤオに比べれば遅いのは明白だ。なのに見えない。ディオーレが防いだ攻撃は見えるのだが、ディオーレが受け損ねた攻撃を見ることはできないのだ。
ベッツとディオーレの攻防は一見互角に見えた。だがディオーレの体につけている風船が次々に割れていく。そして打ち込まれているのがわかるように、ディオーレの服が徐々に破れ、目に見えて肌に打ち身が出来、腫れてきていた。
アレクサンドリアの騎士達が思わず身を乗り出してディオーレを心配そうに見守る。
「何が起きている?」
「わからん。だがディオーレ様でも受けきれていないのは事実だ」
「一方的なのか?」
「だがまだ勝負は捨てていらっしゃらない」
イヴァンザルドが冷静に戦いの成り行きを見守っている。そしてゴーラが一番早くこの事態の原因に気付いた。
「なるほどのぅ・・・」
「ゴーラ様はこの事態の理由がおわかりで?」
イェーガーに入団届けを出そうとして、場所を知らなかったと戻ってきたシャイアもまた食い入るように試合を見つめていたが、何が起きているが全くわからない。だがゴーラをして、初めてみる光景だったのだ。
「この状況を正確に言い表す言葉を持ち合わせぬが、近しい訓練を経たことはあるし、同じ領域に達した剣士を見たこともある」
「それは一体?」
「真冬の極寒の地で裸にて死なぬ者、灼熱の砂漠を水も飲まずに歩いて渡る者、洞窟に一月籠りて飢えぬ者。皆等しく気功を極めし者として説明がつく。だがそれよりさらに先があるのだ。かつて立ち合いをした剣士二人の未届けを頼まれた時、ワシは確かに見た。
互いを終生の敵と認めた剣士だった。若い頃は手合せをしたが、やがて数年に一度顔を合わせるだけとなった。老齢となり、既に世に未練がないと悟ったのか。剣一本を持って枯山の頂上に上ったのだ。
ワシが約束があるのか、と問うと、そんなものはない、と答えた。だが相手は必ず来る、もう数日前から呼んでいるのだから、と答えた。最後の決闘を見届けてほしいと。ワシは男が狂ったのかと思ったが、一刻後に相手の剣士は現れた。文も人を遣るでもなく、相手が同じ場所に来たのだ。
そこで剣士二人は薄く笑うと剣を抜いた。剣を抜いて構えると、夜が明けるまでそのまま微動だにしなかった。そして夜が明けると共に、互いに剣を振り下ろすと、再び微笑んだのだ。そして同時に倒れて、死んだ。
ワシにはわけがわからんかったが、確かなことは互いに外見には傷一つなかったのだが、内臓は深く一刀両断されていたことと、互いに非常に満足した顔で死んでいたことだけだ」
「・・・何が起こったのです?」
「何かの領域に達した、達してしまったとしか言いようがない。ワシはまだその領域に達しておらぬ。それがまだ拳を鍛える理由でもあるのだが」
ゴーラは口にはしなかったが、おそらくティタニアはその領域に達していると思われた。なぜなら、シャイアには言わなかったが、バスケスがティタニアと立ち会った後に倒れた――おそらく死んだのは――ティタニアが同じような技術を使ったからだと思っている。
そうなると、あのベッツとかいう剣士は齢50そこそこにして、ティタニアに近しい領域に踏み込んでいると推測される。恐ろしいまでの剣才。ゴーラは唸っていた。
「あの剣はワシがそこにいても、おそらくは防ぐことができまい。あの剣を防ぐには、同じ領域で周囲を理解していなければできぬ。なぜなら、剣を振る前から斬ることが確定しているようなものだからだ。
ディオーレは今できる全てで防いでいるが。真剣ならとうに死んでいる。いや、木剣ですらベッツがその気なら死に至らしめることができるやもしれん」
「その領域に達するには何が必要なのですか?」
「それこそあのベッツとやらに聞いてみるがいい。ワシが知る限り、歴代最高の人間の剣士だ」
が、最高と最強は違う――そんなことをゴーラは考えていた。ディオーレもそのあたりを理解しているのか、それとも別の理由なのか、まだ抵抗を続けている。そして相手が諦めない限り、戦いというものは何が起こるかわからない。
続く
次回投稿は、10/21(月)21:00です。