戦争と平和、その419~統一武術大会ベスト16、ベッツvsディオーレ①~
「じいさん、勝算は?」
「知るかよ。昔は雲の上の人だった騎士が相手だぜ? 俺如き小僧が、そうそう手合せなんてしてもらえる立場じゃなかったんだ。何度か手合せした時にゃ、だいたいこてんぱんにされたよ」
「弱腰っすね。こりゃあダメかな――」
とレクサスが言いかけて、ベッツの背中から湯気が立ち上っていることに気付くレクサス。まだ寒いとは言えない季節で、普通なら湯気が昇るような気温ではない。これはベッツが十分な準備をしてきた証拠であり、また背中が一回り大きく見えることからも、筋肉が隆起していることがわかるほどだった。
「(――なーんて、勝つ気満々じゃないっすか、爺さん。それに、その恰好して本気じゃなかったら、ヴァルサスになんて言われるか)」
「さて、行くか。ちょいとでも差が縮まっているといいんだがな」
「そうっすね」
普段口うるさいレクサスも、多くは語らずベッツの背中を軽く叩いて送り出した。対するディオーレ側では、取り巻きの騎士たちがディオーレの無事と勝利を祈っている。
「ディオーレ様、ご武運を」
「必ずや、その手に勝利を」
「ふふ、必ず勝利するかどうかはわからん。誰もが勝利のために必死だから、勝負の場は何が起こるか常にわからないものだ」
「ご謙遜を。貴女に正面から剣だけで勝てる者など、我がアレクサンドリアでも数えるほどしかおりますまい。常勝将軍の名は伊達ではございませんぞ」
部下達の評価に、ディオーレはふっと笑った。
「私は常勝ではないよ、ただ負けないことに長けているだけだ。それに剣技も大したことなどない。才ある者たちを数多くこの大会で目にして、歯ぎしりする毎日だ」
「そんなことは――」
「あまり私を過大評価するな、それはお前たちの眼を曇らせる。私は所詮一介の武人に過ぎぬのだ。ただ――」
「ただ?」
「非才の身ゆえに、誰よりも努力をしてきた自信はあるがな。安心しろ、そう簡単に負けはせんよ。誰が相手だとしてもな」
ディオーレの言葉に安堵するのは、彼女と共に長年戦場を駆けてきた者たち。ディオーレは決して大きなことを言わない。過度の謙遜もしないが、自らの功や実力を誇ることもしない。現にアレクサンドリアにおいて剣の腕でディオーレの右に出る者はおらず、魔術は言わずもがな。
ただディオーレが言うように、魔術が使用できない状況でならどうなのか、というのは誰もが気にしてきたところだった。大地の精霊騎士であるディオーレは尋常ならざる腕力を誇るが、体格そのものは成人にしても小柄な少女に近しいものである。魔術の補佐失くしてはさほど腕力に優れるとも思えない。もちろんここまで勝ち抜けている実力は疑いようもないのだが、アレクサンドリアの他の騎士が勝ち抜けないほど今回の統一武術大会は強者が揃っている。やはりどこかしら不安が拭えないのは、ここまでの戦いをそれぞれが肌で感じていたからであろうか。
ディオーレがツインテールを揺らしながら競技場に登ると、そこにはウルティナが審判として待っていた。まだ相手の仮面の剣士の姿は見えない。ウルティナがディオーレに軽く一礼をする。
「ここにいらっしゃる姿がお似合いですわ」
「ありがとう。だが審判が肩入れするような発言をしてもいいのかな?」
「判定に肩入れすることはありませんわ。それよりも世の中で最も成功した女性の一人として、私は個人的に貴女を尊敬しているだけです」
「成功ね。そんな単純なものでもないと思うのだがな。それに、最も成功した女性というなら、アルフィリース殿も入ると思うが?」
ディオーレの発言に、ウルティナは首を傾げた。
「傭兵が成功? おっしゃる意味がわかりかねますが」
「ふふ、まだそういう認識なのだろうな。アルフィリースが今成していること、そしてこれから成すことの意味を理解している者は少ないだろう。
だが、これから必ず彼女の時代が来る。私を称賛してくれる者はいまだに多いが、時代は変わる。彼女の動向に注目しておくといい。無論、私もただ時代に取り残されるつもりはないがな」
「はぁ・・・」
ウルティナはまだよくわからないと言った顔でディオーレの言葉に耳を傾けていたが、そうする間にも対戦相手の仮面の剣士が段上に進んできた。ここで観客がまたざわついた。仮面の剣士であるベッツは仮面を外し、素顔のまま上がってきたからである。それだけではなく、ブラックホークの証である黒衣のコートを纏っていたのだ。
これに多くの観客がどよめき、大会本部から走り寄ってきた役員がウルティナに紙を渡していた。ウルティナもそれを見てぎょっとした。一人平静なのはディオーレだけであり、ベッツに穏やかな表情で話しかけた。
「素顔を晒したか。その覚悟があると?」
「覚悟っつーか、仮面があると視野が狭いもんで」
「小僧みたいな口調に戻っているぞ?」
「そりゃあ、あんたにかかりゃ誰でも小僧でしょうよ。ただ、ちょっと今日の小僧は強いかもしれませんよ?」
「ほぅ、楽しみにしていよう」
薄くディオーレが笑うと、二人は審判の忠告を聞くことなく距離をとった。これ以上間合いを詰めていると、切り合いが始まってしまいそうなほど殺気を発していたのだ。
ウルティナは慌てて渡されて紙に書いてあった内容を読み上げる。
続く
次回投稿は、10/15(水)22:00です。




