それぞれの選択、その9~行くべき道~
「私は彼に対抗できる勢力を作ろうと思う。それがどのような形になるかはわからないけど、私一人ではきっとどうにもならない。今回のように私自身が呪印に引き摺られるような事だって起こりうるし、恥ずかしい話、さっきだってミランダに手を握ってもらわなかったら立ってるのもつらいくらい、オーランゼブルに恐怖していた。はっきりわかるわ、私は彼に勝てない。どうして勝てないのかはわからないけど、そう本能が告げている。
だから、私は彼らに対抗できるような仲間を沢山集めないとだめ。彼らが私達に明確に敵対しないうちに。少なくとも今、彼らの危険性に気が付いている数少ない人間だと思うの、私達は。私達がやらなくてもどうにかなるかもしれないけど、どうにもならなかった時に後悔だけはしたくないの。それが私の考え。
・・・だからここから先、私の歩む道のりは非常に厳しいものになると思う。それこそ命も安全も保障できない。だから、この話に乗ってもらわなくても一向に構わないわ。降りるなら各人の判断で降りて欲しいし、責めはしないわ」
「それで、具体的にはどうするのさ?」
ミランダがアルフィリースに問いかける。アルフィリースは目を閉じ、やがて口と共にゆっくりと開いた。
「傭兵団を作るわ。私と共に戦ってくれる人を探すの。最初は国に仕官することも少し考えたんだけど、それでは肝心な時に自由がきかないし、なにより狭い世界にこもってしまうことになるわ」
「なるほど。じゃあアタシの意見を言おう」
すかさずミランダが口を開く。
「アタシは傭兵団には参加できない」
「そう・・・」
アルフィリースが目に見えて落ち込んだ。表面上は冷静を保ったが、落胆したのは誰の目にも明らかだ。立場上ミランダが参加するのは厳しいと誰もが思いつつも、ここまでミランダがきっぱり断るとは思っていなかった。思わずニアやリサが身を乗り出しかける。
「何しょげた顔してんのさ、アルフィ。人の話は最後まで聞くもんだよ」
「え?」
「アタシは参加できないけど、うちの最高教主を説き伏せようと思う。それでアンタの傭兵隊に協力する専属の部署を、アルネリア教会に立ち上げるのさ。そういう話なら、最高教主も乗るだろう。どのみち、今回の件では既にアルネリア教会に動きが見られる。それにアルネリア教会は、各国の魔物討伐なんかには援助をするんだ。別に対象が傭兵団でもおかしかないさ」
「ミランダ、それじゃあ」
「アタシはそこの長に就任するように働きかける。あんたの傍にいるよ、アルフィ。親友だろ?」
その言葉にアルフィリースが涙した。初めてアルフィリースが人前で見せる涙だったかもしれない。もちろん、寝ている時にうなされて見せる涙は別として、である。
「ミランダ・・・私・・・」
「何も言わなくていいよ。アタシが選んだ道だから」
「うん・・・うん・・・ありがとう、ミランダ」
「アルフィ、我も同じ気持ちだ」
涙を隠そうともしないアルフィリースに、さらにエアリアルが続く。
「我の命、アルフィが好きな時に好きなように使うがいい。外の世界には騎士というものがあるらしいな。我はアルフィの家族であり、騎士でありたい。もしよければ、我を受け入れてはくれないか?」
「そんな、エアリー・・・貴方ならもちろん歓迎よ」
「ちなみにリサも同じ気持ちです」
リサもエアリアルにすかさず続く。
「リサは放っておいてもあの変態少年の的にされるでしょう。それなら、こっちから出て行って倒すまでです。リサをただの大人しい美少女だと思ったら、大間違いなのですよ」
「リサ殿。その件に関して、私から一言」
意外な事に、楓が自分からリサに口を聞いた。
「これを私の口から言うべきかどうか悩んだのですが・・・リサ殿はそれでなくても、無関係ではないのかと」
「どういうことですか、楓?」
「実はリサ殿が預けていた子ども達が、あの少年に襲われました」
リサが今度こそその場に立ちあがる。顔は真っ青で、唇はわなわなと震えていた。
「なん・・・ですって!?」
「ですがご心配なく。誰一人、傷一つ負っておりません。むしろ、あの少年に傷を負わせました。確か、ジェイクという少年でしたか」
「ジェイクが?」
今度はリサは目を丸くした。そして、複雑な顔をしている。ジェイクが成長していて嬉しいような、無茶をするのが心配なような。それは恋人というよりも、母にも近い心境だったのかもしれない。
「ジェイク少年は見事彼を退けるのに一役買い、結果としてあの少年の恨みも買いました。ですから・・・」
「いえ、楓。十分です。全てジェイクが選んだ選択なら、リサはそれを尊重するまで。あの子も男の子です。自分の行動に責任のとれない男にはしたくありませんから。むしろ話してくれたことに感謝します」
「はい」
それきり楓はぴたりと黙ってしまった。リサもまた、感慨にふけるように、目を閉じ俯いている。そこに発言したのはニア。
「私にも決心したことがある。アルフィ、聞いてくれるか?」
「いいわよ?」
「私はグルーザルドを抜ける」
その発言にまたしても全員が驚く。何かを言いかけるアルフィリースを、ニアは手で制した。
「これは腕を落とされて寝込んでいる間、ずっと考えていたことなんだ。アルフィには少し話したな、私は軍人であることに迷いがあると。こんな迷いを抱えたまま、戦場に出ることはできない。それに奴らの事を知ってしまったら、自国のために戦場に出ている場合じゃないくらい、私にもわかるさ。まあ私なんかにいかほどのことができるか、全く知れたものじゃないがな。加えて、今の私にはカザスのこともある。彼は私のためなら今の立場を捨てるとまで言ってくれたが、カザスと一緒にいるなら、私がカザスの元に行く方が上手くいきそうだ」
「ニア、いいの?」
「いいさ、もう決めたことだ。エアリアルと同じく、私にも決断の時期だったんだよ。それに私もアルフィのことは親友だと思っている。同じ戦うなら、目に見える者を守るために戦いたい性分なんだ。ようやくそれがわかったよ。
だけど参加するのは少しだけ待ってくれないか。一度グルーザルドに赴き、正式に除隊手続きを踏まないといけない。私が参加するのはそれからだ。それでもいいかな?」
「もちろんよ。ニアならいつでも歓迎するわ」
アルフィリースが笑顔をニアに見せた。その時ユーティが突然叫ぶ。
「これでアタシが行かないって言ったら、完全に悪者じゃない! いいわ、ついて行ってあげるから、感謝なさいよね!」
「ユーティ、無理しなくっていいのですよ。そんな取ってつけたようなツンデレ妖精はいりません」
「だいたい『つんでれ』は私の専売特許だ!」
「うるさいわよ! アタシにはアタシの事情ってもんがあるのよ! アルフィ、アタシはあんたがイヤって言っても、ついて行くからね!?」
ユーティがアルフィリースの方を指さして宣言する。それを見て、アルフィリースは苦笑交じりに頷いた。
「ええ、ユーティ。歓迎するわ」
「さて、問題は楓とラーナか」
ミランダが2人を見る。だが2人の返事は早かった。
「私はアルネリア教会に仕える者。ひいてはミランダ様に。そのミランダ様が力をお貸しする方なら、私とて協力するのに吝かではありません」
「私もです。まだ皆さんのお仲間になって一日もない私ですが、アルフィリースさんのために尽くさせていただきます」
その言葉に楓はともかくとして、ラーナが即答したのは、アルフィリースにとって意外だった。
「ありがたいけど、でもラーナはどうして?」
「私にはそれほどの正義感があるわけではありません。しかし、フェアトゥーセ様からは、困った人は助けるものだと教えられてきました。それに、アルフィリースさんを看病している時に、あまりにうなされるので、申し訳ないとは思いながらも、少し淫魔の力を使って夢を覗かせてもらいました」
ラーナが申し訳なさそうに告げる。アルフィリースにはもちろん記憶にないことだ。
「え、それって・・・」
「はい、少しですが、アルフィリースさんの過去を覗いたことになるかと。もっとも夢は夢。どこまで事実かはわかりませんが、ずっと繰り返されている夢のようでした。嫌に場面の記憶が濃かったので、おそらくはずっと子どもの時から同じ夢を見ておられているはず。違いますか?」
「それは・・・その通りよ。起きて覚えているかどうかは、また別だけど」
アルフィリースが一転、真剣な目でラーナを見る。ラーナは悲しそうな目で、アルフィリースを見た。
「それはさぞおつらかったでしょう。その時はフェアトゥーセ様の指示で誘惑の魔術をかけないといけなかったこともありますし、また他人の夢は許可なく操作してよいものではありませんから、全く手はつけなかったのですが、今度からはご要望とあらば、私が夢見を良くすることはできます。必要があれば言ってください」
「それは嬉しいけど、その事と私に協力する事と、どう関係が?」
「私は淫魔の血を引いていますから夢の事に多少詳しいですが、あの夢は何か不自然です。その事がどうしても気になることが一つ。また先に述べた通り、私も外界に出たばかりで行くあてもないことが一つ。フェアトゥーセ様に言われたことも一つ。あと一つは・・・」
「あと一つは・・・アルフィリースさんは、私の理想の方ですから」
「・・・・・・は?」
アルフィリースがイルマタルを抱いたまま固まってしまった。そしてそれは全員が同じである。対してラーナは顔を赤らめ、両手で顔を覆っていやいやをしている。重大な事をつい言ってしまったかのような仕草だ。
かろうじて冷静を保っているユーティとリサが、こそこそと話している。
「(ねえねえ、ラーナってそうなの?)」
「(冗談を言う人には見えませんが)」
「(そうなんだ。淫魔って、男でも女でもどっちでもよいとは聞くけど、まさかねぇ。まあアルフィって、一見凛々しい顔立ちだもんね)」
「(確かにそれはリサも認める所です。そして中身はあのヘタレ。さらに弱っている所をラーナは見たわけですから、その差にくらりときたのでしょう。アルフィも前途多難ですね)」
さしものリサも、イルマタルの件に加えてこの出来事が続くと、アルフィリースが不憫でからかう気にもなれなかった。
そしてラーナはずっと照れっぱなしである。
「アルフィリースさん、私は子どもがいても気にしません。一緒にイルマタルを育てましょうね」
「え・・・うん・・・頑張る、私・・・(師匠、段々まともな世界が遠のきます、私)」
アルフィリースが完全に放心状態になった。彼女が正気を取り戻すのは、しばらくかかった。
***
そして、アルフィリースが何とか思考能力を取り戻してからのこと。既に全員が出立の準備をしていた。アルフィリースは少し皆から離れ、グウェンドルフに相談する。
「グウェン、イルマタルはこのまま預かってもいいの?」
「ああ、むしろそうした方がいいだろう。生まれたばかりで大した力も持たないとはいえ、この子も真竜の一族だ。この子に手を出すことは、真竜全てを敵に回すことを意味する。そんな無謀は、彼らもそうそうやらないだろうから、いい抑止力になるだろう」
「そうじゃなくて、私はこんな幼い子を戦いに巻き込むのは忍びないのよ」
アルフィリースがイルマタルの頭を撫でながらグウェンドルフを見上げる。そのイルマタルを心から案じるアルフィリースの瞳に、グウェンドルフがふっと笑う。
「そうか・・・君はそういう優しい子だったね。でも心配はいらない。その子は君といるのが一番幸せなのさ。本人が事情をよくわかっていないとしても、母と子を引き離すのはやはりよくないよ」
「でもこんなに幼いのに! 死ぬ可能性だってあるわ」
「死が必ずしも不幸せだとは限らない。大切な物が奪われることは、死に勝る苦しみになることもある。それが嫌なら、彼女が大きくなって正常な判断ができるようになるまで、君が死なないこと。それが大切じゃないのかな?」
「それはそうだけど・・・」
アルフィリースはまだ迷っているようだ。決して、イルマタルの事を邪魔だとか思っているのではない。純粋に幼い子を戦いに巻き込むことに、負い目をアルフィリースは感じているのだった。グウェンドルフもそれがわかるからこそ、アルフィリースが愛しかった。
「少なくともアルネリアまでは僕が同行するよ。それにアルネリアについてからも、注意して君達のことは見守ろう。もっともオーランゼブルとの契約は私にもその状況がわかるから、契約が破られるようなことがあれば、即座に私がかけつけて奴らから君達を守るさ」
「本当に?」
「本当だとも」
その言葉を聞いて、アルフィリースは多少安心したようだった。気を取り直して皆の元へ行こうとする。その時、ふとグウェンドルフが後ろからアルフィリースを呼びとめた。
「アルフィリース、すまない」
「何が?」
「ほとんど全てを知っていながら、何も言えないことさ」
「そんなこと、しょうがないわよ。グウェンだって苦しいんでしょう? 多少は貴方の性格を知っているつもりよ、私も」
アルフィリースがグウェンドルフにウインクをしてみせる。その姿を見て、グウェンドルフは言わまいとしたことを口にした。
「・・・ありがとう、私は君に救われているな」
「そうだとしたら、お互い様よ」
「では、君にもう何点か告げておかなければならないことがある。これは私個人からの助言だ」
アルフィリースが足を止め、グウェンドルフの方を振り向く。
「アルドリュースはこの事態を想定していた。私が君を守る事になるであろう、この状況を。だからこそ、君に私を引き合わせ、また小手に私の鱗を加工したのだろう。その小手はアルドリュースの自作だからね」
「!」
「彼が何を知っており、何を思い、何をしたかったのかは正直な所、私も知らない。だが私が彼に言われたのは、アルフィリースに何かあれば不幸な人間が多く出るかもしれない。それ以上に彼女を不幸にしたくないから、無理な願いと知りつつも、君を注意して見ていてくれと頼まれた。図らずしてそうなったわけだが・・・」
だがそこでグウェンドルフはある可能性を思いつく。図ったのはあるいはアルドリュースではなかろうか? 自分が寿命でやがてアルフィリースを守れなくなることを知り、代わりに真竜である自分が嫌でもアルフィリースを守らざるをえなくなるよう、そう仕向けたのではなかろうか。何より、アルフィリースに明確な説明をする前に、自分の留守中にアルフィリースがこっそり忍び込んで卵を温めるなど、よくよく考えれば都合がよすぎたのだ。もしかすると、アルドリュースがそれとなく、そういった展開になるように仕向けていたのかもしれない。
「(私の知る限り、アルドリュースは清廉潔白な人間ではなかった。一見すればそう見えなくもないが、私には彼の本質がなんとなく見えていた。だからこそ、私と彼は不思議な交流を保ち続けたともいえ、アルフィリースを育てることができたともいえる。まあ悪い巻き込まれ方ではないと私が思ってしまうことは、私は結局のところ真竜の長になど向いていないんだろうな)」
グウェンドルフが内心で自嘲するも、アルフィリースには悟られないようにした。アルフィリースはアルドリュースに全面的な信服を寄せている。今さら彼女の中のアルドリュースを貶める気は、グウェンドルフにはなかった。
気を取り直して、グウェンドルフは言葉を続ける。
「・・・アルドリュースには東のべグラードを訪ねるように言われているな?」
「ええ、そうよ」
「もしハウゼンがいなかった場合、トリュフォンという男を訪ねるがいい。彼は教師か医者の真似ごとをしているはずだ。昔と同じならね」
「? わかった。そうする」
アルフィリースは一瞬怪訝そうな顔をしたが、疑問は飲みこんだようだ。訪ねて見ればわかることだと思い、グウェンに聞いても無駄な事を訪ねるのはやめたのだろう。
「ほかにもある。オーランゼブルは魔術士ではない、魔法使いだ」
魔法使い。使う魔術がすべからく恒久的な影響を世に与える者、もしくは魔法を行使できるものに与えられる称号。現実問題として後者を意味することが多いが、魔術士達の頂点に立つ何人かに与えられる称号だ。アルフィリースの実力を持ってしても、魔法使いには至らないだろう。
「・・・それは大層なものね。でも魔術をエルフに授けた者なら、当然かしら」
「ああ、特に彼が研究していたのは占星術。彼についてはそこまでしか言えない」
「わかったわ。何か言える時があればまた教えて欲しい。それまでは、私も独自に探ってみる」
「うむ。そしてこれで最後だ。敵の中のあの女・・・黒い服を着た小さい少女がいたな?」
「最後に大男を連れて帰った子ね。彼女がどうかした?」
「出会ったら戦うという選択肢は捨てることだ。確実に逃げの一手を取りなさい。彼女に単独で勝てる生物は、この地上に存在しない」
グウェンの表情は真剣そのものだった。だからこそ、アルフィリースは事態の深刻さを認識する。真竜にそこまで言わせるほどの存在なのだ、あの子は。
「あるいは条件次第ではありえるのかもしれないが、少なくとも人間には無理だ。彼女に関しては多少忠告はできるし、彼らの他の顔ぶれについてもいつくか思い当たることはあるが、現段階ではこれ以上言うと、個人的な範囲を超えて真竜として君の味方をしたことになってしまうからね」
「わかったわ。最大限の譲歩をしてくれたんでしょう? 感謝するわ。もうないかしら?」
「ああ、今はこれ以上はないよ」
「なら行きましょう、グウェン。やることはいくらでもあるんだから。まずは聖都アルネリアに向かいましょう」
「うむ、そうだね」
そうしてアルフィリースはイルマタルを抱いたまま、仲間の元に歩き出す。その姿をグウェンドルフは心配そうに、だがどこか頼もしく見ているのだった。
続く
次回投稿は、4/22(金)13:00です。