戦争と平和、その401~統一武術大会ベスト16幕間、ミルネーの暴走③~
スウェンドルの飛竜は一際大きい。そして噂では人間よりも賢く、言語や文字も理解しているとのことだった。かつて国内の最高位竜騎士七騎を単独で手玉に取ったと言われる、スウェンドルとその竜の戦いである。アンネクローゼも見るのは初めてだった。
「久しぶりにアレをやるか、フォルトゥス」
「グアッ!」
スウェンドルの言葉に反応した竜が、小さく首を数度振りながら、炎をまき散らした。一度の深呼吸によるブレス照射ではなく、小さく小分けに唾でも飛ばすように複数の炎をまき散らしたのだ。
そして上空から炎の雨が降り注ぎ、それらを先陣かつ盾としてスウェンドルが頭上から急降下する。炎が地表に到達すると爆ぜて魔物を混乱に追い込み、ミルネーを担ぎ上げていた魔物がバランスを崩した。
そこにスウェンドルが突撃し、振り上げた斧槍で魔物達の胴をまとめて寸断した。ミルネーはたまらず輿から飛び降り事なきを得たが、その表情は屈辱にまみれている。
竜騎士たちは自らの王の奮戦に、盛大な歓声を上げた。
「単騎突撃だ!」
「王が先陣を切られたぞ!」
「続けぇ!」
魔王の軍隊の頭上を覆う竜騎士の群れが、まるで一頭の竜のように連なって動き始めた。竜騎士の戦いは頭上から急降下し、投擲による一撃離脱を基本とする。スウェンドルの様に斧槍を使う者もいるが、竜騎士の場合は速度が凄まじすぎるため、当てる場所を少し間違えるだけで乗り手の方が危険な目に合う。
馬上槍ならぬ竜上槍を振るう者など、最上位竜騎士と一部の高位竜騎士だけである。この遠征では一人がスウェンドル。そしてもう一人がアンネクローゼだった。
「父上!」
スウェンドルに続いて突撃してきたのは、そのアンネクローゼ本人である。アンネクローゼはスウェンドルに群がろうとする魔物を蹴散らすように、その周囲を旋回しながら魔物を薙ぎ払った。
竜と呼吸を合わせ、槍で突き刺した魔物を跳ね上げる。そしてオークが突撃してきた所を、騎竜であるドーチェが踏みつぶした。そして炎で一斉に周囲を焼き払う。ぴたりと息のあった攻撃に、魔物たちがたじろぐ。
燃え上がる炎ごしに、ドーチェの上で腰に手を当てて直立するアンネクローゼがいた。火の粉程度をものともせず魔物の軍勢を睨みつける、苛烈で美しい皇女に魔物を近寄らせまいと竜騎士たちが次々と投槍を投げつけて魔物を追い払う。
「王、王女! ご無事で!」
「無論だ。それより殲滅しろ! 一体も生きて帰すな!」
後退する魔物達に容赦なく浴びせられる炎と、投げつけられる槍。背後から槍の雨を降らせられ、魔物たちはハリネズミのようになりながら無残な死体を多く曝した。
竜騎士と戦う時に恐ろしいことがもう一つ。飛竜の移動速度から逃げられる地上の生き物は存在しない。戦って勝てない以上、全滅必至である。それは魔物とて例外ではないのだ。
逃げまどう魔物の群れを見て、スウェンドルがぽつりと漏らした。
「もう終わりか、つまらん」
「かつて領内に発生した小鬼1万体ですら、竜騎士団中隊100名で事足りたのです。まして今回は千程度の寄せ集めに、竜騎士三百。しかも既にある程度削ってあった。戦力としては過剰でしょう。
普段の王でしたら気にもかけない相手でしょうに、気まぐれですか?」
「遠慮なく言う奴だな、お前は。普通なら首を刎ねるところだが、そこが気に入っている」
「それはありがたいお言葉」
「気まぐれではない。一つには、この間で仕掛けてくる魔王がどんな奴か気になった。この間で仕掛けてくる奴は馬鹿だろうことは想定できるが、それとも俺の想像を上回る軍略を持っているのか気になった」
スウェンドルは意外にも真剣な顔つきで周囲を見渡していた。そして背後からこっそりと飛びかかってきたゴブリンの頭を、見もせずに叩き割っていた。
「ふむ、刺客として忍ばせていたか。上位種の小鬼英雄のようだが、王の首を暗殺者で取ろうとは、愚策」
「して、感想はいかに」
「この軍団の指揮官は小物かつ馬鹿だな。だが――」
スウェンドルは魔王となったミルネーの目つきを思い出す。訳の分からぬ怨讐に囚われた、燃え滾るような瞳。行動が読めず、なおかつ執念に燃える者がある意味では一番怖い。
「できれば排除しておきたかったが、いつの間にかおらぬ。厄介なことだ」
「そういえば・・・」
アンネクローゼが突撃した時にはまだその姿を見た気がしたが、いつの間にかいなくなっていた。戦った気配すらなかったように思えたが、魔王の癖に逃げの一手を取ったのか。だとしたら随分と小物か、それとも確実に目的を遂げるまで潜むつもりなのか。後者だとしたら、確かに厄介である。
そしてスウェンドルが続ける。
「もう一つは、ウィラニアが来るのでな。わずかなりとも脅威はこの手で排除しておきたかった」
「は? ウィラニアがここに?」
続く
次回投稿は、9/9(月)7:00です。