戦争と平和、その399~統一武術大会ベスト16幕間、ミルネーの暴走①~
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ラインが大会一番の番狂わせを起こしている頃、アルネリアの郊外では周辺騎士団とミルネー率いる魔王軍の戦いが始まっていた。
周辺騎士団の戦いは専守防衛。決して陣形を乱すことなく、前衛は入れ替わりながら相手の攻撃を大盾で受け止める。その背後から矢や魔術で散発的な反撃が入る。あるいは大盾の間から槍が突き出ることもあった。
戦い方は地味だが、自分たちの損耗を減らし、確実に相手を消耗させる戦い方を彼らは選ぶ。周辺騎士団にも従軍しているシスターや僧侶は多く、致命傷とならない限り回復魔術が追いついていく。
フラウが多少時間を稼いだせいか、十分にアルネリア外壁部や統一武術大会の会場から距離をとって陣形を構える余裕があった周辺騎士団は、魔王の軍隊相手に十分な働きをしていた。
「守れ、守れ!」
「後ろには決して行かせるな!」
「体力の切れた者から後退させろ。水分を補充し、装備を確認して次の守備に備えろ」
「相手が崩れても反撃に出る必要はない! 徹底させろ!」
周辺騎士団はアルネリア以外の周囲の国にも配置される軍隊で、神殿騎士団に属するほどの実力がない者で構成されている。
だがアルネリア直属の周辺騎士団は神殿騎士団との度重なる演習で、その練度を大幅に挙げている。そして神殿騎士団は深緑宮から動くことがあまりできないため、アルネリアから代行として度々魔物征伐に派遣されてもいた。
そのため周辺騎士団とは呼ばれながら実戦経験はある意味では神殿騎士団よりも豊富で、練度が取れて統率の取れた軍隊となっているのだ。アレクサンドリア程個々の強さはないものの、練度と規律の点では大陸最高の軍隊の一つである。
「魔物が倒れても、放っておけ! とどめを刺さなくても、どうせ後ろから来た奴に踏みつぶされる!」
「持ちこたえれば俺たちの勝ちだ! 欲張るな!」
ミルネーは先ほどから、何度も陣形を変えて突撃させている。一つ吠えるだけで自らの意図を全軍に伝えることができるミルネーは、一軍の指揮官としてはこの上なく優秀だ。
だが魔王となっても、戦い方が教書のそれに過ぎた。教書通りの戦い方であるなら、周辺騎士団の兵士たちは嫌というほど知っている。どのように防ぎ、どのようにいなすべきか。兵士の一人一人がそのことを理解していた。
「(馬鹿な・・・なぜ抜けない!? 確かに倍程度の寄せ勢であれば、専守防御側の方が優位に立つことはある。だが、それは人間同士、戦力が互角の話だ。魔物の軍勢は個体同士の戦いで絶対的に優位に立てる。同程度の戦力でも優位に立つはずなのに!)」
ミルネーは知らない。練度が高い軍隊というのは、意志疎通と連携手段に優れるということを。ミルネーの組む陣形を見て、即座に陣形を組直すことなど容易にやってのける。
それを可能にするのがセンサーであり、上空に旋回する天馬騎士である。そして教書通りの兵法をできるミルネーだったが、一つだけどうしても苦手な項目があった。撤退戦である。それは余計なプライドが邪魔するがゆえの欠点でもあり、そして今やアルフィリースの恨みだけで動くミルネーにそんな選択肢は存在しない。
「ならば、予備の戦力も全て動員せよ! この程度の相手を抜けずしてアルフィリースの首は取れぬ!」
その時、先頭を行く魔物が突然吹き飛んだ。ミルネーは攻め切れない段階ですぐに退くべきだったのだ。目を見張るミルネーの目の前に現れたのは、薄く黄金に輝かせる全身鎧をまとった騎士の集団。それが魔晶石の全身鎧であり、アルネリアが大陸から魔王を駆逐した切り札となっていたことなど、ミルネーは知る由もない。
一撃で数体の魔物を吹き飛ばした段階で、おかしいと思うべきだった。だがアルフィリースに対し妄執を抱くミルネーがここで退けるわけがない。ただ現れた魔晶石の騎士達が30にも満たないことを見ると、ミルネーは全力で吠えて突撃を魔物達に命じていた。
「たかが30人程度、踏みつぶせ! 犠牲は問わぬ、何としてもアルネリアの中に突撃せよ!」
既にアルネリアの門扉は締まっている。アルフィリースは当然外部の平和会議場や、統一武術大会の競技場にいることがほとんどなのだが、魔王となって半分近い知性を失っているミルネーは、肝心のアルフィリースがどこにいるかなど熟考することもなく突撃していたのだ。
どう考えても成功することのない突撃。そしてミルネーの不幸は、いつも彼女に諫言する者がいないことによる。実は人生においてアルフィリースこそが最も辛辣にミルネーの本性を言い当てた者なのだが、そのアルフィリースに逆恨みしたミルネーが他の者の言うこと聞くわけがない。まして今は魔物の群れに囲まれているのだ。誰が彼女を諫めるだろうか。
そしてそのミルネーに対し、さらに非情な敵が頭上から襲い掛かろうとしていた。
続く
次回投稿は、9/5(木)8:00です。