戦争と平和、その398~統一武術大会ベスト16、レーベンスタインvsライン③~
「しょ、勝者、イェーガーのライン!」
観衆が本日一番の歓声と悲鳴を上げる。賞賛と怒声を同時に浴びながら、ラインは観衆に小さく手を上げただけで去っていった。そして小さな声で呟いたのだ。
「本当に、生真面目な騎士様でよかったぜ。たった数十合手合せしただけの俺の剣筋を正確に覚えていてくれるんだからよ。まともにやったから勝てる気なんざまったくなかったが、仕込んでおくもんだな!」
ラインがほくそ笑んだのは言うまでもない。
そしてラインの戦いを見ていたイェーガーの面々からの数々の賛辞と悲鳴が飛んでいた。
「うおぉおおおお!」
「か、勝っちまいやがった・・・相手は大陸最高の騎士だぜ!?」
「さすが副長!」
「俺達って、もしかしてすげえ人と一緒に過ごしてんのか?」
口々に感動と驚愕を伝え合う傭兵たち。それは幹部も同じである。
「ま、マジかよ・・・一撃って、なんだよそれ?」
「目にしておいてなんですが、とても信じられません――ロゼッタ、私の頬をつねっていただいてよろしいか?」
「あいよ」
ロゼッタは呆然としながら、フローレンシアの頬をひっぱたいた。思わぬ威力に頭が90度回転したが、フローレンシアはそれでも足りなかったのか、自分で頬をつねっていた。
「・・・現実なのですね。まさか・・・」
「アタイもまーだ信じられねぇ。しっかしこうなると、もっと賭けといた方がよかったなぁ、フローレンシア?」
「いえ、それはいいのですが・・・そういえば、エアリアル殿はどちらにいくら賭けたのですか?」
イェーガー内で最も賭けに強い人物、エアリアルの賭け方が気になった一同。そのエアリアルは興奮するでなく、静かに結果を受け入れていた。
「我か? 当然ラインに賭けていたが」
「だから、いくら賭けたんだっつーの」
「全財産だ」
「全財産か、ほほー・・・はぁ!? そ、そんなおめー。それ、だからいくらだよ!?」
ロゼッタはあまりのエアリアルの賭けっぷりに言葉をなくした。ロゼッタでなくとも、皆同じだったろう。
そていロゼッタは知っている。連日賭場で荒稼ぎをし、さらには事業に手を出すと片端から大当たりをし、大草原の馬の馬主でもあるエアリアル。おそらくはイェーガー内では最も金を持っているはずであるが、その全財産とは――
「大したことはない。我の財産で現金化できるものは少ないからな。ほとんどは権利や土地、そういった目に見えぬものに化けている。それらを使用したりはしないさ。今手元にある金を使っただけだ。放っておいても、月が変われば金は手元に転がり込んでくる」
「だから、具体的な金額を言えっての!」
「13万と、とんで800だ」
「じゅっ、じゅうさんまん――」
フローレンシアが泡を吹きながら気を失った。エアリアルが稼いだ金は650万ペンド以上にもおよぶ。アルフィリースが様々な金策をし、ようやく返済のめどがたった傭兵団の設立資金の倍の金を一瞬で稼いだエアリアル。
だが一財産ともいえる金を手にしたエアリアルだが、その顔は憂鬱そうだ。
「困ったな・・・これ以上金ばかりあっても使い道がない。どうしたものか」
「じゃあその金、アタイにくれよ!」
「断る。自らの力以外で手に入れた金を懐に入れると、人間が腐る。そもそも腐る一歩手前のそなたに金を渡すと、ロクなことになりそうにない。そうか、不要ならフェンナに渡せば一瞬で融けるのか」
「ちきしょう、ケチ!」
「ケチとはなんだ、ケチとは」
騒ぎ立てるイェーガーの団員を遠目に見ながら、アルフィリースは満足そうな笑みを浮かべた。その隣ではレイファンが立場を忘れて賛辞の拍手を送り、さすがに結果が意外だったのか、リサにしては珍しくしばし呆然と立ち尽くしていた。
「アルフィ、この結果を想定していましたか?」
「ラインの本気度によってはね。直感だけど、勝つかなとは思っていたわ」
「大した信頼ですね。それにしても一撃とは」
「違うわよ、リサ。一撃しかなかったの。派手に見えるけど、ギリギリよ」
「?」
アルフィリースの言葉をつなぐように、アレクサンドリア側でもディオーレがこの結果を見て周囲に説明していた。
「なるほど、そう来たか」
「そう来たとは?」
「交流試合の時から仕込んでいたのだろうな、あの男。剣筋をわざとレーベンスタインに覚えさせていたのさ。そして予想される剣筋と全く違う一撃を放った。
あの居合、私も見たことがない一撃だった」
ラインの居合は斜め下からの切り上げのはず。だがディオーレが先ほど見たのは、ほぼ横一線の居合だった。しかも剣先を地面にわずかにあてて反動で加速をつけ、体ごと腕を押し当てるようにしてレーベンスタインを吹き飛ばした。
切れ味ではなく、威力で勝負した一撃。そして間合いは7歩ではなく、11歩だった。
「おそらく、将来的にレーベンスタインと戦場で戦うことを想定していたのさ。もし戦場で対峙した時、一刀のもとに葬り去るつもりで相手に自分の力を誤解させていた。
もちろん、随分と前のことですから相手も実力を上方修正して構えることを想定して、初手から最大かつ見たことのない一撃を放った。もし防がれていたら、勝ったのはレーベンスタインだったはず。レーベンスタインはもとより、こういった競技会では相手の攻撃をじっくり見ることに集中することも知っていた。それも踏まえての一撃。思ったよりは薄氷の勝利のはず。
しかし――」
「しかし?」
「あの攻撃方法は我々全員に対しても有効だったはず。もし戦場で我々があの男と戦っていれば、あのレーベンスタインの姿は我々だった。私も含めて、全員の首が飛んでいたな」
ディオーレの言葉に、アレクサンドリアの騎士たちの間にぴり、と緊張が走る。ディオーレにそこまで言わせ相手に、彼らは聞き覚えがないからだ。
そして、ディオーレはさらに続けた。
「そしてここであの一撃を見せたということは、さらに奥の手があるということ。恐ろしい男に成長したものだ」
「まだ隠している技術があると?」
「技術かどうかはわからんが、無策で戦うことなどない男だ。皆も心しておくといい」
「「「はっ!」」」
ディオーレが一人ラインの成長を喜び、そしてアレクサンドリアの騎士たちが敬礼とともに身を引き締めた瞬間である。控室に引き上げたラインは一人でぼやいていた。
「はぁ~、切り札使っちまった・・・次の戦い、これから先ディオーレ様と当たったら、どうすっかな~。う~ん・・・まぁこれから考えるか」
警戒するディオーレの内心と興奮など、全く気にも留めていないラインが腕を組んで盛大にため息をついていた。
続く
次回投稿は、9/3(火)8:00です。