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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その397~統一武術大会ベスト16、レーベンスタインvsライン②~

***


 そしてレーベンスタイン、ラインの二人が試合の壇上にいた。控室での一幕は二人しか知らないことだが、試合前の二人は控室とはうって変わって緊張感に漲っていた。レーベンスタインは悠然と構えていたが、ラインの方は緊張が過ぎるのではないかと思われるほど、肩がいかり上がって筋肉が隆起しているのが傍目にわかる。

 その様子を心配そうに見守るイェーガーの団員たち。


「大丈夫かな、副団長。さすがに分が悪いんじゃ」

「ちょっと入れ込みすぎにも見えるけどな」

「副団長ー、頑張れー!」


 多くの者は純粋なる声援を送るが、それもそのはず。試合前の掛け率は圧倒的に差が開いており、レーベンスタインの勝利では1.1倍としかならないが、ラインの勝利では50倍となる賭け率の差だった。ラインがアレクサンドリアの師団長を退けた情報もあってもない、それだけ多くの者がレーベンスタインの圧倒的な強さを信じているのだ。

 現に団員もほとんどの者がレーベンスタインに賭けている。心根の優しい者などは賭けに参加しないことでラインへの応援を正当化しようとしたが、弱者に送る声援に似たものがほとんどで、この会場でラインの勝利を心から信じている者などはほとんどいなかった。

 それは幹部連中ですら同じだった。


「いよぅ、フローレンシア。どっちに賭けたんだ?」

「そんなもの、当然ライン副長に賭けるに決まっているでしょう?」

「お、賭けるだけでも進歩じゃねぇの。以前のお前なら、『賭博などという俗事にどうして私が関わらないといけないのです?』とか言って断ったんじゃねぇの?」

「からかうのはよしていただけますか?」


 フローレンシアがぷいとそっぽを向いたので、おかしくなってロゼッタはさらにからかった。


「で、本当はどっちにいくら賭けたんだよ?」

「・・・ライン副長に10ペンド」

「はっ、お子様の小遣いか! お前だってラインの勝利を信じてねぇじゃねぇのさ!」

「う、うるさいです! 私は騎士出身ですから、レーベンスタイン殿の武勇伝を聞かされて育ったのです。そのレーベンスタイン殿が負ける姿が想像できないだけです!」


 ロゼッタ相手にはすぐにムキになるフローレンシアだが、ロゼッタも今回ばかりは同意した。


「ははっ、そりゃそうか。実際アタイもレーベンスタインに2000ペンド賭けたしな」

「ええっ!? 私にあれだけ言っておいて、それはないでしょう!」

「アタイも戦場でレーベンスタインを見たことのあるクチでよぅ。評判の騎士様を討ちとりゃあ大手柄だと思ってアタイの特殊兵を伴って様子を見てたんだが、ありゃあ駄目だ。流れ矢すら当たらないあの男の全方位警戒を潜り抜ける手段が、最後まで思いつかなかった。戦場で百騎に追われて援軍もなく勝ち切るとか、どんな化け物だよって話。

 しかも魔術の補助なしでそれをやりやがった。あの騎士様は本物の強者だぜ。あの警戒網を潜り抜けられるものなら、見てみてぇ」


 それがロゼッタの正直な感想だったが、実際のレーベンスタインの能力はそれほど常軌を逸しているわけではない。あくまで常人が到達しうる範囲での、超常的な戦闘能力なのである。

 レーベンスタインの過去を知る者は多くない。彼自身が語らぬし、彼の身内も能力や功績を誇るような人間ではないからだ。ただ、「騎士とは斯くあれかし」という思考の元、常軌を逸した課題をレーベンスタインに課した。彼の一族は、あくまで平静な顔でそれを彼に課したのだ。

 だからレーベンスタインも平然とした顔をして、常軌を逸した課題をこなした。それが普通だと思っていたからだ。両親からは労いの言葉も、賞賛の言葉も受けたことがない。ただただ課題を与えられ、それをこなし、成人してからは任務に没頭してきた。ただ達成してきた任務が、世の基準では困難を超えた不可能だったというだけである。

 そして今日もレーベンスタインはいつもの戦いをいつものように行い、そして当たり前のように勝つだけなのだ。


「(私は凡人だ。かつて手合せでは負けもしたし、今まで死んでいないことは幸運でしかない。だが、負けから確実に学ぶことが私の強みでもある。一回も負けたことがないなど、何の自慢にもならぬ。負けから学び、肝心なところで最後に勝利する者が一番強いことを知っているのは幸いである。

 ゆえに、私に油断はない。多少の高揚はあるが興奮はなく、ただ冷静にどれほどの実力差があろうと、全力で相手するのみ)」


 レーベンスタインは普段よりも、少し長めにラインと距離をとって構えた。ラインの戦いをここまで見ていたし、かつて交流試合の時に不覚を取りそうになった時のラインの抜刀術を覚えている。当時からラインの一撃は超一流であったことを、レーベンスタインは身をもって知っていたのだ。

 対するラインは最初から居合の構えだった。イヴァンザルドと戦った時の初手と同じである。この様子を感知したリサが呟いた。


「初手から最大の一撃ですか。それしかないでしょうが、もう警戒されているのでは?」

「さぁ、どうかしらね」

「アルフィリース、あの人は――貴女の傭兵団の副団長の勝算はいかがですか?」


 レイファンは平静を装っていたが、その掌にじっとりと汗をかいていることをリサは知っている。理由も知ってはいたが、あえて知らぬふりをした。そしてアルフィリースも演技かどうかはわからないが、義務的に答えていた。


「普通にやれば、勝算は100回に1回程度でしょう」

「で、では負けると?」

「レーベンスタインは大陸最高の騎士。この武術大会も普通なら、レーベンスタインの優勝で幕を閉じるわ。

 ですがラインは昨日、私に言ったわ。『本気で優勝を狙いに行くから、傭兵団の雑務からは外させてくれ』と。イェーガー以外での彼の戦績は詳しく知らないけど、言ったことには責任を持つ男だと思ってるわ。そしてずぼらな性格に似合わず、用意周到なことも。

 実力で劣るからと、諦める男ではないでしょう。何かを仕込んでここに立っていると、そう期待しています」


 アルフィリースがラインの弁護をしたので、リサはちょっと意外な心境でアルフィリースを見ていた。リサはアルフィリースの背後にするりと移動すると、その背中をつつく。


「アルフィ、この試合賭けましたか?」

「ええ、もちろん」

「どちらに? 私はレーベンスタインに2000ですが」

「ラインに10000」


 リサは思わず吹き出しそうになった。つつましやかに暮らせば数年は不自由しないだけの生活費をつぎ込むとは、随分と強気に出たものである。勝てば50万。傭兵団の設立に必要だった費用の6分の1である。

 冗談かと思ったリサだが、アルフィリースの表情は真剣そのものだった。アルフィリースもまたイェーガーの団長としてだけでなく、ラインの勝利を願っているのかもしれないと考えて、リサは余計なことを言うのをやめていた。アルフィリースが自分の試合以上に、手に汗握っているのがわかったからだ。

 そしてアルフィリースもレイファン以上に、食い入るように試合を見つめていた。


「始め!」


 審判の合図と共に、疾風が駆けた。交錯する剣閃はなく、ただ一度の斬撃が煌めいた。一陣の風は大陸最強の騎士の守りを打ち砕き、場外の壁に叩きつけた。余りの勢いゆえに跳ね返ったレーベンスタインは、前のめりに崩れて血を吐いた。


「み、見事・・・」


 そのまま立ち上がろうとするが出来ぬのか、膝をついたままで吐血した。あまりに一瞬の出来事に、観客だけでなく審判までもが呆然としていたが、ラインが競技場を去り始めてようやく我に返り、ラインの勝利宣言を叫んだ。



続く

次回投稿は、9/1(日)8:00です。

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