それぞれの選択、その8~推測~
グウェンドルフが昔を思い出す。
「彼はどうしたのです?」
「・・・彼は突然姿を消した。この計画にもっとも熱心だったのは彼で、彼こそ真竜の代わりにこの計画を中心になって行うべきだと、誰もが主張した。だが彼は辞退し続け、そして彼は姿を消す直前に同じ言葉を口癖のように呟いていた」
「・・・オーランゼブルはなんて?」
「『間に合わない』と」
グウェンが言い放つその言葉には、不思議な重みを含んでいた。一瞬会話が止まるが、やはりここでも口火を切るのはミランダ。
「その言葉の意味するところは?」
「・・・それは言えない。本当の意味を私もまた知らないし、今わかることも、少なくとも私の一存では言えないことになっている」
「なんだそりゃ? 結局、肝心なところはわからないのかい?」
「すまないが、そういう掟なのだ。まだこれは私が君達に話すわけにはいかない。ここまでが私が話せる最大の内容だ」
「では話の内容を変えましょう」
今度はアルフィリースが質問する。
「今の質問とも重複するところがあるかもしれないけど、グウェンは彼ら全体としての目的はなんだと思う?」
「想像はいくつかできるが、確証は何も無い」
「アタシの想像を言ってもいいだろうか?」
ミランダが手を上げた。突然の発言に、思わず全員がミランダを見る。
「奴らはアタシ達を試してるんじゃないかな。いや、これはアタシ達だけでなく、人間全体をって意味なんだが」
「なぜそう思う?」
グウェンの質問に、ミランダは少し言うべきかどうか悩んだが、ここで隠してもしょうがないことだと判断した。
「実はアルネリア教会が襲われたんだが・・・」
「なんですって!?」
思わずリサが立ち上がる。これはリサには初耳だったのだ。ミランダも余計な心配を増やしたくなかったのでリサにも黙っていたのだ。
「ジェイクは・・・チビ達は無事なのですか!?」
「ああ、大事なかったらしい。といっても死人は多数出たみたい。攻めてきたのは、さっきリサに投げキスした奴だとアタシは思っている。詳しくは聞いてないし、エルザっていうのと、梓からもちょっと聞いただけだから、可能性の話だけどね」
「・・・ミランダはリサに心配をかけまいとしたのでしょうが、一言、これからは言ってください」
「すまなかった。以後そうするよ」
「ならいいのです。ミランダ、すみません。話を続けてください」
リサが座って話を促す。ミランダも気を取り直して話を続ける。
「で、その時の話だが。本部にも奴らが何人か現れたにも関わらず、敵対行動はとらずにその場を引き揚げたそうだ。もちろんアルネリア教会の戦力が奴らを上回っており、奴らがそのことを警戒したという可能性も考えられるが、最高教主の話だと、奴らがその気なら教会は少なくとも廃虚と化していただろうとは言っている」
「奴らはそこまで強いの?」
「ああ、そうみたいだね。でもおそらくそうなった場合、最高教主は姿を隠してゲリラ戦法に出るだろう。そうなったら面と向かってやり合うより、奴らにとっては厄介じゃないかな? 奴らはそのことを警戒したとも考えられるが、楓。ここまでの考察について、何か意見はあるかい?」
と、ミランダが楓に話を向ける。突然話を振られた楓は少し驚いたようだったが、彼女は実に的確に回答した。
「そうですね、まず一点。私は教会の襲撃時その場に居合わせた者の一人ですが、教会を襲撃したのはミランダ様の想像通り、リサ殿に絡んできたあの少年です。彼はミリアザール様が難なく退けられました。またアルベルト殿も彼と互角以上に戦っています。そこから考察されるのは、彼よりは実力的に上の戦力をアルネリア教会は保有しているということ。
次の点です。彼を倒しかけた時に、彼を救出するために踏み込んできたのがライフレスと、最後に大男を迎えに来た少女です。彼らがあの少年を連れ去るのを、ミリアザール様は容認されました。この判断にはかなり疑問がありましたが、現場を見たのはわずか数名。現場を見た者には口止めがなされ、大司教にすらこの時何が起こったのかは詳しく説明されておりません。ただ襲撃者を仕留め損ねたと、関係者には伝えてあります。ここから考察されるのは・・・」
「最高教主が勝てないと判断したんだろうね」
「これは個人的な推測ですが、おそらくは。ですが、これは梔子様も同様の判断をされています。ですから、その場にいた者全てが同じような意見だと思っていただいて間違いないかと」
「うん、アタシの想像通りだな。まあ最終判断は、最高教主に会ってからだけど」
ミランダが頷く。そして他の者の意見を待たずに、さらに話を続けた。
「ここからは現段階における個人的な考察さ。ライフレスの最初の態度にしろ、アタシ達は奴らに試されている気がする。アルネリア教会だって、もっとずるく襲撃すれば壊滅できたはずだ。もちろん色々な理由が考えられる。たとえば表だって聖都アルネリアを滅ぼしたら、さすがに多くの国が黙っていないし、奴らに対して連合を組むだろう。あるいは自分達の存在をあまりおおやけにしたくなかったのかもしれないが、アルネリア教会が恥も外聞も捨てれば、奴らの存在を公にすることもできる。そう考えると、彼らの目的はアタシ達を試したんじゃないかねってね」
「何のために?」
「それは・・・わからないな」
ミランダがかぶりを振った。そして沈黙が場を包む。その沈黙を破ったのは、やはりというかユーティだった。だが、その内容は意外というべきか、真剣そのものだった。
「ねぇ、あまり答えの出ない問題で悩んでも、しょうがないんじゃない? それよりはこれから先の方針を決めようよ」
「・・・ユーティにしては、まともな意見ですね。熱でもあるのですか?」
「ないわよっ!」
「そうでした、お馬鹿は風邪なんか引きませんもんね」
「なんですってぇ!?」
「はいはい、そこまで」
取っ組み合いを始めようとするリサとユーティを、ミランダが止める。
「どうするかはアルフィにまず聞こう。アルフィがアタシ達のリーダーなんだからね」
「そうですね。随分頼りないリーダーですが」
「そう言ってやるなよ、リサ。私はアルフィの言うことに従うぞ」
「ニアに同じく我もだ。楓とユーティ、ラーナは?」
「ミランダ様がそれでいいとおっしゃるのなら」
「アタシもアルフィについてくわよ。まあ本当に危険だったら逃げるかもしれないけど? でもここで見捨てたら、妖精の名がすたるわ」
「私も皆様と同じです。どのみち行く所もありませんし、可能な限り傍に置いていただければと思います」
全員がアルフィリースを見る。アルフィリースは少し戸惑い、だが冷静に思考を頭の中で行い、結論を出す。彼女が出した結論とは・・・
「・・・ここからは私個人の考えよ。別に賛同が欲しいわけじゃないわ。そのつもりで皆は聞いてね」
全員が無言で頷く。
「とりあえず、私達はオーランゼブルに見逃してもらった形になっている。でも彼は、きっと私達にとって災いになる。それはここにいる私達だけでなく、広く人間のって意味でね。そう強く感じるの。それがどのような形かはわからないし、それがいつかも。確実なのは、彼の事を知っているのはひょっとして私達だけで、そして彼は命が尽きるまで止まらないということ。だから私は・・・」
そこでアルフィリースが一つ間を置いた。
続く
次回投稿は、4/21(木)14:00です。