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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その395~統一武術大会ベスト16、ルイvsヴェン②~


「急に剣が重く?」


 確かにルイの予備の木剣は通常よりも大型であり、いわゆる『だんびら』と呼ばれる幅広の剣に近い。強度には優れているが、ヴェンは速度で圧倒できると考えていた。

 だがルイの圧力の前に、ヴェンの攻め手が鈍る。踏み込めば有効になることはわかるが、そのわずか少しがどうしても埋まらなかった。


「これは――」

「勝負あり、だな」


 ロッハとラインにはその趨勢が見えていた。隙がなく、淡々と打ち込まれる攻撃についにヴェンの剣がもう一本折れた。最後のルイの攻撃をヴェンはなんとか逸らしたが、ルイが次の攻撃を振りかぶる前にヴェンは降参の意志表示をした。

 木剣とはいえ、今のルイの攻撃が命中すれば確実に骨は砕けるし、下手をすれば死ぬだろう。エクラの護衛をこなさなくてはいけないヴェンには負傷による休養などあってはならないし、一か八かの攻防など望むべくもなかった。

 アリストとの戦いのようにエクラの声援があれば、あるいはヴェンそのものにもう少し戦う理由があればまた違った結果だったかもしれない。だが勝負は決したのだ。


「勝者、剣士ルイ!」


 審判の勝利宣言と共に、歓声がわっと上がる。ルイには珍しく、観衆の賞賛を十分に浴び、勝利の味をかみしめていた。

 対照的に静かに、だがしかしさして残念そうでもなく会場を去るヴェンを見て、ロッハが思わず心中を漏らした。


「あの男、優勢だと思ったがな。わざと負けたようにすら見えた。もっと強かった気もするが、勘違いか?」

「勘違いでもねぇし、わざとじゃねぇさ。良くも悪くも手加減なんざできねぇ男だからな。それに貴族社会で生きてきたんだから、この大会の名誉もよくわかっているはずだ。

 だが、ヴェン自身に戦う理由が希薄だった。雑魚ならどうとでもなったろうが、相手は雑魚じゃねぇ。そして、相手にはヴェンを押しのけるだけの強い意志を感じたな。剣技だけなら、10回やれば8回ヴェンが勝つ勝負だ。だが勝利への意欲が、そのまま差となって現れたんだろうさ」

「執念というやつか。貴殿には無縁の言葉と思っていたが、なかなかどうして造詣があるではないか?」

「そうだな。実をいうと、次の戦いはそれ頼みだ」


 ラインは試合を見ながら徐々に準備運動を始めていた。その表情からも、かなりの緊張感が見て取れる。ロッハはもちろんその理由を知っているのだが。


「優勝候補筆頭のレーベンスタインが相手では、さしもの貴殿も緊張するか」

「たりめーだ。調べてみたが、統一武術大会では任務による中途離脱か、あるいは負傷を抱えて臨んだ以外の状況で無敗の男だ。会場責任者の手前、試合を観察しもしたし、会場の使いやすさなんかでも感想や助言を受けたが、肉体的にも精神的にも非の打ちどころがねぇ騎士さ。

 それが万全の状態で俺と戦うってんだ。これで緊張しねぇ方がおかしい」

「なるほど。それでせめて意欲だけでも上回ろうという魂胆か。殊勝だな」


 ロッハが勝手に頷いたが、どうやらラインはそのように大人しく構えている気はないらしい。


「はっ、ロッハの旦那よ。俺がそんな殊勝なタマに見えるか?」

「・・・と、いうことは、何か姑息な罠を仕掛けたのか?」

「おうともさ! と言いたいところだが、なんとうちの団長によって台無しにされちまった。泣いて逃げ出してぇ気分だ」


 ラインは会場責任者の立場を利用して、会場そのものに少し手を加えていた。一部を脆くする、隆起させる、傾ける。踏んで始めてわかるくらいの細かな違いだが、相手が完璧であるほどに、その少しの違いが綻びとなる。

 ラインはそれを足掛かりにレーベンスタインを攻略するつもりだったのだが、まさかアルフィリースが突貫工事であのような仕掛けを作り、競技場そのものを破損させ、そしてディオーレが修復してしまうとは。そこまでの予測は流石にラインにもなかった。

 ディオーレが競技場を魔術で修復しているのを見ながらラインは頭を抱え込んでいたが、気分をしっかりと切り替えることにしたのである。


「あ、お祈りは済ませておいたぜ。せいぜい赤っ恥をかかないようにやってくるさ」

「まったくだ。尻を向けて逃げるよう真似だけはしてくれるなよ?」

「それいいな。尻の一つでもだせば、油断してくれねぇかな?」

「人として死んでもよいならやるがよかろう。その場合、俺も二度と口はきかんがな」

「ちぇ、結局死んで来いって言ってるようなものじゃねぇか」


 ラインは不貞腐れながら控室へと向かって行ったが、その表情を見てロッハは呟いた。ラインは口ではともかく、頭の中では既にレーベンスタインとの打ち合いが始まっているように、戦いの最中の顔をしていた。


「負ける気のある者が、そのような表情をするものかよ。何かまだ考えがありそうだな?」


 ロッハはラインの充実した表情を見て、試合で何が起こるのかを楽しみに待つことにしたのである。



続く

次回投稿は、8/28(水)8:00です。

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