表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
1857/2685

戦争と平和、その394~統一武術大会ベスト16、ルイvsヴェン①~

 対するイェーガーのヴェンは非常に静かに、地味に過ごしている傭兵だ。宰相の娘という地位を持つ貴族でありながら、傭兵団でアルフィリースの補佐をするエクラの護衛。本人はただその役割を忠実に実行するのみだったが、彼の戦闘技能、指揮能力は非常に高く、エクラの許可を得て仲間と依頼をこなすこともしばしばだった。

 仲間にさしたる損害もなく依頼は確実に達成し、成果を誇ることもないヴェンは仲間内で堅実な評価を得ていた。大所帯となったイェーガーにはヴェンのことを知らない人間もいたが、彼のことを知っている人間からは非常に評価が高い。そんな地味な実力者として静かに暮らしていた。

 だから実力を顕示しようとしない二人の注目度が高いかと言われれば、決してそんなことはない。だがここまでこの二人の試合を一度でも直に観戦した者は、いかなる手練れかを理解していた。


「どっちが勝つと思う?」

「わかんねぇな。どっちも傭兵だしよぅ、よく知らねぇ」

「あの女剣士の戦いを見たけどよ、中々のものだったぜ。シード選手もあっさり倒していたしな」

「それを言うならヴェンって奴だってそうさ。さしたる苦戦もなくシード選手を押しのけて勝ってきている。地味だけど、堅実だぜ?」

「俺が思うによ――」


 観衆の評価と勝利予想も様々で、もっとも勝敗予想が割れた一戦となった。そしてざわつく周囲に比して、段上で対峙する二人は緊張も高揚もなく、静かに審判の注意を聞いていた。

 そのまま何も語ることなく戦うかと思われた二人だが、注意事項が終わるとルイの方からヴェンに語りかけた。


「アルフィリースは――貴公らの団長は、どんな人物だ?」

「――面白いですよ? 見ていて飽きませんし、雇い主として十分な補償と報酬もいただけます」

「忠誠を抱くに値するか?」

「既に我が主に忠誠を捧げていなければ、そうしたかもしれませんね。ただ私が忠誠を捧げたいと伝えても、本人が嫌がるでしょう。『面倒だからやめて』などと言ってつっぱねられるのが関の山です」


 ヴェンの感想を聞いて、ルイが小さく笑った。


「そうか――アルフィリースは良い傭兵団を作ったのだな」

「ええ、きっとそうですし、これからも我々が盛り立てますとも」

「始め!」


 なんとも緊張感も敵意もない会話から、突如として凄まじい打ち合いが始まった。開始の合図と共に猛烈な勢いで前進し、初撃の風圧で審判のフードが飛ぶほどの凄まじさだった。

 当然それほどの打ち合いに木剣が耐えられるはずもなく、先にヴェンの木剣が折れた。ルイは躊躇なくヴェンの脳天めがけて振り下ろしたが、その剣を逸らしてヴェンがルイを投げ飛ばす。すれ違いざまにルイは手刀で、ヴェンはそれを見て肘でルイを突き飛ばして互いの風船を割っていた。

 一度距離を取った二人だが、ヴェンが素早く予備の木剣を取りに走る。予備を二本とも手にすると、アリストとの戦いで見せた二刀に切り替えた。と同時にルイも剣を取りに走っていた。先ほどの打ち合いで木剣にガタがきているのはわかっており、この期に剣を変えるしかないと判断したのだ。

 ヴェンはわざと自分の木剣を先に疲弊させてルイの油断を誘ったのだが、そう簡単には乗ってくれない相手であることを知った。戦いの高揚に乗せられたアリストとは違い、堅実な対戦相手であることを悟った。


「流石に良い判断です」

「お前のような天才肌と違って、こちらは地味に鍛錬を積み重ねてきたものでな。機を見るに敏でなければ、生き残ってはこれなかったのさ」


 わずかに打ち合いでルイはヴェンの力量と器を察していた。天性の殺人者であり、戦いの才能を持ち合わせるヴェン。ルイも武家の出身であり、女だてらに軍属で出世して天才だともてはやされたこともある。

 だがルイはブラックホークに所属することで、自分がいかに狭い世界しか知らなかったことを実感した。ブラックホークの団員は戦いの才能に溢れ、戦いの中で生きてきた本物の猛者ばかりだった。部下としているレクサスですら、才能においては自分よりずっと上であることをルイは承知していた。

 本当はローマンズランドにいるころから、ルイは違和感はずっと覚えていたのだ。いかに軍事大国とて、外の世界を知らずして本当の意味での祖国の剣であり壁足り得るのかと。国を真に守らんとするなら、外の世界を知る必要があると考えていた。そのために、外の世界の強者と戦いに行くのだと。そう考えてローマンズランドを飛び出したと、この瞬間まで思っていた。


「(いや、それも違うな・・・)」


 ルイの胸中に一つの考えが浮かぶ。それは紛れもなく、この戦いが楽しいということ。ルイはもっともらしい理由をつけただけで、国のことなど本当はどうでもよく、自分が何をして生きていたいのか、この大会を通して気付いていたのだ。


「姐さん、良い顔してるっす」


 部下であるレクサスだけが、そのルイの変化に気付いていた。そして同時に、ルイの剣圧が上がっていく。速度で押していたはずのヴェンは、一撃を交換するたびに押されるようになっていた。



続く

次回投稿は、8/26(月)8:00です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ