戦争と平和、その393~統一武術大会ベスト16幕間、アルフィリースとパンドラ①~
「(アルフィリースよぅ、とんでもねーことがわかったぜ)」
「(何?)」
「(ティタニアを封じ込めるような化け物がこの会場のどこかにいる。そしてティタニアの封印の期限は明日だ。ミランダがその対抗策を練るべく組織だって動こうとしているが、ティタニアに奴が姿を消した。おそらくはレーヴァンティンの奪取に動くだろう)」
「(なんですって!?)」
アルフィリースにとっても想定外すぎる事態だった。ティタニアの封印が解かれるとなれば、この平和会議も統一武術大会もまとめて台無しとなる可能性がある。この会議で決まったことが無効となる、あるいはここで大量の諸侯が死んでしまえば、大陸は再び無法の混沌へと還る可能性すらあった。またアルフィリースとって、今後良好な後ろ盾や協力者を失うことになりかねない。
ティタニアを単独でどうにかできる存在というのも気になったが、それ以上にアルフィリースは思わず叫びそうになった自分を押さえて、冷静にパンドラに尋ねた。
「(どこで知ったの?)」
「(ティタニアが運び込まれた部屋に紛れ込んでいて直接聞いたから、間違いねぇって。ミランダ大司教、アルベルト、ティタニアがその場にいたんだからよ。
ミランダ大司教が出て行ってからしばらくして、ティタニアもその場から消えた。結界も敷いてあったし見張りもいたが、何の魔術を使ったんだが詳細はわからねぇ。見張りは警戒してティタニアの呼びかけに扉の外から応じるだけだったんだが、ティタニアには関係なかったんだ。まぁおかげさまで俺も戻ってくることができたけどな。
今アルネリア内部は大騒ぎだ。ティタニアを襲った者の犯人探し、大魔王ペルパーギスをどこで復活させるかの選定、ティタニアの捜索、郊外からの魔王の襲撃。本音じゃ統一武術大会どころじゃねぇだろうな)」
「(なるほど、そこでレーヴァンティンを提示して少しでも注意を逸らそうということかしら?)」
「(あれがレーヴァンティン? 冗談言っちゃいけねぇ。あれは真っ赤な偽物さ)」
パンドラが呆れたように言ったので、アルフィリースは驚きを隠せず思わず声を上げるところだった。
「(どうしてわかるの?)」
「(むしろあんたがわからん方が驚きだね。三本もの魔剣に囲まれて暮らしておいて、今さら何を言うのやら。インパルスと比べて力を感じるかい? もっと言えば、精霊がざわつくかい?)」
「(いえ・・・それはないわね)」
「(レーヴァンティンの存在感は格別だ。そこにあるだけで精霊が乱痴気騒ぎをして落ち着かないだろうよ。俺の感じるところだと、レーヴァンティンは地下深くに隠してある。どうやってそんなところを作ったんだってくらい地下深くだな。
このアルネリアは廃棄された遺跡の上に作られているんじゃねぇのか? 今の人間の技術じゃ、あんな地下深くに建造物を作るのは無理だしな)」
「(じゃあ、レーヴァンティンの守りは充分かしら?)」
パンドラは少し悩んだ後、否定した。
「(だが、そこに置いた奴がいる以上、侵入経路はあるんだろうさ。それに、ティタニアは遺物持ちだ。俺と同じような匂いがするからな。地下の建造物が遺跡だというのなら、遺物に反応しちまうかもしれん。むしろ、レーヴァンティンにたどり着くのが容易になる可能性もある)」
「(ではアルネリアに任せるべきではないと?)」
「(しかるべき守りを置いているなら別だが。ティタニアをどうしたいか、レーヴァンティンをどうしたいかでお前さんの行動は決まるだろうよ。だが俺はレーヴァンティンの所に行くぜ? ティタニアがレーヴァンティンの元に向かうなら、こんなところで油をうっている暇はないからな。アルフィリースにも、俺との約束は果たしてもらいたいものだがね)」
「(もちろん。今レーヴァンティンもティタニアもどうこうしようとは思わないけど、あなたとの約束は果たすわ)」
アルフィリースはルナティカ、レイヤーを呼び出すと、パンドラを連れてアルネリアの地下深く、レーヴァンティンの元に向かうように命じたのである。それからもう一人、念のために同行させる人間を彼らに指示しておいたのだ。
だがアルフィリース自身は会場に残っていた。自らもレーヴァンティンの元に向かいたい衝動はあったが、地上で何か起こった時に対処する必要があると考えたからだ。それに、既に郊外でターシャが魔王に遭遇したとの連絡も入っている。仕方のないこととはいえ、自由に動けぬ自らの立場を不自由に感じるアルフィリースだった。
***
それらの様々な思惑が絡み、また統一武術大会のみに集中できぬ者が増えていく中、試合は順調に進んでいた。統一武術大会準々決勝、第五試合。ブラックホーク2番隊隊長『氷刃』のルイvsイェーガーの『死神』ヴェン。優勝候補とまで目されぬものの、確かな実力者である二人の戦いだ。
通常統一武術大会にある程度まで勝ち上がるのは使節団の騎士だが、中には傭兵や無名の者が名を成す場合がある。彼らの多くは賞金、賞品や売名行為が主たる目的であり、仮に天覧試合まで勝ち進んだ傭兵などがいれば、彼らには後援者がつくことが常だった。
天覧試合まで勝ち進める傭兵を手元に置くことは、貴族としても権威につながるし、戦力としても申し分ない。また傭兵としても貴族の支援を受けられることは多くが有益であり、傭兵としての信頼にもつながるので、喜んで申し出を受けることがあった。
だがルイの場合は違う。元ローマンズランドの軍人であり、特定勢力からの支援を受けないブラックホークの隊長でもあり、そしてその中でも孤高の剣士としてレクサス以外の団員を必要としない女剣士だった。『氷刃』の二つ名は能力に由来するだけでなく、その人となりから来ているとの噂がもっぱらである。彼女には貴族の支援も、民衆の声援も関係がなく、またブラックホークであることを公にしていないルイの知名度は低かった。
続く
次回投稿は8/24(土)8:00です。