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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その390~統一武術大会ベスト16幕間、ベッツとレクサス①~

 だが勝利宣言を受けるドルーに勝者の喜びはなく、メルクリードが救護者の手を断ってその場を離れていくのをじっと見つめていた。そして自らは四方に手を軽く上げて会場に応えると、その場を去っていった。

 驚いたのはその戦いを見ていた他の競技者である。誰もがメルクリードが勝つと思っていたし、それは五回戦でドルーが調子を上げていたのを確認した者たちですら同様だった。

 中でも、ラインとロッハは素直に驚いていた。


「・・・旦那、見えたか?」

「・・・黒い光のようなものが見えた気はする。だがそれが何かはわからん」

「一つわかったのは尋常な決着じゃなかったってことだな。どっちもありゃあ人間じゃねぇ」

「そのようだな。お互いに正体を隠してはいるが、亜人かはたまた全くの別種なのか。探った方が良いのだろうか?」

「悪意は感じねぇけどなぁ。ただ、勝てる気もしねぇ」

「それでいいのか?」


 ロッハが苦笑しながら問いかけたが、ラインはかろうじて届くかどうかの小さな声でぼそりと答えた。


「・・・まぁ、活路は見出したけどな」


***


「なぁ、爺さんよ。あの技はなんすか?」

「俺に聞くな、ありゃあ真似できんやつだ」


 競技場の上段から、仮面の剣士ことベッツとレクサスが先ほどの試合の感想を語り合っていた。ベッツはもはや仮面をつけてはおらず、それゆえに誰もベッツには気づかない。また三回戦で敗退したレクサスも注目されることなく、ゆったりと試合を観戦していた。

 

「なんか剣を収めたと思ったら、黒い影みたいなものが剣先についてたっす。一瞬で消えちまいましたけど、あのせいでメルクリードは間合いを間違えた。そうですよね?」

「俺は老眼でよ、お前程眼がよくねぇんだよ。お前がそういうならその通りだろうぜ」

「でも、『見えて』たんでしょ?」

「このくらい達人同士の試合になりゃあ、背を向けてたってわからぁ」


 ベッツが両手の肉串をほおばりながら答えた。レクサスが知る限り、よく食べる時のベッツは強い。大きな戦いの前には、ベッツは信じられないほどの量を食べる。そしてどうやっているかは知らないが、不眠不休で3日3晩戦い通すこともあった。この後に控えた大一番のために力を蓄えているのであろう。

 ベッツが片手の肉を食べきると、レクサスの疑問に答えた。


「どっちもまっとうな人間じゃねぇ。まずメルクリードの技は技術じゃねぇな、あれは性質だ」

「性質?」

「おうよ。あいつ、何かの武器が人間に擬態してやがるのさ。いわゆる魔剣の類だ、聞いたことあるだろ?」

「ええ、まぁ」


 レクサスが現物を目にしたことはないが、そのようなものがあることは知っていた。ベッツが串をひらひらとさせながら語る。


「あいつら、ある程度姿を自由に変えられるんだよな。もっとも身長とか年齢が代わるだけで、顔立ちなんかはそっくりだが」

「メルクリードを知っているんすか?」

「30年くらい前のカラツェル騎兵隊の赤騎士が同じような感じだった。もっと中年の姿形だったが、『血濡れのメルクス』なんて呼ばれていたな。殺気で気付いたんだが、気配が瓜二つだぜ。俺はセンサーじゃねぇが、やりあった相手は忘れん。間違いなく同一人物だ」

「ほえー」


 レクサスが気のない返事をしたので、ベッツは肩を落とした。


「なんだよ、ちっとは驚けよ。生きた伝説が目の前にいるんだぜ?」

「俺にとって重要なのは、敵かそうでないか、殺せるか殺せないかなんで」

「面白みのねぇ奴だ」

「どのみち俺たちとカラツェル騎兵隊は、基本的に不戦協定を結んでいるでしょう? 大手の傭兵団とはどこもそうだ。現実的にやりあえる相手とじゃなきゃあ、楽しくもなんともないっすよ。それはそうと、ドルーってのは何者なんです? あんな腕の立つ奴が今まで無名だったなんて」

「無名か・・・案外そうでもないかもな」


 ベッツの言葉にレクサスがぴくりと反応する。


「心当たりがあるんですか?」

「御伽話みたいなもんだけどな。『黒い妖精』の伝説を知ってるか?」

「いえ」

「騎士の原型はアルネリア、自由騎士の原型は初代オーダインと言われている。アレクサンドリアの騎士団も、アルネリアからの派生だと言われている。

 だが剣技そのものは違うとされてきた。特にアレクサンドリアの古い家柄に伝わる剣技は、アルネリアのそれとはまったく違う物だ。ディオーレのブリガンディ家や、レイドリンド家の剣技がそうだな」

「・・・」


 ベッツがアレクサンドリアのことを語るのを初めて聞いたレクサスは、神妙な顔をしていた。ベッツは傭兵としての過去は面白おかしく語るが、『それ以前』のことは決して話さない。聞いても怒ったりはしないが、上手くはぐらかされてお終いとなる。

 元騎士の家系なのは知っている。そしてレクサスもベッツの出自に関して、おおよその検討はついている。だがそのことは口の軽いレクサスも、ベッツに聞くことはなかった。問いただして良いことなど一つもなく、野暮な真似をしたくなかったのだ。

 ベッツは続ける。


「かつて剣帝ではなく、『剣聖』と呼ばれた存在がいたそうだ。剣一本で魔王の軍勢を蹴散らし、人間の窮地を何度となく救った、とな。書物に残らないほど昔、英雄王グラハムの時代よりもさらに前だとか。アレクサンドリアの剣技は、一部がその剣聖の技術を継承しているとまことしやかに言われている。

 その剣聖のことを、アレクサンドリアでは『黒い妖精』と呼ぶ習慣があってな。その技の一つに、黒い斬撃があるとかなんとか。まぁ伝説だよ」

「にしては、詳しく伝わってますよね?」

「不自然なくらいな。いくらかは本当にあったことかもしれねぇが、確かめるすべもない。だがさっきの斬撃がよ、幻じゃなければその伝説の黒い斬撃じゃないかと思ってしまうわけよ。千年前の連中に聞きたいね、あれは本物なのかどうか」

「うーん、千年ねぇ。真竜にでも聞きますか?」

「真竜に聞くには下らねぇ質問だな」


 ベッツは笑ったが、その時に歓声がわっと上がって観衆が自分たちの方を見た。二人が驚いてのけ反ると、背後の段上、壁だと思われていた石壁が横に動き、そこに今大会の賞品であるレーヴァンティンが出現したのである。

 


続く

次回投稿は、8/18(日)9:00です。

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