戦争と平和、その389~統一武術大会ベスト16、メルクリードvsドルー③~
「(なんだ、こいつは。今までの戦いも一応確認はしたが、たいしたことはなかったはずだ。それがこの剣の冴え。今出場している中でも、五指には確実に入るぞ? それどころか加減している? いや、戦い慣れてきていると言った方が正しいのか。
強さの底も見えなければ、得体も知れん。こいつを倒すなら今しかないか)」
メルクリードは確かに激昂していたが、ドルーの剣の冴えを見て逆に冷静さを取り戻した。怒りに任せて倒せるような相手ではない。槍の間合いで戦いながら、これほど一方的に試合を運べる相手なのだ。
メルクリードは数歩後退して間合いを取った。ドルーは罠だと考えたのか追撃はせず、むしろ自らも数歩後退した。点数では優勢なわけで、このまま時間経過でも勝てるのだ。無理はしないということだろうとメルクリードは見て取った。
「(やはり殺気はない、舐められたものだ。だがこちらは全力でいかせてもろう――もちろん、統一武術大会の規則範囲内でだがな)」
メルクリードは現在の仲間と主の顔を思い出せるくらいには冷静さを取り戻していた。メルクリードは槍を後ろ手に回しながら、地面を何度か擦るようにしていた。すると、槍に火が付き燃え盛り始めたのだ。
普通なら木の槍は燃えて朽ちるが、槍が朽ちる気配はない。そしてメルクリードも燃え盛る槍を平然と構えていた。観客がざわついたが、これにはドルーも驚いた。
「お前、熱くないのか?」
「生憎と熱さには強い方でな、火竜のブレスくらいならどうということがない。よって、この槍も平気だ」
「物事には限度というものがあるだろうがな」
ドルーはメルクリードの炎の槍を見て、額から汗を一滴落とした。決して熱いせいではない。メルクリードの狙いと能力の本質が読めたからである。
「なるほど、それなら触れずとも点数では優位に立てるな?」
「それだけではない。この炎は俺以外をよく焼く。数合たりともその木剣が持ちこたえるとは思わないことだ」
「それはどうやら鉄でも同じだな?」
「当り前だ。この状態の俺を仕留めたのは、初代オーダインただ一人のみよ!」
メルクリードがさらに速くなった槍を繰り出す。ドルーは剣を合わせぬように距離を取るが、飛んできた火の粉が当たると、肩の風船の一つが敗れた。ドルーの予想通り、これではメルクリードが武器を振るっているだけで有利になってくる。
そして、十分距離をとって避けたはずのメルクリードの武器が伸びた。ドルーは間一髪で仰け反ることで避けたが、メルクリードの武器が炎の分だけ伸びているのである。
ドルーは再度十分な距離を取ると、不敵な笑みを浮かべながら言い放つ。
「それは槍と言わんだろう、貴様」
「俺は自分から槍使いなどと宣言した覚えはないがな。俺の武器を見て貴様らが勝手に勘違いしただけだ」
「ふっ、それもそうか」
既にドルーの風船は3つが破損。砂時計は残り半分。そして火は競技場全体に広がり、徐々に移動できる範囲が限られていく。燃える物のない火でどうしてそうなるかは不自然なところだが、それがメルクリードの能力なのだろうとドルーは自らを納得させた。
このままでは負けなのは確実である。ドルーは冷笑を浮かべると剣を収め、もう一つの予備の武器を取りに行った。冷笑の意味がわからず、メルクリードが怪訝な顔をする。
「何の真似だ? なぜ笑う?」
「いや、なに。統一武術大会のくせに、既に武術の争いではなくなったから皮肉なものだと思ったのだ。魔術を封じて武器だけで戦うというのは面白い発想だ。純粋に剣技だけで戦うのは好きだからな。
だからこの競技会には期待したのだが、あの女傭兵が色々と覆してしまった。もちろん規則の範囲内だから卑怯だとは思わぬし、むしろ知恵を駆使して良く戦うとも思う。だが剣技だけで戦うのが実に何百年ぶりかで、心躍っていたのも事実でな。残念だとは思うのだよ。
久しぶりだったのだ、剣技で俺を上回る相手に出会えるかもしれないと期待できたのは。ひょっとしたら負けるかも、などと期待してしまう日々がこれほど刺激的だとは思わなかった」
「わからんな。それではお前を上回る者がいないかのようではないか」
「その通りだ。何でもありになれば、結局強いのは俺だからな。その証拠を見せてやる、来い」
ドルーが再度構えた。予備の木剣は先ほどのものと変わらず、むしろ木剣の鞘を用意していたことにメルクリードは違和感を覚えた。
鞘自体に秘密があるのかもしれないが、どのみち木製では自分に傷一つつけることなどできるわけがないと、メルクリードは思い直した。
「何を企んでいるか知らんが、お前の負けだ。ドルーとやら」
「貴様こそ何を恐れる? ごたくはいいからさっさとかかってこい!」
ドルーの言葉に促されるように、メルクリードが前に出た。そして放たれる最速の9連撃。まるで競技場に炎の竜が踊るかのように、炎の風がドルーに襲い掛かる。
そして炎の中にドルーとメルクリードが消えたかと思うと、メルクリードが吹き飛ばされて出てきた。そのまま場外の壁に激突し、メルクリードが崩れ落ちる。
「ば、馬鹿な。貴様、『それ』は――」
「隠し玉があったのは貴様だけではないということだ。全力の状態であれば、俺はそれこそ我が主にも負けたことがないのだからな。
俺を負かしたことがあるのは唯一、俺の姉だけだ」
互いの言葉は届かなかっただろう。だが勝敗は明確に決し、メルクリードの放った炎は競技場から消え、台上に戻ったウルティナによりドルーの勝利宣言がされていた。
続く
次回投稿は、8/16(金)9:00です。