それぞれの選択、その7~5人の賢者~
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その後、アルフィリース達は進路を北街道に向けた。人数が増えたもののエアリアルの馬はかなり大きめなので、速度を出さなければ三人は一緒に乗ることができた。どのみち新しい馬を調達した所で、エアリアルの馬の速度にはついてこれないのだ。そうすると、これから急ぐ時にはいっそ飛竜を借りる必要があると、アルフィリース達は考えていた。
北街道に向かう道では誰一人として口をきかなかった。ユーティでさえそうだった。オーランゼブルを始めとする敵の一団に遭遇したことは、彼女達の心に暗い影を落としていた。幼いイルマタルだけはアルフィリースに会えたのがとても嬉しいのか、アルフィリースの膝の上できゃあきゃあと騒いでいたが、アルフィリースが微笑みで返すのが精一杯だった。
そのままやがて日がちょうど真上に差しかかろうとしたところ、ミランダが重々しく口を開いた。
「少し早いが昼休憩にしないか? 話したいこともあるし」
「そうね・・・グウェン、いいかしら?」
「いいだろう。休憩にしよう」
そして街道を少し外れ、適当に座れる草場を見つけて全員で昼ご飯を食べた。ここでもイルマタルははしゃぎ、その笑顔を見ていると先ほどの話をするのは全員気が引けてしまう。だがイルマタルはご飯を食べてひとしきりはしゃぎきると、アルフィリースに抱きつくようにして寝てしまった。イルマタルが安らかな寝息を立てはじめると、アルフィリースが話の口火を切った。
「グウェン、まずはこの子の事を確認したいわ。この子は、あの時の卵の子なのね?」
「そうだよ、アルフィリース。イルマタルと言う名前も、君がつけたものさ」
「やっぱり・・・」
「どういうことか説明してくれる、アルフィ」
ミランダの問いに、アルフィリースが説明をする。グウェンドルフが真竜の族長として卵を温める必要があったことをサーペントから聞き、自分は知らないうちにその現場に居合わせたこと。そしてグウェンドルフの所で遊ぶ時に、自分もグウェンの真似をして卵を温めていたこと。その時に卵が孵ったらイルマタルと名前を付けるつもりだったが、卵が孵るより早く自分が旅に出たこと。
「アルフィリースが旅に出てからすぐ、あの子は生まれたんだ」
「そうだったの・・・確かに私が話しかけると、中から反応してたものね」
「そう。だからこの子はアルフィリースのことも覚えていたし、自分の名前も覚えていた。余程君のことを好いていたんだろうね。生まれるなり、私のことなんか見向きもしないで君のことを探していたよ。完全に君のことを母親だと認識してたんだな。もっとも君が卵を温めたことが原因だけどね」
「私そうとは知らずにやっていたわ・・・最初は貴方が留守の時に忍び込んで、卵を温めていたのよね。無責任な事をしたのね、私」
アルフィリースがイルマタルの頭をなでる。イルマタルはアルフィリースの手の中で指を咥えて気持ちよさそうに眠っていた。
「構わないよ。普通は卵を少し温めたくらいでこんなに懐くことはないんだ。竜が親だと認識するのは、温めた時間に比例するはずだからね。なのにこの子はわずかな時間、といっても1年以上は一緒にいたけど、とにかくアルフィリースのことを親だとして認識している。私は何年も温めていたのにね。これは私にも理由がわからないが、余程君達は相性がいいんだと思う」
「そうなの・・・でもそれはこの子にとって幸せなの?」
「それはこれからの君次第だ。本能で実の親を察するだろうが、今の状態ではイルマタルを実の親に合わせても混乱するだけかもしれない。だからこの子がもっと明確な自我を持てるようになるまで、一緒にいてあげた方がいいかもしれない」
「それはどのくらいの期間なの?」
アルフィリースが不安そうに問いかける。数千年を生きる真竜――彼らが成長するのに一体どのくらいの時間がかかるのか、アルフィリースには想像だにできない。
「心配しなくても、想像よりはかなり早いかもね。普通は真竜といえど、人に変化できるのは早くて生まれてから10年くらいだ。なのにこの子は生まれて1年程度で幻身の術を覚えてしまった。それはきっとアルフィリースに会いたい一心だったのさ。きっと人間の姿で会えば、自分のことをちゃんと娘だと思ってくれるとでも考えたのかな?」
「なるほどね。なのに私はひどいことをこの子に言ったわ。きっとこの子を傷つけてしまった」
「それは僕にも責任がある。ちゃんと順序立って説明してから会わせようとしたんだが、あの町に着くなりこの子が駆けだしてしまったものでね。まさかこんなに一直線に君の所に向かうとは、思ってもいなかったから。親を慕う子の本能を甘く見ていたよ。それに君ならイルマタルに気づくと勝手に思い込んでいた。結果としてからかったような形になったのを、こちらこそ許してほしい」
「ううん、そのことはもういいんだけど。この子は、謝ったら私を許してくれるかな?」
「それは大丈夫だろう。心優しい小だから」
「話の途中で悪いんだけどさ」
ミランダが会話を遮った。
「その事はとりあえず後にしてもらっていいかな。それよりも、この子が寝ている間に話した方がいいことがありそうだ」
「ああ、そうね。ごめんなさい」
「まずはグウェンドルフ・・・様を付けた方がいいかな?」
ミランダがぽりぽりと頭をかく。さすがに真竜の一頭だと言われれば、ミランダとてもかしこまらざるをえない。真竜のことは、この大陸に住む者ならほとんどの者が知っている。
真竜――それはこの大陸の生命体の頂点に立つといわれる生き物であり、エルフや巨人に知恵や魔術を授けた存在としても知られる。その姿を生きて見た者はほとんどおらず、伝説の生物とされている。その真竜が、今ミランダ達とこうして食事を共にし、話しているのだ。聞けばサーペントも真竜だと言うではないか。これにはミランダ達も驚いた。世界に何頭もいないといわれる伝説上の生き物を、立て続けに2頭見ているのだ。実際にはまだ何十頭かはいることを、彼女達は知らなかった。
そんな生き物を前にかしこまるミランダを、グウェンドルフは優しく促す。
「いや、グウェンでいい。ここには真竜としてというより、アルフィリースの保護者として来ているからね」
「じゃあグウェン。まずは、なんで貴方がここにこんなに都合の良い時期に来たのかだ。貴方は気分を害するかもしれないが、アタシは元来全てを疑ってかかる主義の人間だ。念のために聞いておきたい」
ミランダが申し訳半分、疑い半分の目でグウェンドルフを見る。グウェンドルフは少し苦笑すると、ゆっくりと語り出す。
「いや、もっともなことだと思うよ。確かミランダだったね?」
「ああ、そうだ。まずはあんたが真竜だという証拠はあるかい?」
「用心深い人だ。だが尤もだね。証拠を見せよう」
グウェンドルフの背中の、肩甲骨の付近がめりめりと隆起し、大きな翼が出てくる。その荘厳さ、美麗さは間違いなく並一般の竜とは違った。それと同時に、隠しようもない威圧感が優男風のグウェンドルフから放出される。そのライフレス以上のプレッシャーに、ミランダ達は間違いなく彼は真竜なのだと悟った。
「これでも足らなければ、全身を元に戻そうか?」
「いやわかった。十分だよ」
「理解してくれて何よりだ。それで私がここに来た理由だが、イルマタルがあまりにアルフィリースを偲んで啼くから、一度は引き合わせようと思ってね。アルフィリースをずっと探してはいたんだよ。でも迂闊な事にアルフィリースに見張りを付けていなかったし、彼女は色々な所をうろうろしていたから、痕跡を追うにも思いのほか探すのに時間がかかってね。私が人前にそうそう出るわけにもいかないし、大草原の手前まではなんとか精霊達に聞きながら追ってこれたんだが、大草原は精霊がざわついているせいか追跡が難しくて。そんな途方にくれかけた時、サーペントの使い魔が私の所に来たのさ。昨日の事かな」
「サーペントの?」
アルフィリースが驚いた。サーペントはそんなことは一言も言っていなかったのだ。
「ああ、そうだよ。サーペントは君に非常に恩義を感じていてね。でも自分は沼地を離れられないから、代わりに私に恩を返してくれないかと頼んできた。グウェンなら知り合いだし、ちょうどいいだろうって。一応私は彼の兄貴分なのだが、全く私を昔から敬わない奴だよ、彼は」
グウェンドルフが仕方ない奴だといわんばかりにため息をついた。サーペントの心遣いは素直に嬉しいアルフィリ-スだったが、真竜の事情はよくわからない。なおもグウェンドルフは続ける。
「それで君達があの町にいるはずだと言うことを聞きつけ、また追われていることも聞いてね。文字通り急いで飛んで来たのさ。間に合ったのはまさに偶然さ。近くまでたまたま飛んできていたから間に合ったんだからね」
「そっか」
それは本当に偶然だった。もし一日分でもグウェンが遅れていたら、あの場でライフレスの手によってアルフィリース達は全滅していてもおかしくなかった。アルフィリースが感慨に耽る中、ミランダはさらに質問を続ける。
「さらに質問だ。これが一番重要だが・・・グウェンは、あのオーランゼブルとかいうのと知り合いか?」
「そうだ。むしろ親友だったよ。少なくとも2000年前までは」
「2000年・・・」
その途方もない時間に全員がため息をついた。記録される人の歴史はまだ1000年程度。それ以前にも人間や他の生物はもちろん存在していたが、記録にはない。エルフなどにはあるのかもしれないが、人間や獣人の知るところではなかった。
「詳しく聞いてもいいかしら?」
「もちろんだ。だが君達には今語れないこともある。そのことは許して欲しい」
「ああ、わかった」
「では話そう」
そうして、真竜グウェンドルフから驚愕の歴史が語られる。
「まず私のことだが、アルフィリースは聞いたかもしれないが、私は過去に決して褒められた行いはしていない。むしろ札付きの悪党だった」
「知っているわ。『破壊竜』と呼ばれていたとか」
「恥ずかしながらその通りだ。2500年ほど前に真竜の長に指名されてからは自粛しているがね・・・もっとも制裁に乗り出す必要がある時は私が自ら出向くことが多かったし、そのたび妖精や精霊が『破壊竜のお通りだ』などと騒ぐものだから、かの英雄王も私のあだ名は知っていたね。全く、悪い噂は消えないものだ」
グウェンドルフが苦笑する。ミランダはそのグウェンドルフに構わず、鋭く指摘をする。
「と、いうことは貴方を長に任命したのは誰だ?」
「『旧世代』と呼ばれる真竜達さ。彼らはいまやほとんどが自然と一体化してしまったが、まだ我々の時代は活動していてね。私は暴れ者であると同時に、この世についても真剣に学んでいた。その姿勢が評価されたのか、当時の族長であった旧世代のダレンロキア様に、次代の長へと指名された。何度も断ったんだが、友人達にも説得されてしまったね」
「それがあのオーランゼブル?」
「彼もその一人だった。彼はハイエルフと言われる、エルフよりもはるかに寿命が長い一族だ。さらに魔力も強大だが、個体数がとにかく少なかった。純系のハイエルフは、今ではもう他に何人もいないだろう。他に古巨人のブロンセル、翼人のイェラシャ、獣人のゴーラ。この5人はダレンロキア様が見出し、学びを同じくする仲間だったのさ。後世の連中は『5賢者』などと呼んで我々のことを持てはやした。我々には呼び名などどうでもよかったんだけど。中でもオーランゼブルは特に優秀だった」
「何を学んでいたんだい?」
ミランダの質問に、一間開けるグウェンドルフ。
「この大地に生きる生物を、いかに導いて行くかについて」
「どういうことだ?」
「詳しくは言えない・・・だが、当初の我々の意見は一致していた。我々の知恵の一部を授け、彼らを良き方向に導くために我々は行動していた、とだけ言っておこう」
「・・・真竜にこんなことをいうのもなんですが、大きなお世話の様な気がします。確かに我々は貴方達の導きによって数段早く進歩したのでしょうが、それは力ある者の傲慢では? なんだか歪に感じなくもないですね」
リサがじろりと、決して友好的ではない目でグウェンドルフを見る。その言葉に一同がはっとしたが、グウェンは真摯に聞いていた。
「君の言う通りだ。だからこそゴーラは我々の元を離れ野に下り、ブロンセルは計画から降り、イェラシャは別の可能性を模索すべくこの大地を去った。そしてオーランゼブルは・・・」
続く
次回投稿は、4/20(水)15:00です。