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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
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それぞれの選択、その6~闇を束ねる者~

「久しいな、グウェン」

「・・・考えたくはなかったが、やはり君か。オーランゼブル」


 オーランゼブルと呼ばれた老人がフードを取る。その下に会った顔は老人のように皺はあったが、目元は鋭く意志の強い森の色の瞳と、引き締まった口元、蓄えた口髭が印象的だった。そして耳が長く大きく、通常のエルフとは異なった特徴を示す。

 決して悪人の顔ではない。無駄に殺気を放つわけでもない。だがその目の強い輝きは、彼が敢然たる意志の元に動いており、目的のためにはどんな手段や犠牲も厭わないであろうことは容易に想像がついた。彼は殉教者そのもの、あるいは戦場でいうところの決死隊のような顔つきをしていた。

 さらに、グウェンドルフとオーランゼブルが知り合いだったことには黒いローブの魔術士達にも驚いた者がいたようで、それぞれが顔を見合わせている。そんなことはオーランゼブルもグウェンドルフも、完全に無視してはいたが。


「いつ以来かな、グウェンよ」

「君が私達の元を去ったのは、2000年も前の話。かつての長、原初の知恵ある竜ダレンロキア様がお眠りになった時の事だ」

「懐かしいな。あの時はまだ5人とも生きていた」

「ああ。だが古巨人エルダージャイアントのブロンセルは戦いの怪我が元で既に亡く、翼人ニケのイェラシャは新天地を求め、一族を率いてこの大陸を離れた」

「そして残るは私とそなたと、当時小僧だったタヌキの獣人ゴーラのいまや3人だけか」

「3人生きているだけでも大したものだ。だが君はあれからずっと姿を見なかった。あの後ゴーラと私は意見が一致し、互いにこの大陸の生命をより正しい方向へ導かんとして、我々が知りうる叡智を教えてきた。私はせいぜいエルフや巨人たちに魔術の知識を教えたくらいだが、ゴーラに至ってはさらに積極的に人の中に降りて行き、今はグルーザルドに身を寄せているらしい。だが君は? もっとも我々の中で情熱に燃え、皆が思っていたようにダレンロキアさまが去れば、君が皆を率いていくものだとばかり思っていた」


 グウェンドルフが咎めるような目つきでオーランゼブルを見る。オーランゼブルがライフレス達を通じて行った所業は、グウェンドルフも知るところである。それを目で表しているのだ。


「・・・そのあたりは語れば長い。だがグウェンよ、今でも私の思いはあの時と変わりない。それだけは信じて欲しい」

「ならばなぜ非道な真似を行う。やっていることが矛盾しているのではないか?」

「そう取られても仕方ないな。だが、これは必要な痛みなのだ」


 オーランゼブルが悲しそうな瞳をした。その瞳に、グウェンドルフもまた彼が嘘をついていないことを知る。


「オーラン、君は・・・」

「グウェン、協力しろとは言わない。だが黙って私のすることを見ていてはくれないか。あの後、私は一人様々な事を研究した。どうしても気になることがあったから。そして、お主たちの方法では駄目なことに気が付いてしまったのだよ」

「どういうことだ?」

「それは言えない。だが既に変化は訪れている。グウェンよ、もっと世界を見ろ。さすれば全てがわかる。私のしていることも正しいとわかるだろう」


 それきりオーランゼブルは何も言わなかった。言いたいことは全て言ったとでもいわんばかりに。その姿にグウェンドルフも、これ以上の問答は無理だと悟ったようだ。


「・・・なるほど、これ以上は話しても無駄なようだ。では私からも後一つだけ」

「なんだ?」

「アルフィリースを殺すのか?」


 この問いに、全員に緊張が走った。もしここでオーランゼブルが首を縦に振れば、その場で凄惨な戦いが始まることは容易に想像ができた。おそらくはグウェンドルフも真竜としての力をいかんなく振るうだろう。結果として、この小さなフェブランは地上から姿を消すことになる。

 だが、オーランゼブルは即座に首を横に振った。その仕草に、正直なところ全員が安堵をおぼえていた。敵の情けにすがったようではあるが、戦ったら全滅は必至だったことくらい、誰にでもわかっていた。


「いや、殺さぬよ」

「・・・ならばいい、当座はな。私にもまだ判断材料が少なすぎる。君のしていることについて、私とても即座に結論は出せないからな」

「ちょっと待て! どう考えてもそいつらは悪党だろう!?」


 思わずミランダが体を乗り出した。それはアルフィリースとて同じ気持ち。だが、グウェンドルフの答えは冷ややかだった。


「それはどうかな? それは君達人間の価値観の問題だ。私の知る限りオーランゼブルは意味なく殺しをする人物ではないし、確かに私は今の段階で何も知らなさすぎる。判断は下せない」

「だからって人を殺していいわけが!」

「君はアルネリア教のシスターだったね? 君の見方はあくまで人間としての見方だ。私達からすれば、必要に迫られれば自然界の動物は皆戦う。それと変わりがないのだよ。心優しきことは美徳だが、我々のように全ての生物を元来見守る立場の者にとっては、人間も草木も、魔物でさえ等しくこの大地に生きる者として慈しむものであることにかわりはないのさ。

 だから本来真竜である私がアルフィリースの味方をするのは、禁忌を犯していることになる。だけど、もう彼女と私は運命により関わってしまったからね。私は彼女から多くのものを受け取り、私は誇り高き真竜という一つの生命体として、受けた恩は彼女に返さなくてはならない。これは真竜の長としてではなく、一個の竜であるグウェンドルフとしての行動だ」

「・・・」


 ミランダは黙ってしまった。確かにミランダの言い分は人間側だけの味方だった。だが、本当にそうだろうか? ミランダにとっては、今まで見た出来事が全てである。グウェンドルフがどこまで知っているのかはわからないが、とても目の前の存在達が正しいとは思えなかった。

 そしてオーランゼブルがゆっくりと口を開く。


「ではグウェンドルフは、その娘の味方をするのだな?」

「ああ、そう思ってくれて構わない。もちろん私個人としてだけどね」

「ふむ。ならば私とて、君と争うのは避けたいな。むろんこれは私個人としての願いでもあるし、殺戮が我が望みではない」

「ならばここで互いに不干渉ということにしないか。もちろん、これは私が事情を全て知るまでの事だ。状況次第では、私は君の敵になるかもしれない。もちろん、そうならないことを祈るのみだよ」

「それは私も同じだ。だが、運命はどうなるかわからん。せめて互いにダレンロキアの導きがあらんことを、だな」

「ああ」


 そうしてオーランゼブルはくるりと振り向くと、黒いローブの全員に向かって言い放つ。


「よいか、たった今約束がなされた。我々はこの娘達に干渉無用! これはいかな理由があっても守られなければならない。これを誓約によって誓え」

「「「「「「「「御意」」」」」」」」


 そして一斉に指の腹を斬り、オーランゼブルに一人一人傷口同士を合わせていく。簡単な誓約だが、同時に精神的に制約がかかる。この誓約に反した行動を、無意識下にも行えなくするのだ。

 そしてオーランゼブルが再びグウェンの方を振り向く。


「お主ともだ」

「そうだね」


 そしてグウェンドルフとオーランゼブルも同じことをする。ここに誓約はなった。もし誓約が解消されるようなことがあれば、もう一方にその事が直ちに知れる。そして、違反した側は魔術的に正当性を失くすことになり、異端として魔術士の世界から抹消されることになるのだ。誓約を解消するには、再び互いが会い、誓約を取り消すことを誓わなければならない。

 誓約後、オーランゼブルがアルフィリースをちらりと見る。アルフィリースはびくりとなったが、オーランゼブルが何を考えているかは、アルフィリースにすら覗い知れないままだった。さらにオーランゼブルは去ろうとした瞬間、リサに目を止める。その目が興味深げに一瞬だけ開かれた。だがそれも本当に一瞬のことで、リサ本人にさえほとんど気に留められぬことだった。

 そして次々と去っていく黒いローブの人間達。ドゥームがリサに投げキスをしたが、リサはそれを手ではたき落とす動作をした。それを見て肩をすくめながら去るドゥーム。ライフレスもまたアルフィリースの方を悔しそうに歯噛みしながら去っていく。その姿を彼らが見て、それぞれがアルフィリースを一瞥し、それから去って行った。だがドラグレオだけが動こうとせず、逆にグウェンドルフの方にずんずんと歩いてきた。思わず飛びだしかけるエアリアルをグウェンドルフが制し、ドラグレオと向き合う格好になった。


「おい、貴様。とんでもなく強いな」

「それは褒めてくれてありがとう。君が満足するほどには強いと思うよ?」


 グウェンドルフは爽やかに笑い、ドラグレオもまた満面の笑みを返す。


「そうか! いつかやれるといいな!?」

「そうだねぇ、そんな時が来るのは幸か不幸かわからないけども」

「難しい事を言うな! 強い奴同士は引き合い、戦うのが自然の掟だろうが!!」

「まあ・・・そうかもね」


 ドラグレオの理論はいつも単純明快。グウェンドルフも思わずドラグレオにつられて笑う。確かにこうして見ると、ドラグレオには周囲を威圧するような邪気はなく、むしろ爽やかですらあった。だがエアリアルだけは我慢がならなかった。父の仇が目の前にいるのだ。そしてドラグレオがまた自分の事を見ようともしないことに、エアリアルは自制心をなくしてしまう。


「おい、貴様!」

「あん?」

「貴様が父上を・・・ファランクスを殺したのか!?」

「ファランクス? 誰だそりゃ」


 ドラグレオが耳をほじりながら、興味なさそうに聞き返す。その態度にかっときたエアリアルは、実力差など頭の中から吹き飛び、思わず槍を構えていた。


「貴様が大草原で殺した火を使う赤い獣だ! もう忘れたのか!!」

「なるほど、奴か。覚えてるぜ」


 その瞬間ドラグレオの瞳がふっと優しく、深くなる。その豹変ぶりに、エアリアルは思わず槍を持つ手を緩めてしまった。


「あいつ・・・強かったなぁ。俺がやった中では5番目くらいには強かったか? 奴は寿命が近かったみたいだったから、奴がもっと強い時に思う存分戦ってみたかった。きっと、もっといい勝負になったろうなぁ・・・」

「あれが私の父上だ!」

「父上? なんだそりゃ?」


 ドラグレオが聞き返した内容に、エアリアルが呆然とする。


「貴様、からかってるのか?」

「いや、本気でわからん」

「なんだと!?」

「だが、貴様にとって大事な言葉を意味するらしいな。で、どうする」

「くっ、いずれ我が貴様の首を取りに行く。覚えておけ、我の名前は・・・」

「あー、どうでもいいな。お前にゃ無理だ」

「なっ・・・」


 その言葉を最後にドラグレオは背中を向ける。心底エアリアルに興味がないのだろう。その姿を呆然と見送るエアリアル。怒りと屈辱で顔を真っ赤にし、槍を血が吹き出るほどに握りこんだ時にアルフィリースがその手をそっと取り、エアリアルに向けてゆっくりと首を横に振った。そしてエアリアルは徐々に下を向き、力なく槍を落とした。


「く・・・そっ! 何なんだ、奴は?」

「・・・おそらく本当に興味がないのでしょうね。彼の心情や反応はこれ以上ないくらいわかりやすかったので、嘘は言ってないでしょう。だいたい、嘘を言えるほど頭が回りそうにありません。グウェンドルフと戦いたいのも、ファランクスが強かったのも、エアリーに興味が無いのも本当です。彼の目には自分が認める強者しか映らない。だから次に会っても、私達のことは覚えていないでしょうね」

「我ではまだ、認識すらされないということか」

「残念ながら」


 と、同時にそれでよかったのではないかと思う。リサはドラグレオの内面を探ろうとしたのだが、まるで太陽か竜巻か、世界の果てにあるという巨大な滝を垣間見たように果てしないエネルギーの奔流を感じ、思わず探る気配を引っ込めたのだ。あんなものに触れれば、自分の意識ごともっていかれそうだと、リサの本能が探知をやめさせた。


「(生命力の塊・・・そう表現するのが一番良いのでしょうか。とんだ化け物です。何をどうすればあんなものが生まれるのか)」


 リサの悩みもつかの間、一人遅いドラグレオを、ブラディマリアが迎えに来る。


「何してるのよ、ドラグレオ。行くわよ~?」

「・・・ガー」

「こいつ、歩きながら寝てるわ・・・信じられない」


 ブラディマリアが呆れかえる。そしてドラグレオをつかまえ転移を起動させようとする刹那、グウェンドルフの方を彼女が見てくすりと笑った。その目線に意味深な物を感じ、グウェンドルフがはっとする。


「(あの娘は・・・もしや)」


 だがすぐにブラディマリアはドラグレオを伴い消えてしまった。口もとの笑みだけが、妙にグウェンドルフには印象的だった。

 そして全てが去った後、残ったのは地面の剣跡と、壊れた建物だけ。その剣の跡をおそるおそるユーティとニアが覗きこむ。


「信じらんない。アルフィがすっぽり入って余りあるくらい深く切っているわよ」

「・・・ありえんな。魔術が発動した気配はなかったろ?」

「ええ、純粋に剣の力ってことよね」

「そんな馬鹿な」


 2人が建物の方を見る。建物は綺麗に真っ二つになっており、地面を斬った後はさらに向うにまでつながっていた。

 その事もそうだが、危機が去ったことにいまいち実感が湧かず呆然とする一行の中、アルフィリースが神妙な面持ちでグウェンドルフに向き直った。


「グウェン、説明してもらえる?」

「・・・そうだね。事態がここまで至れば君にも説明をしておいた方がいいだろう。とりあえず場所を変えよう。ここではすぐに人が来てしまう」

「なら、このまま北街道に向かおう。当面の危機は去ったんだろうし、とりあえずは目的地に向かう方向でいいだろう、アルフィ?」

「ええ、そうね・・・」


 釈然としないものを多く抱えながら、アルフィリースは返事をした。そしてその中心を占めるのは、なぜ自分はあのオーランゼブルと名乗る魔術士にあれほどの恐れを抱くのか。他にも考えるべきことは沢山あるはずなのに、その事がアルフィリースには一番気にかかってしょうがなかった。



続く


次回投稿は、4/19(火)16:00です。

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